第4話、あたしメリーさん、今……(前編)

「『──あたし、メリーさん、今、あなたの後ろにいるの』」




 ………………………………………は?




 耳元にスマホを当てると同時に、真後ろから聞こえてきた、舌足らずな声。


 思わず振り向けば、そこにいたのは、年の頃五、六歳ほどの、あたかも人形そのままの、空恐ろしいまでに美しき幼女であった。


 清楚でシンプルなノースリーブの純白のワンピースに包み込まれた、小柄で華奢な肢体に、長いブロンドのウエーブヘアに縁取られた、小作りの顔の中で煌めいている、あたかもサファイアのごとき青の瞳。




 ……ただしここで言う『あたかも人形そのまま』とは、『日本人形のごとく、端整で可憐である』でも、『西洋人形のように、あでやかで可愛らしい』という意味でも無く、文字通り『あたかも人形そのままに、、そのあたかも容姿とも併せて、とても人間の幼子には見えない』わけなのだが。




 ……誰だ、こいつ?


 この春から、某有名私立の保勢ほせ面倒めんどう大学(通称『ホセ大』)に通うために、ぐんの山の中からとうきょう都西部に広がるとある街に引っ越してきた俺は、うららかな春の宵の口に、近所のコンビニにちょっとした買い物に出た帰り道の途上で、突然スマホが鳴り始めたので応答に出てみたところ、いつの間に忍び寄っていたのか、同じくスマホを口元に寄せている、まったく初対面の幼女によって、自分の背後を見事にとられていたのであった。


 今の電話って、間違いなく、こいつがかけてきたんだよな?


 ……そういえば、『メリーさん』って、確かどこかで聞いたような。




「──いやいやいや、これってまさしく、『メリーさんの電話』の俗称で有名な、都市伝説そのものじゃん⁉」




 思わず、俺の口をついて出てくる、辺り一面に響き渡る怒声。


 しかし、目の前の年端もいかない幼女の、どこか妖しい微笑みは、微塵も揺らぐことは無かった。


 ……やはり、ただ者じゃねえ。


 も、もしかして、本物とか⁉


 ちなみに『メリーさんの電話』というのは、捨てられた『メリーさん』という名前の人形が自我を持ち、人間の幼女の姿となって、自分を捨てた持ち主に、何度も何度も電話をかけて、




「──あたしメリーさん、今、ゴミ捨て場にいるの」


「──あたしメリーさん、今、駅前にいるの」


「──あたしメリーさん、今、三丁目のコンビニの前にいるの」


「──あたしメリーさん、今、あなたのアパートの前にいるの」


「──あたしメリーさん、今、あなたの部屋の前にいるの」




 などと言いながら、どんどんと近づいてきて、


 そして、最後に、




「『──あたしメリーさん、今、あなたの後ろにいるの』」




 と、電話からの声と同時に、、真後ろから同じ台詞が聞こえてきて、


 思わず、振り返ってみたところ──というところで、話が終わるのであった。


 ……そう、この都市伝説の最大の特徴は、『結末が明確に語られていない』というところにあったのだ。


 あえてこの話を耳にした者の想像に委ねることによって、むしろその者にとっての『最も怖いオチ』を思い浮かばせるように、誘導するわけである。


 それに何よりも、怪談やホラーというものは、話自体があやふやで、いかにも非現実的かつ不条理であったほうが、恐怖心が煽られることだし。


 ──しかもこれは基本的に、『捨てられた人形の復讐譚』なのだ。


 苦労に苦労を重ねて、持ち主の許にたどり着いた、人形の化身がやることなぞ、最初から決まっており、たとえ彼女が求めているものが、非常に直截的に、元のあるじの『命』そのものであったとしても、何らおかしくはないだろう。


 ……つまり、現在俺は、生命の危機ピンチ的状況にあるというわけか?


 い、いや、待ってくれ、前提条件から、おかしいぞ。


 そもそも俺には『人形遊び』の趣味なんか無いから、『メリーさん』だか『リ○ちゃん』だか知らないが、人形を捨てた覚えなんて無いのだが。


 しかしそれでも現在目の前には、都市伝説的存在と言っても過言では無い、あまりにも周囲の状況から浮きまくった、尋常ならざる雰囲気をかもし出している幼女が、こちらを薄ら笑いをしながら見ていることには、相違なかった。


 果たして彼女は本当に、殺意を抱いているのであろうか?


 そしてその場合、どのような残虐な手段を用いて、俺を殺そうとするのだろうか?


 そのように胸中で疑問を巡らせているうちに、ついに堪りかねて、当のメリーさんに問いただそうと、声をかけようとした、その刹那であった。




「──そこの君、何をやっているんだ⁉」




 唐突にかけられる、まるでこちらをとがめ立てするかのような、鋭い声。


 慌てて身体ごと視線を向ければ、そこには何と、はくしょくの自転車にまたがった制服姿の警察官が、俺のほうをいかにも胡散臭そうに睨みつけていたのだ。


 ……えーと、これは一体、どういった状況なのでしょうか?


 何でこのおまわりさんは、善良な一市民である俺を、あたかも犯罪者予備軍でもあるかのように、見つめているのだろう?


 そのように、更なる状況のカオス化に、俺が完全に、言葉を失っていると、




「──助けて、おまわりさん!」




 いきなり鳴り響く、悲鳴のような叫び声。


 それとともに、警官のもとへと駆け寄る、人形そのものの幼子。


「あのお兄ちゃんが、しつこく私につきまとって、自分のお家に連れて行こうとしているの!」


「な、何だと、本当かい⁉」


 今度は間違いなく、『変質者』を見る目を向けてくる、おまわりさん。


 ──ちょっ、おまっ⁉




 こ、この都市伝説娘、よりによって、俺を、殺しに来やがった!




「ま、待ってください! 俺は無実です! 俺は何もやっていません! それにそもそもそいつは人間の女の子では無く、あの有名な都市伝説の、『メリーさん』なんですよ!」


「な、何い⁉」


 俺の言葉でようやく、事の重大さに気づいた警官は、途端に血相を変えて、すぐ側の幼女のほうへと振り返る。


 ──すでに完全に落ち着き払い、微笑みすら浮かべている、本当は人形であるはずの、魔性の存在。


 しかし、その警官が、次に起こした行動は、まったく予想外のものであったのだ。




「……動くな」




 ………………え。


 何とその時、警官の構えた拳銃ネオ・ナンブの銃口は間違いなく、俺のほうを捉えていた。




「抵抗すると、遠慮なく撃つぞ、この非国民の『なろう族』が。このまま大人しく、『転生病監察医務院』にしてもらおうか」




「──っ」




 ……な、何で、んだ⁉

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