第109話 真実の断片

 とある日の正午――。


 今日も今日とてミツルギ学園は休校日。

 しかし“サベージタウロス”の一件に始まり、ここ数ヶ月はまともな学園生活が長続きした覚えがないな。

 まあ平日の昼間から堂々と街中へ繰り出せるのだから、俺としては好都合だが――。


 そして今日の目的地は、若者に人気の喫茶店――“カフェ・ラグランジュ”。

 かつて雪那と二人で出かけたテーマパーク――“ラグランジュ・シー”の系列店。


 ファンシーに装飾された店内に入るのには、かなりの勇気が必要だったが、尋ね人がいる以上は致し方ない。

 入店した俺は、目当ての女性が腰かけている座席へ足を進める。


「よお」

「おう」


 店奥の優雅にカフェタイムを楽しんでいるのは、萌神雫。

 挨拶を交わし、彼女の前の席に腰を据える。


「本当ならもう少し早く顔を出したかったんだが……生憎、最近は色々と立て込み過ぎて時間が取れなかった」

「別に構わねぇよ。これで貸し借りゼロだからな」


 俺と萌神は軽口を叩き合う。

 どうして仮にも敵対していたはずの俺たちが、喫茶店で呑気に相席をしているかといえば――。


「そうか。まあ何にせよ、お前たちの情報網には助けられた。ありがとう」

「……ちっ、アタシらだって、お前に見逃された上に仮面ヤローの件もある。貸し借りゼロだって言っただろ?」


 単純な話、一柳家に連なる証人を捕らえた際、“サルベージ”の力を借りたことに対しての謝礼。

 それと情報共有のための顔合わせ。


 俺も萌神もダラダラと世間話をする方ではないし、これ以上は礼の言い合いで堂々巡りになるだけ。

 そう判断した結果、ここしばらくの激動の日々と研究施設の関連性についてを話そうとしたわけだが――。


「はい! はい! 私、ショートケーキをホールね!」

「私は、オル子パフェDXです!」

「お前らなぁ……まあ、ここは俺も空気を読んで、アイスコー……へぶっ!?」


 突然、二つの小さな影と中肉中背の青年が姿を現したばかりか、我が物顔で相席して来る。

 ただ最後の一人だけは、萌神からの足払いで見事にずっこけていた。


 ちなみに聞いたところによれば、オル子パーカーの少女は鯱野葵しゃちのあおい

 元気な小柄少女は、菱谷呉羽ひしやくれは

 店の床とキスしていた男は、日並朝芽ひなみあさが


 この三人を加えて、“サルベージ”はフル人員とのこと。

 とはいえ――。


「さて、バカ三人……テメェら、何でこんなとこに来てんだ!?」

「今日はオル子ぬいぐるみが貰えるキャンペーン中なので、ポイント稼ぎに来たであります!」

「決して、萌神の後をつけたりとかはしていませんっ!」

二人に……同じであります!」


 萌神のドスの利いた声に震え上がっている辺り、連中の力関係はあまりにも明白過ぎる。

 しかし軍隊顔負けの見事な敬礼姿。

 悪の暗部組織の割には、随分と愉快な連中だな。


「なるほど、ディオネと戦ったのは、この小さいの二つと床で転がってる奴ってことか」

「聞くな……。アタシは知らねぇ」


 敵ではないのだろうが、初対面とあって物珍しく見てしまう。

 それに“竜騎兵ドラグーン”でもなく、軍や学園関係者でもない魔導騎士はかなり珍しい。

 何より、萌神を含めていつも周りにいる女性陣が大人っぽいこともあり、こういうタイプとの会話に新鮮さを覚えていたわけだが――。


「な――ッ! チャーミングなだけよ!」

「そうです! 訂正を要求します!」

「それより、人の上でジタバタするなよ!」

「テメェら……」


 意図せずぞんざいに扱ってしまったようで、憤慨しているミニマムガールズ。

 日並はそんな彼女たちに踏みつけられており、萌神の沸点も近い。


 愉快に騒ぐのは勝手だが、山吹色の水球体スフィアが舞い飛ぶ前に止めないとだな。

 暴力沙汰どころか、血の海すら洗い流されてしまうことになる。

 まあそれはそれとして、何だかんだお姉さん――いや、オカンをやっている萌神の姿は、ずっと見ていられるものだった。

 恐ろしく口と目つきが悪いだけで、そこらの女子よりよっぽど温かみに溢れている。


 だが連中の愉快なやり取りは、俺が止める間もなく冷や水をぶっかけられたように収まってしまうことになる。


「お客様、申し訳ありません。他の方の迷惑になりますので……」

「あ……」


 見事な営業スマイル。

 固まる俺たち。


 気付けば、キャンペーン中らしいオル子にふんした女性店員により、五人仲良く退店を促されていた。

 当然、拒否出来るわけもなく、萌神が自分の代金だけを払って店を出たことは言うまでもない。

 俺としたことが、久々の穏やかな休みで気が緩んでいたようだ。


「う、うぅ……オル子……」

