第5話、あたしメリーさん、今……(後編)

「──お、俺が、『なろう族』だなんて、言いがかりだ! 何の証拠が、あると言うんだ⁉」




「……この期に及んで、見苦しいぞ、ここにこの子──『メリーさん』がいることが、何よりの証拠だろうが。おまえは『メリーさん単純妄想罪』の、現行犯だ!」




「何その、単純妄想だか、単純所持だかの、いかにも『ガチロリコン認定』みたいな罪名は⁉ 何でメリーさんと一緒にいるだけで、『転生病』を疑われるの? 最近彼女が非合法創作サイト上の作品内で、ちょくちょく異世界に行っているから⁉」


「まあ、『なろう族』がロリコンばかりで、何かというと、メリーさんを異世界に行かせようとするのは、間違いないがな」


 ──おいっ、そういう言い方は、やめろ! 各方面に角が立つから。


「……ところでおまえ、何で都市伝説のメリーさんが、異世界にも存在し得ると思っているのだ?」


「ふへ?」


 何この、おまわりさん、いきなりマニアックなことなんか、言い出して。


 むしろ自分のほうこそ、『転生病』なんじゃないの?


「そ、そりゃあ、トラックに轢かれたり、女神様に何らかの使命を課せられたり、異世界のほうから召喚されたり、場合によってはこちらの世界の邪教集団から異世界の神々への生け贄にされたりして、世界の境界線を越えて、送り込まれているんじゃないのか?」


「……相変わらず『なろう族』は、発想が貧困だな。それっておまえらの非合法創作サイトにおける、テンプレそのものじゃないか?」


 何その、的確な指摘。あんた本当に、何者なんだよ?


「テンプレの何が悪いんだ? テンプレ大好き! トラック転生サイコー!」


「……おまえ、メリーさんが、都市伝説ということを、忘れてはいないか?」


「へ? 都市伝説だったら、異世界転生や異世界転移の仕方が、変わるとでも言うつもりなのか?」


「もちろん、そうだが? ──ていうか、そもそも都市伝説的存在だったら、おまえらのWeb小説でお馴染みの、テンプレ的な転生や転移の仕組みなぞ必要とせずに、何の制約も無くいきなり、異世界に現れることができるのだぞ?」


 なっ⁉


「ど、どうして都市伝説だったら、何の仕掛けも無しに、異世界に存在できるようになるんだよ⁉」




「──それはメリーさんが、『概念的存在』だからだよ」




「──‼」


 が、概念的、存在って。


 こいつ、何を言い出すつもりなんだ⁉




「都市伝説などといった、本来常識外れの非現実的なものが、なぜに場合によっては、存在し得ることになるのか? ──それはそこに、その『概念』を知る者が、存在しているからなのだ。もしもこの世界においてただの一人さえも、『メリーさん』という概念を知る者がいなかったら、本来存在自体が不確実な存在──量子論的に言い直せば、まさしく量子同様に『確率的存在』であるメリーさんは、誰の前にも姿を現すことは無かったろう。──しかし、長年愛用してきた人形を何らかの理由で捨てざるを得なかった、空想力豊かなある少女が、『メリーさんの電話』的な物語を妄想して、自分のもとに人形が復讐しに来るのではないかと思いついた瞬間、『メリーさんという概念』が、この世に生み出されたわけなのだよ。それ以来、『メリーさんの電話』という逸話は、都市伝説として広く知れ渡るようになり、この世界には無限の可能性があり得ることを裏付ける、至極真っ当な物理学的理論である量子論に則れば、メリーさんが実際に存在し得ることを、けして否定できなくなったのだ」




 それって、人の妄想こそが、メリーさんの実在可能性を、生み出したというわけかよ⁉


「言うなれば『メリーさん』とは、これまた量子論で有名な、『シュレディンガーの猫』みたいなものなのさ。本来都市伝説なんてものは、存在するはずは無いんだ。しかし誰か一人でもその存在を信じれば、本当に存在するようになり得るのであり、文字通りメリーさんは、『どこでも存在しているし、どこにも存在していない』という、某シュレディンガーな准尉みたいな特質を得ることとなったのだよ。──しかも、そこに世界の違いなぞ、何の意味は無いのだ。たとえ異世界であろうが、元々そこに転生していた日本人が、『メリーさんの概念』を思い出した途端、その異世界にメリーさんが存在し得る可能性が生まれるわけさ」


