大好き、は世界を変える!

CHOPI

大好き、は世界を変える!

「この資料、ここの数値が間違ってる」

 急に後ろから声をかけられた。そこにいたのは同じ班の先輩で、先程自分が作成した資料のミスを伝えられる。受け取ったところを確認すれば、確かに数値が違っていた、コピペの際に間違えたらしい。

「すみません! 今すぐ直します!」

「よろしくね」

 こういう些細なミスをするたび、『いつまで自分は成長しないんだろう』、と結構落ち込む。そんなオレだけど、最近は後輩を指導することもある。そういう時は後輩のミスを指摘するたびに『後輩のミスには気づけるんだけどな……』なんて思ったりするんだけど。


 ミスしていた箇所を修正して、先輩に再度資料のチェックをお願いする。『わかった、この後すぐ確認する』と言われて、『よろしくお願いします』と返して自分のデスクへと戻った。大きく息をついて少し気分転換でも、と思って財布を持つと、会社の近くのコンビニを目指して歩き始める。


 コンビニについていつものカフェオレを買う。タバコもお酒も吸わないし、もっと言えばコーヒーもそんなに好きではないオレだけど、甘いカフェオレは好きでコンビニではもうずっとこれを買ってしまう。会計を済ませてレジ横のコーヒーマシンにカップをセットしてボタンを押す。お気に入りのカフェオレを手にして少しだけ気分が上がりながら会社へ戻ると、先輩がちょうどオレのデスクの近くに立っていた。


「あ、すみません!」

「あぁ、ごめんね、チェックが遅くなって。この資料で大丈夫だから、これで出力お願いね」

 それだけ言うと先輩は自分のデスクの方へ戻っていった。オレも自分のデスクに戻って先ほどの資料を出力する準備をする。とりあえず他に大きなミスは無くて良かったと心の中で息をついた。今日はなんとかこのまま定時にあがれそうだ。『よし!』と一人、心の中で気合いを入れ直して、そのまま仕事へと戻っていく。



「お疲れ様でしたー」

 そう声をかけて会社から出る。せっかく定時にあがれたとはいえ、今日は特に寄り道することも無く家へと帰る。家に着いて部屋の中に入れば、そこはもう誰にも邪魔されないオレの世界。

「つかれたー!!」

 ひとり、部屋の中で誰に聞かせるでもなく声を出した。テレビの前には少し前に買った、小さい頃から大好きだった――……そして今も大好きであるヒーローのソフビがある。そのソフビをチラッと見て息をつくと、なんだかわからないけど少しだけ、疲れていたはずの心が回復した気がした。


「今日は時間あるし、久しぶりに映画でも見るかなー……」

 そう思って、冷蔵庫の中を漁ってみると軽く作って食べることが出来そうな食材をチラホラ見つけて、適当にご飯の準備をした。ご飯を食べながら見る映画っていいよなー……、なんて思いつつ、サブスクの画面を開いて漁ってみるけれど、これと言ったラインナップが見当たらない。仕方なく、と思っていつもは見ないジャンルを探してみると、キッズのジャンルに件のヒーローの映画を見つける

「うわ、なつかしー……!」

 あまり頭を使わずに見られるし、これでいいかと思い、再生ボタンを押して流れてくる映像を眺めながらご飯を食べ始めた。



「あ、先輩! お疲れ様です」

「お、お疲れ」

 ついこの間、忘年会をきっかけにお互いに好きなアニメの話で盛り上がった後輩に声をかけられる。

「先輩、知ってますか? 今度あのドラゴンのアニメ、20周年の映画やるんですよ」

「え、まじか!」

「はい! 俺、楽しみすぎて初日の前売り予約しました」

「はは、流石だな」

 社内でこういう話が出来る人がいると、本当に息抜きになると最近学んだ。正直、自分の大好きなものを忘れていた頃のオレの毎日は驚くくらい真っ暗だったと、大好きなものをもう一度見つけてから気が付いた。自分の大好きなものは自分で守ると決めたあの日から、死んでいた心が少しずつ息を吹き返していくのがわかるくらいだった。


 そんな話をしていると、後ろから声をかけられる。

「お、二人そろって休憩?」

「あ、先輩、お疲れ様です」

「お疲れ様です」

「随分楽しそうに話してたみたいだけど、なんの話してたの?」


 先輩のその言葉に、オレの横に居た後輩が少しだけ身構える。後輩は好きなものの話をするたびに『まだそんなものが好きなの?』と聞かれ、いつの頃からか好きなものに対しての自信をあまり持てなくなったらしい。この間『これからも好きなものは曲げない』と言っていたけれど、そうは言っても受けた傷は早々簡単には治るわけもない。そんな後輩の代わりに、オレは今話していたことを先輩に話した。

