第10話、神風特攻隊の陰に、異世界転生あり⁉

 ──気がついたら私は、、カゴシマ最南端の『オキナワ戦最前線基地』内の、野戦病院のベッドの上で寝ていた。




「……これで、何度目だっけ」




 いや、何度目でも、構わない。


 私は、『まだ、生きている』のだから。


 ──だったら、やることは、ただ一つ。


 私はそのように自分に言い聞かせるや、いまだ起き抜けの倦怠感だるさの抜けきれていない身体に鞭打つようにして、ベッドから降り立った。




「──さあ、今日も、『カミカゼアタック』をかまして、敵艦隊を、撃沈しなくては!」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「そうは言っても、『腹が減ってはいくさが出来ぬ』なのよねえ……」




 確かに現在の『私』は、が、人間としての基本的な欲求は当然あるわけで、出撃予定時刻までまだ若干余裕もあり、基地内の食堂へとやって来た。


 ──その途端、こちらへと一気に集中する、驚愕や嫌悪や怖れや忌避や哀れみや怒りや、その他様々な感情がない交ぜとなった、多数の視線。




 それは私と同じ、ダイニッポン帝国海軍航空隊の、いまだ年若きパイロットたちであった。




 ……やれやれ、食堂を利用するたびに、これだからなあ。


 まあ、同じことを十回以上も繰り返していれば、いい加減慣れてきたけどね。


 私は辟易した感情をできるだけ表に出さないようにして、カウンターから遅い朝食を受け取るや、一番奥の壁際の『指定席』へと着いた。


 そのテーブルの周りだけ、いつものように誰も座っていなかったので、これで落ち着いて食事ができるぞと、一応食糧が枯渇している、この戦時下において、『特攻隊員特権』ならではの、白米や煮魚がたんまりと山盛りになった料理へと、箸を付けようとした、まさにその時であった。




「──おい、おまえ、いい加減にしろよ!」




 唐突に、すぐ側からかけられる、いらだちに満ちた怒声。


 顔を上げれば、いつしか私のテーブルの周りには、飛行服を着た青年が、五、六人ほど取り囲んでいた。


「……何ですか、食事中にいきなり? れっきとした帝国軍人として、エチケット違反だし、何よりも周りの人たちにも、迷惑でしょう」


「迷惑なのは、貴様のほうだろうが⁉」


 私の至極もっともな反駁に対して、テーブルに両手を叩きつけながら、怒鳴りつけてくる男。


「──しかも今度は、『女の身体』なんかに取り憑きやがって、おまえ本当に、気は確かか⁉」


「あら、皆さんはご存じなかったようですが、実は私は元々、女だったのですけど?」


「な、何⁉」


「確かに、においては、戦争は主に男性の役割のようですが、私のにおける騎士団では、『女騎士』も珍しくはなかったのですよ?」


「たとえそうであろうとも、おまえが今使その身体は、この世界の女性のものだろうが⁉」


「ええ、そうですが、それが何か?」


「なっ⁉」




「あなたもご存じのように、今はまさに、国家そのものの存亡の危機なのです、男だろうが女だろうが、お国のために戦うのは、当然のことでしょうが? むしろ誇り高き帝国民であれば、自ら率先して我が身を差し出すべきなのです。──たとえそれが、『生きて戻れぬ片道切符』決定の、カミカゼアタックであろうとね」




「だから、それが、迷惑だと、言っているんだよ⁉」




 ──っ。


 私の心からの信念の宣言を聞くや、これまで以上の憎々しげな表情でわめき立てる、目の前の男。




「俺たち海軍航空隊の若手パイロットは、上から無理強いされた『神風特攻隊』なんて、受け容れるつもりはないんだよ⁉ いくら国家のため、偉大なる指導者様のためとはいえ、仮にも軍人が『自爆テロ』に身をやつすなんて、プライドが許さないし、何よりも狂気の沙汰だからな! よって俺たち下っ端パイロットは団結して、『特攻断固拒否』で意志を統一して、『抜け駆け』が出ないようしていたところ、直接の指揮官を始めとして、幹部クラスにも理解者が現れ始めて、せっかく『特攻作戦』自体が白紙に戻される可能性が出て来たというのに、てめえのような『部外者』が余計な真似をして、『特攻の前例』をつくってしまったために、俺たちも帝国軍人としても、命令を拒否できなくなってしまったじゃないか? 一体どう責任をとってくれるんだ⁉」




 一瞬、頭の中が、真っ白になった。


 そしてたちまち視界が、真っ赤に染め上がった。


 気がつけば、固く握った右の拳で、目の前の自己中心男の横っ面を、殴り飛ばしていた。


「──うぼおっ⁉ き、貴様、いきなり、何をする!」




「黙れ! 貴様それでも、帝国軍人か⁉ 恥を知れ!」




「うえっ?」


「敵はすでに、我が帝国本土の、目の前に迫っているのだぞ? このオキナワ戦において、すでに航空母艦を無くして無用の長物と化している、我々帝国海軍パイロットが、せめて自爆テロによってお国の役に立って、敵の侵攻を食い止めなくてどうする⁉」


「──ちょっと待って、おまえ本当に、なの⁉ いや、それよりも、おまえの言うことは、生粋の帝国軍人としてわからないでもないけど、いくら何でも自爆テロはやり過ぎじゃないの?」


「ここまで彼我の戦力差が開いている現状において、自爆テロ以外に、何か打開策があるとでも言うのか⁉」


「……いや、もはや打開できるか否かの段階じゃなくて、大人しく『無条件降伏』をすべきなのでは? 俺たちも何も単なる自己保身のために出撃を拒否しているわけではなく、負けるとわかっているいくさで、犬死にしたく無いだけだし」


