第144話 蹴りから始まる交渉術

 よく分からないオブジェや絵画。

 壁中に刻まれた、巨大な華十字架の紋様。

 無駄に設置されたモニターに加え、背もたれの高い豪勢な椅子。


 端から見れば、金を持った大人の秘密基地。

 男子として目を惹かれる部分がないとは言わないが、それは自分の力で造ったという大前提があってのものだ。

 他人を洗脳して無理やり巻き上げた金で造られたことを知っていれば、醜悪さが詰まった虚構の城としか思えない。


 一言で表すのなら――。


「悪趣味だな。何もかも……」


 萌神が吐き捨てている通りだ。

 だがそれ以上に悪趣味なのは――。


「烈火!? それに……」

「あン……?」

「出来ればこんなところで会いたくはなかったが……」


 ここにいるはずのない風破が、部屋の中央でふんぞり返っている東雲と相対していること。


 いくら血縁者とはいえ、我が物顔で表の人間を巻き込む辺り、やはり奴はただの下種野郎でしかない。悪にしろ、正義にしろ、随分と器の小さい男だ。

 とはいえ、侵入者俺たちを見て顔を真っ青にしている辺り、やはり小物でしかないのだろうが。


「ひっ、お、お前は……!?」

「ごきげんよう……とでも言っておけばいいか? ムカつく面だが……」

「ひぃいいいっ!?!?」


 瞬間展開した“白亜の剣アーク・エクリプス”を放り投げ、東雲の前にあるコンソールを破壊する。

 地下空間のシステムを掌握しょうあくしている以上、わざわざ破壊せずとも助けを呼ばれる心配はない。故にこれは個人的な私怨というやつだ。


 俺たちを付け回したこと。

 風破を巻き込んだこと。

 信者たちを増長させたこと。


 魔導適性がなくて苦しんだのか、ただのちゃらんぽらんで産んだ娘を捨てたのかは知らんが、最早同情の余地はないと判断していいだろう。


「や、やめっ!? 来るなァ!? へぶぅぅううっ!?!?」


 直後、降伏勧告すらせず、その顔面に靴底を叩き込む。


「は、へっ……?」


 すると、驚愕で目を白黒させている風破を尻目に、信者の金で私腹を肥やした小太りボディーが吹き飛んでいった。

 まあ学園の友達が実父の職場に乗り込んで来た挙句、出合い頭に顔面を蹴り飛ばしているのだから、処理落ちするのも当然の反応だろう。


「ふん、随分とらしくねぇが、分かりやすくてこっちも楽だな」


 一方の萌神は、呆れたように肩を竦めながらもどこか楽しそうだ。

 ここまで潜入続きで肩肘かたひじ張っていただろうし、ようやく本領発揮というわけだ。

 とは言いつつも、それとなく状況を察して風破のフォローに入れるようにしてくれている辺り、やっぱり頼りになるな。


「なんてガキだッ!? 人の顔を……!?」

「年頃の娘の尻を追い回すよりマシだと思うが? それに人を使ってのストーキングもな」

「な、何の話……!?」

とぼけても無駄だ。あちこちの集会所に警察が踏み込む所為せいで、健気な教徒共が捕まって焦ってるんだろう? 金蔓かねづるがいなくなると困るからな」


 東雲の顔がどんどん青ざめていく。

 本来一般人である俺が知り得るはずがない悪徳ビジネスの本質。どこまで知っているのか――と、不安になっているのだろう。

 というより、俺がここにいる時点で全ての答えだし、下手に警察が踏み込んで来るよりも異質な状況には変わりない。

 何なのか分からない――に勝る恐怖はないからな。


「そんなことはどうでもいい。どうしてこんな悪の秘密基地に風破がいるのかを説明願いたいわけだが?」


 しかしコイツをブチのめして神宮寺の傘下に引き渡して終わりというところで、まさかの足踏みイレギュラー

 蹴りから始まる交渉術で全てを吐かせる必要がありそうだな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る