第149話 最良の結末

「――ッ!?」


 破壊の波動が吹き抜ける。

 骨肉と爆発の全てを焼却する破滅の魔導が――。


 もう東雲の姿はない。

 目の前の地下室は、融解した壁面が無機質に佇んでいるだけの空間と化していた。


「相変わらずの破壊力だな。防御に回した水球形スフィアが余波だけで消し飛んじまった。つーか、テメェはいつまで引っ付いてんだ!?」

「あうっ!?」


 飛び付かれても微動だにしなかったらしい萌神のおかげで風破も無傷。

 結果から言えば、最高ベストに近い最良ベターな幕引きというところか。

 こちらに犠牲者が出ることなく、ほぼ完全に近い状態でこの施設を手に入れることが出来たのだから――。


 ただ東雲を捕らえることが出来なかったこと。

 風破が巻き込まれてしまったことに関しては、やはり気に掛かる一面ではある。

 故に最良ベター

 どうしようもない状況の中、手の届く範囲で全力を尽くした結果だった。


 まあどちらにせよ、奴を捕らえたところで有力な情報は手に入りそうにもなかったし、過ぎたことを必要以上に気にするのは時間の無駄と考えるべきだろう。

 今はすべきなのは、施設の解析と風破のフォロー。

 それと被害者や信者の行く末を警察に託すことぐらいか。


「全員無事で何よりだ」

「結果論だけどな。アタシがいなきゃ、この女は蒸発してたぞ?」

「お前がいたから撃ったんだ。感謝はしてる」

「……ったく、褒めても何も出ねーぞ」


 今後どうなっていくのかは分からないが、ひとまず事件としてはこれで一段落。

 アザレア園買収の話は立ち消えてしまうだろうが、信者からの献金けんきんで育った子供たちが出ないことをプラスと捉えるしかない。


 ただ今回の一件に関しては、残った信者を野放しに出来ない関係上、ある程度の情報が世間に流出してしまうことは避けられない。

 そうなれば、水面下でくすぶっていた魔導の有無という問題が表面化してしまうのは想像に難くない。


 だとしても魔女狩りの如く、非魔力保持者を殺していたら国が回らなくなるし、逆もまた然りだ。

 魔導至上主義にも、反魔導至上主義にも大きな問題がある以上、国の上層部もしばらくは現状維持という選択肢しか選べないはず。

 強者も弱者も、持ちつ持たれつギブアンドテイクで生きていくしかないわけだ。


 というわけで、力を持たない民衆からのヘイトを抑えるために、少なくとも数年は大きな変化が訪れないことが予測される。園の存続という意味では、多少の延命になったことだろう。

 その間に風破を含めた施設出身者が一塊ひとかたまりになれば、何とでもなるはずだ。

 実際、今の不景気では養子の引き取り手も早々現れないだろうし、独立して生活するのも相応に厳しい。ある種の運命共同体とでも称するべきか。


「とりあえず、これで状況終了。二人は……」

「一人で納得してんじゃねぇよ。ここまで来て、こんな奴のお守りをしながら帰るなんてゴメンだね」

「さっきから酷くない!? というか、二人とも妙に息ぴったりだし、一体どういう関係なのかなァ?」


 知る必要のない真実もある。

 さっさと施設の情報を解析するために二人を帰そうとしたわけだが、全く動く様子がない。あんなことの後なのに、随分と元気な奴らだ。


「しかし一人で帰すのは……」

「ち……っ!」

「人の顔を見て、堂々と舌打ちしないでくれるかな!?」


 とはいえ、萌神はともかく、風破はこれ以上踏み込んではいけない。

 そこだけは全会一致だったのか、萌神が風破を連れて地上に戻ってくれるらしい。まあ首根っこを掴んで引っ張り回しているのは、何とも言えない場面ではあるが――。


 またも貸一つ。

 今度礼をしないとだな。


 しかしそんな二人を見送った直後、振り返りながら嘆息を漏らしてしまう。

 何故なら、結果的に最小限の被害に収まったとはいえ、この地下室の惨状自体は燦々さんさんたるものだったからだ。


 現に威力を最小まで絞った上で斬撃として放たずとも、対魔力コーティングが施された壁面が余波だけで融解寸前。

 それも黒炎を放つ瞬間、萌神が壁面全体に這わせるように水流壁を作った上で自分と風破の前に障壁を展開してくれていても、その全てを蒸発させてこの始末だ。

 もし普通の人間相手に黒炎を使うような事態が来たら――と思うと、術者である俺自身としてもゾッとしてしまう。少なくとも、学園の授業ではまず間違いなく出番が来ることはないだろう。殺傷能力が高すぎるのも考え物だな。


「さて、一体どこから手を付けるべきか……」


 なんにせよ、今は成すべきことをしよう。

 変に警察の手が入る前に調べ物を終わらせなければ――。


 そうして最初に剣を放り投げた時、えて壊さないように机から吹き飛ばしておいた東雲のPCを拾い上げ、キーボードを打ち始める。

 システムを辿って更に奥の階層へと侵入した結果、得られた情報は――。

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