意識の高いRPG

あをにまる

開始《ローンチ》

       (オープニング)


 慎ましく謙虚な民が住まう平和な国、ウィンウィン王国。


 しかし、ある日突如として魔王・エグゼクティブが海の彼方より現れ、

 ウィンウィン王国の民は皆、とある「呪い」をかけられてしまった。


 これに心を痛めたウィンウィン王国国王・レガシーは、勇者・ルーティンを王城へと召喚したのであった……



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「おお、勇者ルーティンよ! よくぞ参った! いかんせん時間タイムベース危機的タイトゆえ、これより大至急アサップ問題イシューについての状況説明ブリーフィング開始ローンチしてもよいか?」


 白髭老人の低声が、ウィンウィン王国の首府・ダイバーシティ城の玉座に木霊する。


 煌びやかな刺繍が施された白タイツとジャケットに緋色のマントを重ね、頭上には金の三重冠。

 この石造の城郭に君臨するその姿は、まさに紛う事なき専制君主の出立ちである――――が、しかし。


 その威厳ある声色に反して、操る語彙はなぜか妙にまどろっこしい横文字が多い。

 更に、どういうわけだか膝上にはこの世界観に全く不釣り合いな林檎のロゴがついたノートパソコンが載せられ、左手にはスタバの新作フラペチーノがしっかりと握られている。


 ややあって、眼下に侍るひとりの精悍な顔つきの青年が、その国王の声に応じて言った。


承知アグリーだ」


 見れば、彼も彼とて格好は紺色のサーコートに革の胸当て、腰には銀に輝くロングソードを差しており、遠目には君主に仕える中世騎士のようである。

 されど、その脇に抱えられたiPad と英字新聞だけが、周囲の中世的世界観とのアンバランスさを見事に醸し出していた。

 

 そして勇者の頷きを確認したのち、国王レガシーは続けて語る。


「今日の議題アジェンダとは他でもない。圧倒的コアコンピタンスを持つ魔王エグゼクティブが起こしたこのパラダイムシフトによって、我が国の民のアイデンティティが突如として意識高くコモディティ化されてしまったマターについて、コンサルタントたる其方にソリューションして貰いたいのだ」


 ルビを振るのが途中から面倒になったので、これを端的に人語へ訳すとつまり『魔王がかけた呪いによって、この国の人々の『意識』が謎に高くなるという現象が起こった。それを解決してほしい』という意味である。


 勇者ルーティンは手元のiPadに視線を落とし、ひとつため息と共にこう呟いた。


「つまり、勇者フリーランスの俺に魔王討伐を外部委託アウトソーシングするというわけか。それで王様クライアント、俺はどのようにPDCAを回せば良い?」


計画アクションプランは既に決定フィックスしておる。そして、現状取りうる最良ベストプラクティス手段アプローチがこれじゃ。衛兵、資料レジュメをここへ」


 国王がそう言うと、玉座の脇に侍る衛兵のひとりが勇者の眼前へと進み出て、一枚の紙を手渡した。


「おいおい王様、今時、電子データじゃなくて紙資料かよ? SDGsが泣いて呆れるぜ?」


 そう言って勇者は資料レジュメをぴらぴらと振りながら、肩で小さく笑う。


「我が国の縮小シュリンクされた予算バジェットの中では、革新イノベートが確実に必須マストとは言えんのだよ。それに、重要機密は全てこの紙の形式フォーマットという規則レギュレーションなのじゃ」


「その無意味な規則レギュレーションが、まさにお役所の欠点ボトルネックだぜ?」


 だが国王はそれに返す言葉を持たず、そのまま手にしたレジュメに沿って本題の説明に入った。


「さて、枠組スキームはこうじゃ。魔王エグゼクティブが代表取締役CEOを務める『株式会社魔王軍』は1300名の社員に加え、『四天王』と呼ばれる4名の役員を擁する上場企業。ゆえに我らはこの株式会社魔王軍に対して公開株式買付敵対的TOBによる企業買収M&Aを仕掛け、過半数の株式を取得したのち取締役会まおうじょうにおいて解任請求を行い、奴を文字通り魔王しゃちょうの座から追い落とす」


「敵対的TOBとは相変わらず穏やかじゃないねえ、王様。かなりの大戦争コンフリクトになりそうだが、法令遵守コンプライアンスは大丈夫なんだろうな?」


「無論、コンプラ遵守の上じゃ。だが、市場に出回っている株式だけではいくら買い集めても過半数には満たぬ。それゆえまず其方の目標ミッションは、取締役会まおうじょうの扉を開くために四天王と呼ばれる4人の役員を討伐ネゴシエーションして、奴ら役員どもの保有する自社株を市場マーケットへ強制的に吐き出させる事だ。その後即座にわしが公金を投入して株式を買い集め、51%の株式を取得した時点で経営の主導権イニシアチブを奪い、株式会社魔王軍を国営化する。そして呪いを解除し、世界に平和がもたらされるという計画グランドデザインよ」


「なかなか劇的ドラスティック仕事タスクじゃねえか。……それで、今回の俺の報酬コミッションは?」


 すると国王は開いた右手を正面に掲げ、親指をひとつ折って答えた。


「……最新式の13インチ MacBook Air 512GBストレージ、400台でどうじゃ?」


 聞いて、勇者は鼻に手を当ててくっくっと不敵な笑みを見せたのち、大袈裟に天を仰いで宣言する。


「ふはははは! よし、承知アグリーだ! この勇者ルーティン、依頼主クライアント利益ベネフィットに、最大限お応えマッチしてみせよう!」


「……合意コンセンサスが取れたようだな。では、勇者ルーティンよ! 魔王軍をM&Aし、世界グローバルに平和を奪還コミットするのだ!!」



 国王の号令と共に、玉座の大扉が唸り声をあげて開き、まばゆい光が差し込んだ。

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