第135話 KEINER・AGE

 僅かばかり差し込む陽の光。

 ほこりの積もった道の脇。

 俺と萌神は薄暗い路地裏を進んでいく。ちゃんと背後の連中がついてこられるように、ゆっくりと――。


「ちっ、どいつもこいつも……」


 萌神はガンを飛ばしてナンパをしに来た不良や色々キメてそうなおっさんを追い払った後、大きく嘆息を漏らす。

 こちらは人のいない場所に行きたいのにもかかわらず、わざわざ向こうから近寄って来るのだから当然の反応だろう。

 どうして男たちが群がるのか、分かっていないのが問題というだけで――。


「でもおかげで人払いは上々。辺りもそれなりに広い。十分だな」

「――!?」


 だがそうして会話をしている最中、俺たちは各々左右へと飛んだ。戦闘時から考えれば大分緩い機動ではあるが、それでも路地裏から消えたように見えたことだろう。

 現に私服姿のストーカー連中は、路地の小広間に足を踏み入れて目を白黒させているのだから――。


「……悪いが、ここは通行止めだ」

「後をつけてきた気配は五つ。これで全員だな」


 一方、身体強化の魔導による高速移動で追跡から逃れた俺たちは、小広間の出入り口を潰すように立ち塞がる。

 ここを塞げば、連中の行く先には高い壁しかない。映画でよくある路地裏の行き止まりという感じだ。

 ただ連中が俺たちを行き止まりまで追い詰めるのではなく、追われている側が追手を追い詰めるという映画も涙目な展開であることは言うまでもないが。


「さ、誘い込まれた!?」

「まあそういうことになるな」


 前門の虎、後門の狼。

 連中に逃げ場はない。


 しかし俺たちと変わらないぐらいの若者や中年のオッサン。それに男ばかりではなく、路地裏に似合わない主婦っぽい女性まで混じっている。

 それに何より、連中の雰囲気や立ち振る舞いは素人そのもの。

 正しく、普通の人々という言葉が相応しい。


「んで、どうしてアタシらの後ろでチョロチョロしてたんだ? まさか偶然、進行方向が同じだった……なんて言わねェよなァ!?」

「ひっ!?」


 目の前の連中が震え上がる。相手は違えど、今日何度も見た光景だ。

 とはいえ、あまり委縮させられると困ってしまうが。


「隠し立てはしない方が良い。無抵抗の相手をほふるのは、趣味じゃない」

「ひぅ、っ!?」


 殺気とすら呼べないレベルの僅かな敵意であっても、一人、また一人と膝を付き、腰を落として座り込んでしまう。

 絡まれたのはこちらの方だが、弱い者いじめをしている様で気分が悪くなるな。


 だがこれだけ追い回されているのだから、事情を聴かないわけにはいかない。

 仮に奇跡的な偶然でこの全員が集ったとするなら、それこそ天文学の数値だしな。


 現に学生、サラリーマン、主婦――等々、とても親子には見えない多種多様な一般人が団体行動をした挙句、こんな路地裏に集うなんて普通に考えればまずありえないだろう。

 何より連中は、誰もが花を模した十字架のアクセサリーを身に付けている。さっきの学生や東雲と名乗った男のネクタイピンと全く同じ・・・・、“アネモネ”の花を十字架に象ったアクセサリーを――。


 つまり現状は、共通のアクセサリーを何かの象徴のように身に付けた連中が、突然周りに湧いて出たということになるわけだ。

 これで何もないという方がおかしい。


 加えて、連中の象徴らしいアネモネには、いくつかの花言葉がある。


 “真実”、“固い誓い”、“待ち望む”、“見放された”。


 そして“KEINER無いAGE時代”。


 どういう時代を作りたいのか。

 何に見放されたのか。

 何を真実として、待ち望んでいるのか。

 その志を共にする者たち。


 さっきの学生との会話を含め、連中については大体分かってきた。

 後は当人から確証を得るのみ。


 ともかくただ一つ確かなのは、この数週間で起こっている出来事が一つに繋がろうとしていることだけだった。

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