第112話 学園闘争Ⅰ

 どこからか声をかけられた俺たちは、思わず周囲を見渡した。でも視界に人影は映らない。

 よっぽど声のデカい奴が近くで話していたってところか。

 まあこれまでの感じからして下手に関われば、また面倒ごとに巻き込まれる気がする。スルーが安定だと、移動しようとしたわけだが――。


「おい! コッチだ! どこ見てる!? 早く来い!」


 花壇かだんを挟んで一つ向こう側の区画。小さな手がブンブンと振られ、俺たちはようやくその存在に気が付いた。

 かつて俺たちもそうだった、手も足も短い生命体に――。


「クソッ! 僕の言うことを無視するなんて……行くぞ! 説教してやる!」

「うん!」


 思う通り動かない俺たちに癇癪かんしゃくを起したのだろう。

 小さな二つの影が行儀悪く柵を乗り越えようとしている。


 片方はキノコを思わせるおかっぱヘアー、カラフルな蝶ネクタイ、ネイビーのブレザーにハーフパンツ。

 もう片方はおでこが出たツインテールに加え、ピンクのフリフリのドレスが特徴的。


 まあ一言で表すなら、金持ちっぽいクソガキ兄妹。


「……で、あのちんちくりんは誰かの知り合いか?」

「いや、知らんな」

「ミートゥー」

「ウチの施設にあんなお金持ちっぽい子はいないね」

「私は烈火君と雪那ちゃん以外の知り合いはいないから……」


 こっちは退学と転校がかかっている。

 いくら子供相手とはいえ、いきなり難癖をつけてきた相手をニコニコと受け入れるわけもないだろう。

 だがそんな俺たちとは裏腹に、見覚えの無い二人は息を切らして駆け寄って来る。


「この僕が話しかけたんだから、三秒以内に返事をしろ! 貧乏人め! でも僕は偉いから許してやる!」

「許してやる!」

「それで僕は今、母様と姉様を待ってる最中で暇なんだ! だから一緒に遊んでやる! ありがたく思え!」

「思え!」


 クソガキが二匹喚いているようだが、見るからに金持ち子息とあって面倒ごとの気配しか漂ってこない。

 さっさと逃げるに限る――と、全員の視線が交錯したことは言うまでもないだろう。

 だがそんな俺たちの足は、思わぬ形で止まってしまうことになる。


「だーかーらー! 根本家次期当主の僕が遊んでやるって言ってるんだ! 貧乏人は黙って僕の言う通りにすればいいんだよ!」

「そーだよ! 私たちは偉いんだ! アンタら、ゴミとは違うの!」


 全ての原因は、クソガキが騒ぎ立てる中で少しばかり気になる単語に引っかかりを覚えてしまったからだ。


「根本……知ってるか?」

き覚えはないな」

「雪那が知らないってことは、中小企業か没落一家か。それとも地元の盟主ってやつか……」

「分からん。少なくとも、国の中枢で政治や軍事に関わる者でないのは確かだろう。私も全て網羅しているわけではないから、それ以上は何とも言えないが……」


 現代っ子だけあってご近所付き合いをする方じゃないが、この連中に関しては一六年過ごして来た中でも見覚えがない。

 余所者よそものなのか――と、俺と雪那は小声で話し込んでしまった。

 シュトローム教諭と朔乃は戸惑うばかりであり、風破が対応に当たってくれている。


 まあ一人っ子三人とドジっ娘一人なのだから、最適解に他ならないわけだが――。


「ゴメンねー、お姉ちゃんは今忙しいから、ボクたちと遊んであげる時間はないんだ」

「なにぃ……!? 僕たちは偉いんだぞ! 貧乏人は僕たちの言うことを聞かないといけないんだ!」

「そうだよ! 私たちが遊んであげるって言ってんの! あ・り・が・と・う! ございますが普通でしょ!?」

「そればっかりだね、君たち……。ウチに来てすぐの悪ガキでも、もうちょっとマシなんだけど……」


 やんわりと断った風破ではあるが、喚き散らす二人に思わず顔を引くつかせてしまっている。

 無理です――という、アイコンタクトが飛んできた以上、いい加減に早足で逃げようとするが――。


「まぁー! まあまあまあ! ウチのお坊ちゃんたちと揉めことだなんて、貴方たち……何やってるザマス!」

「アンタら、ウチの弟たちを虐めてただで済むと思わないでよね!?」


 そんな最中、煌びやかなドレスを纏ったババ――マダムと、同年代ぐらいの少女が公園の出入り口から歩いて来ていた。


「なんか凄いことになって来ちゃったね……」


 憤慨、怒髪天。

 ズンズンと聞こえてきそうな勢いで歩いて来る様を見て、天然の気があるシュトローム教諭ですら、思わず表情を歪めてしまっている。

 そして大股おおまたで近付いてくる連中の背後には、無駄に長い黒塗りの車が堂々と歩道に乗り上げながら違法停車されている。

 一柳といい、流行ってるのかアレ――。


 とはいえ、違法停車で見事に出入口を塞がれてしまった以上、立ち去るにためは少しばかり骨が折れそうだ。


「……今ザマスって言ったか?」

「ああ、言ったな」


 そんなマダムの出で立ちは、一昔前の教育ママ。

 それだけでも時代とアンバランスだが、周囲が普通の公園ということで更にシュールさが増している。


「お嬢様って、あんなのばっかりなの?」


 もう一人の少女に対しても、朔乃の乾いた声が漏れる。


 ぱっちりとした目にカールした髪。

 年頃の女子らしいネイルにばっちりメイク。

 どこのか分からない学生服にはフリルがあしらわれており、見るからに改造済み。

 遠巻きからでも視認出来る程に気合が入っているとあって、豪華を通り越して痛々しさすら感じさせる立ち振る舞いだ。


「……だそうだが、一流のお嬢様としては、その辺どうなんだ?」

「あの手のやからがいないとは言わんが、一緒にはされたくないな」


 朔乃とシュトローム教諭は、すっかり放心中。

 俺と雪那は呆れ、風破の眼差しはどんどん色を失っていく。


 本当に俺の安寧な日常はどこに行ってしまったのか。


「まあまあ! こんな平日の昼間からみんなでお出かけだなんて、不良も良いところですわ! ウチの京子さんは、由緒正しいミツルギ・・・・学園・・編入試験・・・・に臨むべく、ご挨拶に参っておりましたのに!」

「ちょっと、ママ。アタシと比べちゃ、かわいそうよ。このスーパーエリートの根本京子様とね!」


 困惑する一同を尻目に、ギャルなのかお嬢様なのかよくわからない少女――根本京子は、その母親と共にさりげなくとんでもないことを言い放っている。

 その一方で連中の言葉は、とある事実を浮き彫りにしてしまっていた。


 年度末試験の目的が国中から優秀な魔導騎士の卵を掻き集めるものであり、学園に残す生徒を厳選するだけじゃなく、中身を入れ替える・・・・・に等しいという残酷な事実を――。


 あの狸婆たぬきババア、成績や素行の悪い生徒を追い出して育成カリキュラムを整備するどころか、国中の素質のある生徒すらも根こそぎ抱え込むつもりらしい。

 この分だと、現状在学している生徒の半分以上が、クビを切られてもおかしくないかもしれない。

 趣味の悪い受験戦争――いや、学園闘争だな。


 それに風破はともかく、こっちには明確にレッドゾーンどころか、デッドゾーン真っ盛りな奴がいるわけで――。

 また面倒なことになって来たな。

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