第122話 勝ったもん勝ち
モニター一杯に映し出される風破の姿。
試験合格という意味合いであれば、間違いなく一〇〇点満点の戦果だ。正直、肩の荷が下りた気分だ。
とはいえ、ここまでは規定事項。
さて、目下最大の懸念事項であると同時に、今やっている第四試合の後に出番が来るもう一人は――。
「おい、右手と右足が一緒に出てるぞ」
「は、はひぃっ!?」
「制服のネクタイも裏表逆だな」
「ふぇー!?」
随分と情けない声を上げながら、雪那の胸に飛び込んでしまう。
しかし、朔乃の動揺は
今のアリーナには、多くの生徒がひしめいている。これだけの人間に見られている中で醜態を晒してしまうと考えれば、中々にキツいはず。
それにどう考えても朔乃は人前に立つタイプじゃないし、人生を賭けた大一番が実質初戦――という極限状況なのだから、気負わないわけがないだろう。
だとしても、この試験を乗り切らなければ未来は訪れない。
「自信がないのは分かるが、まずは胸を張れ。気持ちで負けていては何もならんぞ」
「でもEクラスやDクラスの人ならともかく、
確かに強い言葉で取り
成長段階に応じた試練をいくつもすっ飛ばしてしまっている。
だからこそ、その道のプロであるシュトローム教諭――ヴィクトリアさんを中心に技術の指導をして、戦う術を身に付けさせた。
まだまだ課題も多いし、急場
後は本人の頑張り次第だが――。
「試合が始まれば、俺たちは力を貸してやれない」
「う、ぅッ……」
「でも相手は同じ学生だ。付け入る隙はいくらでもあるし、他の連中も同じように緊張してるはず。実際、風破以外にも格上相手に善戦したり、勝ったりしてる奴が何人かいただろ?」
人生を賭けた一発勝負。
その怖さは大人でも背筋を冷やすレベルだろうし、思った通りに力を発揮出来ずに涙を流した連中も多いはず。
だが逆を言えば、勢いや爆発力で技術や経験を凌駕しかねない状況が普段よりも起こりやすいということ。
これが短期決戦の怖さ。
有利に使うのも、恐怖で潰れるのも自分次第だ。
「口から出まかせのはったりでも何でもいい。今は勝ったもん勝ちだ。AクラスもFクラスも関係なく、思い切りぶつかってくればいい」
「うむ、この試験においては、皆が横一線。いやむしろ、普段戦わない格下と相対してしまえば、要らぬプライドが戦意を鈍らせることもある。しかし今の
俺の隣に立つ雪那は、胸に顔を埋めている朔乃をあやすように言葉をかけ、頭を撫でながら気持ちを落ち着かせている。
実際のところ、護るものがあるから強くなることと、失う恐怖で弱くなることは表裏一体。
上手く作用すれば大きな力になるが、逆に刃を鈍らせることにもなりかねない。
家柄、プライド、クラス格差。
今の立場が高く、自分に自信を持っている奴ほど、刃が鈍った時の振れ幅が大きくなる。言うなれば、強すぎる感情は諸刃の剣。
今日この試験に落ちてしまえば、一流企業への道が険しくなるかもしれない。
憧れの騎士団に引っかからなくなってしまうかもしれない。
名門であるミツルギから追い出されたり、大きな口を叩いて今日の試験に来たとすれば、周りに合わせる顔がなくなってしまう。
こんな恐怖で動きや思考が硬くなり、思った風に力が出せない。
大抵の場合は、そんな結果が待っていることだろう。
だからこそ、割り切って捨て身で向かって行ける奴は強い。その上で朔乃自身の唯一性を教師に見せることが出来れば、例えFクラスであろうとも、未来を紡げる可能性は十分にある。
ここまで来たら、気持ちの勝負。
やはりそこに帰結するわけで――。
「というより、今までの試合を見て、俺たちより怖い相手がいたか?」
「ふ、ぇ……」
朔乃は俺と雪那を交互に見ると、何かを考えこむように唸り始める。
そんな思考の直後に紡がれた声音は、すっかりいつもの調子を取り戻していた。
「そう言われたら、確かに全然大したことないかも。一体、何回泣かされたっけなぁ……」
しかしその遠い目は心外だ。
スパルタには程遠い初心者用コースだったのに――。
まあともかく、気分が落ち着いたらしい朔乃は、よしっ――と大きな声を出し、アリーナに向かって大股で歩いていった。
第五試合は幸いにもミツルギの生徒が多めとあって、全員朔乃のことを舐めている。
イージーウィン狙いされる可能性も無くはないが、むしろ朔乃の戦闘スタイルであれば、普通に戦われるよりも勝機を見出せる可能性が高くなる。
正直、対戦相手としては悪くない。まだ首の皮一枚繋がっていると言えるだろう。
だが――。
「しかし、これは何の因果なのか……」
「ああ、随分と嫌な腐れ縁だな」
たった一つ問題があるとすれば、対戦名簿に二名混じっている
一人は名も知らぬ他校生。
もう一人は、土守陸夜。
かつて雪那を巡って決闘騒ぎを起こし、取り巻きと共に朔乃に危害を加えようとしたこともある男だ。
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