「──いやいや、いくら誰かが『メリーさんという概念』を認識したところで、それが本当に実体を伴った女の子になってしまうわけが、無いでしょうが⁉」


 いかにも非常識すぎる、「むしろおまえこそ、オタクじゃないのか⁉」とでも言いたくなるような、トンデモ蘊蓄話ばかりを聞かされて、我慢の限界を迎えた俺は、至極もっともな反論をわめき立てた。


 ──しかしそれはあまりにも、『命取り』の、失言であったのだ。




「ははは、何をご謙遜を、おまえら『転生病』患者こそが、単なる概念を、実体へと昇華することすらできる、中二病的妄想癖の極致であり、この世に壊滅的破壊をもたらし得る、『世界の敵』たる新世紀の非国民、『なろう族』なのではないか?」




 ──うぐっ。


「……知っていたのかよ?」


「そりゃあ、当然だろ? 貴様らが当時、本当はそんなもの実際にあるはずが無かった、単なる世迷い言に過ぎない『異世界転生という概念』に、無駄な情熱を注ぎ込んでいたからこそ、ぎんを中心とする中央区全体を、我が国の地図上から消し去り、住人や買い物客や観光客等の一般人を始め、異世界からの転生者の鎮圧に赴いた警視庁機動隊や自衛隊二個機甲師団を含む、数十万の命を奪った、『令和事変』を引き起こしたんだからな」


「──ち、違う! この俺を、あの頃の『なろう族』たちと、一緒にしないでくれ!」


「同じことさ、ここに『メリーさん』が実体化していることが、いい証拠だ」


「うっ」


「さあ、詳しいことは本官の本来の職場である、『転生病監察医務院』で尋問させてもらうから、大人しくついてこい。これ以上ただ妄想するだけで、都市伝説などといった非現実的なものを実体化させることのできる、危険人物なんぞを、野放しにしておくわけにはいかないからな。──なあに、心配はいらんぞ? あそこに収容されれば、どんな重度な妄想癖の『なろう族』であろうと、徹底的に『再教育』されて、『真人間』にしてもらえるからな」


 そう言って、もはや抵抗する意思を完全に無くした俺の両手に手錠をかけるや、まるで家畜を引き立てるかのような荒っぽさで、すでに何の人権を有さない『転生病患者』である俺を連行する、内務省警視庁衛生部の警察官。


 その時、ふと気がつけば、メリーさんの姿は、どこにも無かった。


 ……とはいえ、別に彼女は、俺たちの問答が白熱している隙に、逃げ出したわけでは無い。




 ──なぜなら、そもそも『概念的存在』でしかないメリーさんは、人が認識するだけで、そこに現れるし、認識されなくなれば、消え去るだけなのだから。




 その証拠に、今も俺の頭の中では、彼女の舌足らずの幼い声が、鳴り響き続けていたのである。




「そうよ、『転生病』のお兄ちゃん。あなたがあたしのことをエロエロと──もとい、いろいろと妄想して、認識し続けてくれる限り、あたしたちは一緒にいられるの。たとえそこが現代日本であろうが、異世界であろうが、病院の名を借りた『強制収容所』であろうがね。ああ、何て素敵なの! あなたたち『なろう族』が、あたしのことを妄想してくれるだけで、あたし『メリーさん』は、世界中に──いえ、多世界解釈量子論に則れば、完全にファンタジーそのものの異世界を始めとして、可能性として存在し得るありとあらゆる無限の世界においても、無限に増殖することができるの! さあ、これからももっともっと妄想して、すべてをあたしたち都市伝説で埋め尽くして、あらゆる世界を、恐怖と絶望とが支配する、クレイジーワールドに塗り替えてやりましょう!




 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。


 あたし、メリーさん。




 ──いつも、いつでも、いつまでも、あなたの後ろにいるの♡」

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