第一章.5
慌てて身を引けばレオンも飛び上がり、
多少の土臭さがあるものの、野良にも関わらず獣特有の臭いは感じられない。間近で見た毛並みはむしろ良いほうで、毎日誰かに手入れされているのではないかと勘ぐってしまうほどだ。もしかしたら本当は、自由行動を許されている飼い犬なのかもしれない。
ともあれ動物相手にここまで密着された経験がなかった
「こらこら。お前、はしゃぎ過ぎ」
見かねたガスパーニュが
「す、すみません。ありがとうございます」
「吃驚したよなぁ。こいつ、たまに距離感間違えるから」
レオンが耳を横に倒して鼻を鳴らす。どこか残念そうな様子にも思え、
――直後、携帯電話の激しい振動音が二人と一匹の間に響いた。
「ごめん。ちょっと電話」
言ったのはガスパーニュである。彼は制服のポケットから、振動する携帯電話を取り出した。
「
気さくで親しみやすさのあった声が、一瞬にして真剣な色を帯びる。思わず
「あぁ……いや、
お前が連れてきた人、というガスパーニュの発言を受けて
状態までは判らないが、緊迫感の失せた雰囲気からして重傷を負っているという訳ではないのだろう。
ガスパーニュはしばらく電話の向こうに相槌を打っていたが、ふとした折に
「そういえばお前が連れてきた人、お前らのこと心配してたぜ。大丈夫だったか? って」
一拍ほど間を置いてから機械越しに快活な笑い声が響いてきた。その音量たるや
「声デカいなぁもう……うん、あぁ、判ったよ。言っておく。それじゃあな」
短いやり取りの後、ガスパーニュは終話した。
「
街灯の向こうから
「ちょっと、探しちゃったじゃない。こんな目立たない場所に居て」
「悪目立ちするよかマシだろ。終わったか?」
「えぇ、何とかね。……あらレオン、あなたも居たのね」
「待たせてごめんなさいね、
「……はい」
あぁ、ようやくだ——。胃の奥が緊張に軋むのを感じながら、
「名乗るのが遅くなったけど、私は
「ニュースでたまに聞く程度ですが、知っています。機構の中でも特に戦いを専門としている……」
警察機構の隊員は基本的に朽葉色の制服を着用している。襟元には緑のラインが入っており、階級が上がるにつれてその色も変わる仕様だ。
襟元のラインが黒く紺色の制服を来た隊員は、一般的な警察機構の隊員と立場が少し違う。
「話が早くて助かるわ。さっき起きたイリュオートの襲撃、その規模から考えてもこれは
言って、
「それで
見回り中の
自身の事情については多少たどたどしく、言葉を選ぶ形となってしまったが、後半の襲撃については見た通りのことを語った。
「メールが届くまでに何か普段と変わったことはなかった?」
「いえ、何も」
「不審な陰とか、付き纏うような人とか」
「特にはなかったと思います」
「諍いに巻き込まれたこともない?」
「数年前に、ちょっといろいろありました。でも無関係だと思います。関係があったとしても、現時点では確証がないので断言できません」
「あの白銀髪の女性と話した覚えは?」
ガスパーニュからの問いかけだ。
「ないです」
「本当に? 微塵も?」
「少なくとも……顔見知りには居ません」
今世であれば、髪や目の色なども多種多様に存在する。例えば遺伝、例えば染色、例えば――
ともあれ外見とは如何様にも誤魔化せてしまうため、たとえ久方振りに会う知人であったとしても、認識に至るまで時間を費やすことになっただろう。
顔立ち、衣服、背丈、装飾品。外観を構成する数々の要素を、一瞬のうちに記憶に留めることは非常に困難だ。現に
ただ、色というのは印象に残りやすい。鮮やかな白銀と、殺意に満ちた真紅。イリュオートの残骸たる黒の砂塵。光を反射させる鈍色の——。
おぼろげな記憶の中から細い剣先がぬるりと現れ、
「ふぅん。そっか」
ガスパーニュの反応はそれだけだった。再び
「
「……本当です」
「ガスパーニュ、どう?」
「うーん。さっきからずっと一緒に居るけど全然ピンと来ないな。魔力の流れがちょっと変わってるかなーって程度」
「
「判りません。俺は、
胸中を吐露する
「現状、相手の狙いは
事が起きたのが裏通りであったことから大通りの損壊が少なく、早い段階で避難勧告が解除されたのだろう。「そろそろ場所を移した方が良さそうだな」人目を気にしてガスパーニュが立ち上がった。
「派出所に行くか?」
「……いいえ。どうせなら家に戻りましょう。さっき班長から連絡あったのよ。保護した
「
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