「先輩、ドラゴンのアニメ知ってます? 結構前にやってたやつで――……」

 そのアニメのタイトルを話した途端、先輩の目の色が変わる。

「え、二人ともそのアニメ好きなの?」

「大好きです。オレよりコイツの方がずっと詳しいですけど」

「……やっぱり、子どもっぽいですよね」

 堪らず、といったふうに後輩が言う。だけどその言葉に一瞬だけ固まった先輩は、その後静かに頭を横に振りながら『……私も』と呟く。

「私も、そのアニメすごい好き。子どもの頃は弟と見てたんだけど、弟が卒業しても私はずっと好きなのよね」


 意外な展開に、今度はオレら二人が固まってしまう。そんなオレらの様子を見た先輩は眉を寄せながら苦笑いをしながら話し始めた。

「別に、隠してるつもりでも無いんだけどね。話す機会も特になかっただけだから」

 そう言って、『だけど』と先輩の話は続く。

「そのアニメも、もちろん大好きなんだけど。もしかしたらわからないかもしれないけど、私、異能力バトルのマンガがすごい好きでさぁ」

 先輩の口から出てきたそのマンガもかなり有名なマンガで、世代的には少し上だなとは思いつつ、オレらでもわかるくらいのマンガで。

「その中でも、あの人外のキャラの造形がすごく好きで」

 徐にスマホと取り出した先輩は、数枚の写真を見せてくれる。そこにはガラスのショーケースにキレイに整頓された件のキャラがたくさん飾ってあった。

「最近は休日、この造形のぬいぐるみが作れないか、試行錯誤するのが楽しかったりするんだよね」

 そう話す先輩は生き生きしていて、やっぱりヒトが好きなものの話をするときの熱量っていいな、なんて思う。同時に意外なところに同じような人を見つけて、嬉しくなってしまう。

「オレも、一番好きなのはあのヒーローなんですけど――……」


 休憩時間いっぱい、自分の大好きなものを話して満足したオレたちは午後の業務も何とかこなしてようやく帰宅する準備を始める。定時はとっくに過ぎているけれど、終電まではまだ少し時間があるような時間。フロアを見回せば、同じく帰り支度をしていた先輩と目が合った。

「あ、先輩も終わりですか」

「うん、ちょうど。一緒に出る?」

「はい」

 そうして先輩と二人、会社を出て最寄り駅の方へと歩き始める。

「今日はごめんね、二人が盛り上がってるところに入っちゃって」

 先輩が唐突に話し始める。一瞬なんのことかわからず『はぁ』と気の抜けた返事を返すと、先輩は苦笑しながら『休憩時間』と言った。

「会社の人と好きなものの話しする機会なんて無かったから。つい楽しくなっちゃって」

 そこでようやく合点がいって、慌てて言葉を紡ぎ出す。

「いやいや、オレたちもすごい楽しかったですし!」

 そう言えば少しだけ先輩が笑って、『それならいいんだけど』と言った。

「大人になると、友達以外趣味で繋がる人たちってなかなか少ないじゃない? だから話が分かる人達見つけると、楽しくてついつい話過ぎちゃうんだよねー」

「……確かに。ちょっとわかります」

『あと』とオレは言葉を続ける。

「オレたちが好きだって言ってるものって、『子ども』のジャンルって考えられがちじゃないですか。だから余計に『そんなのまだ好きなの』って言われやすいっていうか」

「頭の固い世代には特に、ね」

 笑いながら先輩が言う。

「私も子どもの頃から『女の子なのに』とか言われたなー……、大人になったら『いい年の大人が』って言われるし。でも、自分で稼いでるんだもん、好きなように使っていいじゃない、ね?」

 ――そう言った先輩の横顔は、いつもより少しだけ幼くて、だけどずっと生き生きしていた。



「せんぱーい! お待たせしましたー!」

「おー、お疲れー」

「お疲れさまー」

 数日後。今の仕事が少し落ち着きを見せたタイミングで、オレと後輩、先輩の三人で飲みに行こうという話になった。と、言うのも、この間先輩と二人で帰った際、前に忘年会の後に後輩と二人飲みに行ったらずっと好きなものの話ばかりで楽しかった、と言う話をしたところ、『いいな、羨ましい!』と先輩が言ったので『じゃあ、三人で行ってみます?』と言うことになったのだ。


 後輩が『少しだけ資料の残りが……』と言うので、先輩と二人、先に会社を出て適当な居酒屋に入って後輩を待っていれば、そんなに待たずに後輩も到着する。適当に飲み物とおつまみを数種類頼めば、あとはもう、自分の大好きなものの話をするだけの時間。

「あのドラゴンのアニメ、主人公が王道路線だからこそやっぱり良いよねー」

「わかります! 俺、何回見てもやっぱりあのシーン大好きで!」

「オレはどっちかって言ったら、あっちの方の話が好きだなー」

「あ、その話も良いですよね! その話ももちろん大好きです!!」



 ――……狭くて小さなオレだけの世界、だったけど

 ほんの少しその世界が、本当に少しだけ、広くなった

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