「──この痴れ者が、歯を食いしばれ!」


「あべしっ!」




「我ら敵は、米英──すなわち『鬼』! 我が故郷であるファンタジー的異世界で言うところの、『魔族』なのであって、我々人間を食糧と見なし、なぶり殺すことしか考えておらず、交渉の余地なぞ微塵も無いというのに、何が降伏か! それが証拠に、我らが大本営においても、『降伏などしようものなら、男は全員殺され、女は犯される』と、的確なるアドバイスをしておられるではないか⁉」




「「「それ、デマだから! 日本とかドイツとかソ連とかの、全体主義国家お得意の、教宣(=国民洗脳)活動だから!」」」




「──女騎士クッコロ、パンチ!」


「ひでぶっ⁉」


「──女騎士クッコロ、キック!」


「どわっ⁉」


「──女騎士クッコロ、ボディプレス!」


「ぐえっ⁉」


「──女騎士クッコロ、かかと落とし!」


「がはっ⁉」


「──女騎士クッコロ、電気アンマ!」


「あああああっ♡」




 私のめくるめく『女騎士クッコロプレイ』の数々に、文字通り死屍累々となり、食堂の床の上に倒れ込む、若手パイロットたち。




「馬鹿を言うんじゃない! 国家は、帝国は、偉大なる指導者様は、いつだって正しいのだ! 、敗北主義者の騎士団長が、魔王軍に降伏を申し入れてしまったことで、どうなったと思う? 我が騎士団が守備していた王都は略奪の限りを尽くされ、男は殺され、女は犯され、幼子たちは喰われてしまい、私を始めとする女騎士たちも、陵辱の限りを尽くされた後なぶり殺しの目に遭わされてから、一人残らず喰われてしまったのだぞ! ──その時、私は誓ったのだ、もしも再び生まれ変わることがあるならば、必ず魔族や鬼などいった輩は、一匹残らず殺し尽くすと! 貴様ら腰抜けどもは、そこで膝を抱えてうずくまっているがいい! たとえ私ただ一人であろうと、何度も『逆転生の秘術』を繰り返すことによって、この世界の者の肉体を借りて、鬼畜米英の忌まわしき艦隊を、一隻残らず沈めてくれるわ!」




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 ──気がついたら私は、またしても、カゴシマ最南端の『オキナワ戦最前線基地』内の、野戦病院のベッドの上で寝ていた。




「……あれ、この身体って」




 単なる寝起きのだるさでは説明のつかない違和感を覚えながら、身を起こせば、何と今度の私の仮の肉体は、まだ年端もいかない少女のものであった。


 ……え、まさか、次の『カミカゼアタック』は、この身体で、やらされるわけ?




「──『ひめゆり学徒隊』とか言う軍属組織所属の、女学生さんらしいですよ? 軍上層部としては、単純な操縦技術しか要しない特攻なら、本土に腐るほど残存している、『女子供』でも活用できないものかと、テスとしてみるつもりでしょう」




 突然の声に驚けば、ベッドのすぐ側には、銀髪に靑灰色ブルーグレイの瞳という、いかにも日本人離れした彫りの深く端整な容姿をした、一人の漆黒の聖衣をまとった青年がたたずんでいた。




「……あなたは、私を異世界転生させてくださった、聖レーン転生教団の」


「渉外担当の司教を務めております、ルイスと申します。お喜びください、あなたの努力が実って、この基地の航空隊を始めとして、海軍はもちろん陸軍においても、『神風特別攻撃』の正式なる作戦開始が、決定しました」


「えっ、本当ですか⁉」


「すべてはあなたの尊き、『自己犠牲精神』の賜物です。何せいかに大義名分があろうとも、『神風特攻』のような自爆テロ攻撃は、『最初の一人』が先鞭を付けることこそが肝心ですからね。一応上層部も、『志願兵以外には無理強いを禁ず』をことですし。もちろん真に侠気溢れて人道精神を尊ぶ現場の指揮官たちも、強硬に反対していることもあり、危うく作戦自体が頓挫するところだったのですが、あなたの勇気ある行動によって、状況が一変したのです。──そりゃそうですよね、か弱き女性パイロットが、特攻を繰り返しているのに、大の男たちが手をこまねいていたら、軍人失格ですから」


 その司教様の真摯なるお言葉を聞いて、私は感極まった。




「こちらこそ、司教様の──聖レーン転生教団のお陰で、一度は死んだ身でありながら、この世界に転生することで、『カミカゼアタック』という素晴らしい戦術テクニックによって、世界は違えど、人類の敵である『鬼畜』に対して、復讐する機会を与えてくださるとは! もちろんこれからも、何度も何度も自爆テロを繰り返して、鬼畜米英どもを皆殺しにして、このダイニッポン帝国の──そして世界そのものの、平和と正義を守り抜く所存です!」




「よくぞ、おっしゃいました! それでこそ『逆転生の秘術』を使って、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』が集まっているとされる、ドイツ第三帝国において高名なるユング心理学の言うところの、『集合的無意識』に存在していた、すでに亡きあなたの『記憶と知識』を、この大日本帝国において有り余っている非戦闘員である婦女子の脳みそにインストールして、狂信的なまでに自己犠牲精神に溢れた神風特攻隊員に仕立て上げた甲斐があったというものですよ! 安心してください! 神風特攻はまちがいなく正義であり、倒すべき鬼畜の軍団である、理性も知性も無いはずのアメリカ軍が、一発で大都市を消滅させる新型爆弾でも開発しない限りは、大日本帝国の勝利は間違いなしですよ!」

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