「ケーキ食べ損ねたのよ」

「今回は、俺……悪くないのに……」


 カフェから追い出された直後、俺たちは付近の公園のベンチに二人と三人に分かれて腰掛けている。

 そうして真っ白に燃え尽きている三人を尻目にようやく本題に入っていく。


「それで例の研究施設の運営者とは、コンタクトを取れたのか?」

「いや、尻尾すら掴めねぇ。他にも伝手ツテを使って色々と嗅ぎ回ってはみたが、何かデカい壁があるっつーか、言いようのない圧力に押し込められてるような感じだ。異常という他ねぇな」

「やっぱり、そうなるか」

「……お前には悪いが、アタシらはここで手を引くつもりだ。これ以上深入りすると、料金踏み倒しどころじゃ済まなそうだしな」

「そう、か……」


 廃棄された研究施設。

 水槽に浮かぶ脳。

 “異形”の特徴を持つ、“首狩り悪魔グリムリーパー”。


 かつての光景がフラッシュバックする。

 だが――。


「俺の方も大した情報は、得られなかった。それに裏に精通したお前たちが判断したのなら、多分間違いない。この件の異常さは……」


 対抗戦で遭遇した“異形”については、えて伝えない。実際、シュトローム教諭のように、知っているから――で、排除される可能性もある。

 萌神が手を引くと言うのなら、これ以上この件について話す必要もないだろう。


「なんつーか、あの仮面ヤローとは因縁めいた感じだったくせに、随分と諦めが早いんだな」

「別に闇雲に突っ走るのは、止めようと思っただけだ。まあ何とかするさ」


 そう、諦めるつもりは毛頭ない。

 今の俺は、その真実に到達するために生きているのだから、諦めるという選択肢自体が始めから存在していないわけだ。


 だがそれは俺自身の目的であって、最後まで関われ――と、萌神たちに強制するつもりは、当然ない。

 あくまで彼女たちは、ビジネスでの付き合いを不意にされた結果、取り立てのために首を突っ込んだに過ぎないのだから――。


「そんな表情ツラには見えねーがな」


 とはいえ、直情型に見える萌神も、やはり中々の曲者。

 俺の心情に気づいてか、怪訝そうな表情でジト目を向けて来ている。

 でもせっかく彼女たちが危険から遠ざかろうとしているのだから、肩を竦めて答えるのみだった。


 でもその一方、無駄足に終わったように思えるこの会合にも、ちゃんと収穫があったことは事実。

 俺よりも裏に精通している萌神たちが違和感を覚えたという証言が――。


 実際問題、フィオナ・ローグと入れ替わりで現れた仮面の男。

 あの風貌で“異形”と関係していないわけがない。

 それにローグ教諭の冷たく濁った眼差しと、あの口ぶり。

 彼女の言葉や態度は、父さんたちの死に関わっている何か・・が、皇国の闇――とか、そんな次元では済まされないことを示唆しさするものだった。

 国境を越え、世界の裏で何かが渦巻いていることを――。


 そして偽りの民、神龍器――“竜騎兵ドラグーン”が口にしていた理解し難い言葉の数々。

 未だ分からないことだらけだ。

 だが真実の断片は少しずつ、そして着実に表層に現れ始めている。


 そんな中、求める真実に近しい場所にいる人間は、御剣幸子とフィオナ・ローグの二人。

 恐らく、彼女たち自身が元凶というわけではないのだろうが、何らかの情報を知り得ていることは確かだ。

 とはいえ、選択を間違えば、周囲の人間に危険が及ぶ可能性が高い。さっき萌神に言ったように、闇雲に突き進むのは得策ではないのだろう。


 だとしても、まだ真実の断片が途絶えたわけじゃない。


 それは数々の事件に関わって来た俺自身であり、図らずして首を突っ込んでしまったヴィクトリア・シュトローム。

 更に一応ではあるが、捕らえている一柳関係の面々。

 つまり今後、二階堂のように口封じされる可能性がある人間を指す。


 しかし狙われる危険があるという事象を逆転させて捉えれば、俺たちという存在自体が大きな釣り針になる可能性を秘めているとも言い換えられる。

 言ってしまえば、シュトローム教諭を保護した最大の要因は、狙われるかもしれない俺と彼女が一ヵ所に固まっている方が何かと都合が良いから――という側面が大きいわけだ。

 無論、不条理に晒されている彼女を護ろう――という考えが大前提であることは、説明の必要もない。


 そして、もう一つ。最後の一欠片。


 艶のある白銀の髪、妖しげな琥珀の瞳。

 あの記憶の少女もまた、真実への断片ピースに他ならない。


 点と点は、着実に繋がり始めている。

 あともう少し、決定的な何かが得られれば、こちらからも打って出られるのだが――。

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