第111話 ダブルブッキング
その後、朝食を終えた俺たち三人は、学園付近の公園へと繰り出していた。
ちなみに今回の発起人は俺であり、雪那は不思議そうに疑問を呈して来る。
「私たちまで連れ出して外出など……一体どうしたのだ?」
「ちょっと、込み入った事情があるんだよ」
「学年末の進級試験とやらも控えているのにか?」
雪那が首を傾げている通り、俺が理事長から聞いた進級試験に関しては、既に在宅学習中の生徒にも伝わっている。
通過すれば通常通り進級。
落ちれば強制転校。
しかも転校する時には、その学園の編入試験を受けなければならない。そこでも落ちれば、強制退学。
そんな通告をされてしまったのだから、生徒の間に混乱と不安が駆け巡っていることは言うまでもない。
まあせっかく受験戦争を勝ち抜いてミツルギ学園に入学したにもかかわらず、やっぱりもう一度試験で審査します――なんて言われるなんて卒倒物でしかない。こればかりは当然の反応だと称せるだろう。
特に連中からすれば、自分が醜態を晒した自覚はないわけだし、雪那たちのように本当に巻き込まれただけの生徒も多い。
寝耳に水――という言葉が、これ以上相応しい状況もないはず。
とはいえ、気分転換のために二人を連れ出したのかと言えば、そういうわけではなく――。
「試験が控えているから、こうして慣れないことをしないといけないんだよ」
「対策の特訓でもするのか? 烈火にしては、本当に珍しいが……」
「特訓には違いないな。アイツらのだけど……」
怪訝そうにしている雪那の視線を誘導すれば、その先には二人の少女が微妙な距離感で別々のベンチに腰かけている。
「風破と、アレは確か……」
「ウチのクラスの女子だな」
そう、ベンチに腰かけているのは、風破アリアと月谷朔乃。
接点のない者同士がまるで
ちなみにだがシュトローム教諭は、さっきから興味深げな様子で異国の風景を楽しんでいる。
ボケーっとしていて、はぐれそうで少しだけ怖いな。
「進級試験に向けて対策をしたいと言い出したのは、あの二人だ。だから付き合ってくれと別々に連絡が来た」
「なるほど、それで二人一緒に対策特訓をするというわけか?」
「有り体に言えば、そういうことだ。転校や退学がかかっている以上、四の五の言ってる場合じゃないしな」
「つまり私たちは、そのために連れ出されたというわけだな。シュトローム教諭はプロの指導者だから……な!」
事の真相を聞いた雪那は納得してくれたようだが、どことなく不機嫌になってしまう。
ただ相談に乗るだけとはいえ、これだけ女子が集まっていれば、軽薄な男とも取られかねない――のか。
「何をそんなに怒ってるんだ?」
「別に……」
だが可愛らしく唇を尖らせて、むくれていることは事実。
女子は難しい。
「烈火! って、え……?」
そんな最中、こちらの姿に気が付いた少女たちが同時に声をかけて来る。
直後、間抜けな表情で顔を見合わすところまでがワンセットだ。
待ち人が同じだったこと。
俺の隣を歩く、雪那の存在。
更に隣には、見覚えがあっても直接面識のないブロンド美女。
想定通りの反応だな。
「ちゃんと揃ってるようだし、さっさと移動するぞ」
「えっと……どういうこと?」
「あー、それなんだが……」
俺は三人仲良く首を傾げている雪那以外の面々に対し、
試験までの期間が決まっている以上、風破と朔乃に付き合える日時と予定をブッキングさせざるを得なかったこと。
学年主席の雪那と本職のシュトローム教諭を講師役として招いたこと。
第二研究所で特訓を行うこと。
雪那以外の面々に伝えたのは、以上の三点。
それぞれ知っている情報量が違うこともあって、三者三様の反応ではあったが、最後には納得して頷いてくれた。
まあ対抗戦前の特訓よりVIP待遇なのだから、これで文句を言われても困るわけだが。
そうして俺たち五人は、目的地に向かって歩き始める。
「またお世話になっちゃっていいの? 二階堂は
「今頃、休校中の学園は同じ考えの生徒で埋め尽くされていて、まともに訓練できる状況じゃない。それに……」
とはいえ、友人の家に遊びに行くのとは訳が違う。
正式に契約を結んでいる俺や雪那、今回が初見であるシュトローム教諭や朔乃とは違い、風破からすれば申し訳なさという面も大きいのだろう。
だが今の学園で特訓というのは、あまり好ましい事態じゃない。
現に学園では、保護者との残留交渉が行われているはずだから――。
実際、先の醜態で多少傷が付いたとしても、ミツルギ卒業の肩書が大きな武器になることは事実。
何より、自分の子供が学園闘争に敗れたとすれば、家の体裁も保てなくなってしまう。
だからこそ腐りきった保護者たちは、自分の子供を残留させようと
その手段が
言うなれば、今の学園は欲望渦巻く大人の社交場。
率先して近づきたい場所じゃないし、殺気立っている生徒の喧嘩にでも巻き込まれてトラブルになるのがオチだ。
何せ訓練機は数が足りないし、朔乃はFクラス。とても順番が回って来るとも思えない。
「それに……何?」
「いや、何でもない。今は自分の進退だけ考えておいた方がいい。まあ風破に関しては、そこまで心配する必要もないだろうが……」
「そ、そうかな? でも、この間の対抗戦は、乱入の
口では腐敗を正すと言っていた理事長だが、別に
学園の名声を取り戻し、更に広げていく。
そのために必要なのは、優秀な生徒を輩出し続けられるシステムを構築すること。
故に腐った果実も、実りそうにない苗木も全て取り払う必要がある。
それこそが年度末試験の目的だと、この間の会話でもはっきりと読み取れた。
現に保護者は、厚意で学園を支えてやっているという立場から一転、自分の子供を通わせてもらわなければ――という弱い立場に成り下がっている。
その上、理事長が盾にした大義名分は、教師と設備の不足に端を発する学園機能の麻痺。
誰にもどうすることも出来ない以上、試験の中止は不可能。
結果、今は自分の子供を残してくれと
つまり元教頭がゴマすりをして回った結果、俺が対抗戦の代表を降ろされたように弱くなってしまった学園の立ち位置。
学園長の一手は、そんな保護者と学園の立場を在るべきものに戻すどころか、全てを逆転させてしまうほどの妙手だということ。
そして学園にとって有益な生徒の基準は、学内の成績だけじゃない。
物資や資金提供、在学中や卒業後の活躍によって、学園に何らかの利益を還元出来るということを指す。
確かにそういう意味では、俺は排除される側の生徒とは真逆の立ち位置にいるのかもしれない。
かつて最強を
それに早くして両親を失ったことに加え、天命騎士団から勲章を貰ったという共感を得やすいドラマ性。
その挙句、単騎で何度も“
客観的に見れば、ババアが学園に残したい生徒の基準に合致してしまっている。
正直、試験当日に無断欠席しても、既に残留が確定しているようなもの。つまり俺や雪那を含めた
「じ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな……」
「ああ、それでいい。知り合いが強制転校になるのは、流石に忍びないしな」
とはいえ、風破たちは学園で順番待ちするのが非効率――という、
こんな裏側の事情は、彼女たちが知る必要のないことだから――。
だが、そうして気持ちを新たに第二研究所に向けて本格的に進み始めた直後、俺たちの進行を遮る様に舌足らずな声が響いた。
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