第80話 己の成すべきこと

 対抗戦一年チームの内、四名が第二研究所で訓練を始めてから、早一週間――。

 そしてAE校との対抗戦まで、既に残り二日を切っている。


 その間、俺と雪那が固有ワンオフ機の改修・調整のため、第二研究所に通い詰めていたことは説明の必要もないだろう。

 同時に風破たちには俺と雪那で出来る限りの技術を叩き込み、基本能力の大幅な向上を成し得えていた。


 目まぐるしい日常。

 確かな成果。


 少なくとも高等部に上がって以降では、最も充実した日々を過ごせたと断言出来る。

 多分、大人から見れば、青春と呼ばれるような日々を――。


 そうして後は本番を待つのみ、だったのだが――。


「――れっ……天月君が代表から除名とは、一体どういう了見なのですか!?」


 学生の憩いの時間――お昼休みの生徒会室に、雪那の怒りの声が木霊こだまする。

 目尻は吊り上がり、声音は硬い。どこからどう見ても、ブチ切れ寸前だった。


「鳳城先生!」

「すまない。生徒であるお前たちに、どう伝えたものかと考えていてな……」


 隣には声を荒げる雪那、眼前には沈痛そうな面持ちを浮かべる鳳城先生の姿がある。

 いつかと同じようなシチュエーションではあるが、歯切れの悪く口ごもっている先生は、普段の堂々とした様とはかけ離れて過ぎていた。


「それで何があったんですか?」

「烈火……」


 多分、鳳城先生が悪いわけじゃないのだろう。

 俺のために怒ってくれているところ心苦しいが、雪那をたしなめた上で先生に向き直る。


「本来なら生徒に聞かせるべきではないのかもしれんが……お前たち相手に、変に取りつくろっても無意味だな」


 一方の先生は大きな溜息と共に、事の真相を語り始めた。


「昨日の放課後に緊急の保護者会が開かれた。その議題は、対抗戦出場者の再選定要求だった」

「再選定……改めて考え直した結果、天月君が代表から外れることになったと?」

「端的に言ってしまえば……」

「私を含め、他の者たちは?」

「変更があったのは、他学年を含めて天月だけだ」


 先生も雪那も表情は険しい。


「……過ぎた言葉でしたら申し訳ありませんが、こういう形で学園行事に保護者が口を出して来るのは、越権えっけん行為ではないのですか?」

「残念ながら、多々あることだ。というより、この学園の設備が他より優れている要因は、保護者会や関係企業からの多額の支援によるところが大きい。口を揃えて支援に打ち切る……と脅されると、学園側も強く出られないわけだ」

「なるほど、全世界に中継される対抗戦は、最高の宣伝の場。Fクラスが出場させるぐらいなら、ウチの子を出せ……ってことですか?」

「そう、だな……言ってしまえば、そういうことになる」


 保護者会とはいっても、半分近くが学園の卒業生。

 しかも残りの大半も金持ち一家だ。

 違うのは、特待生、奨学金制度を利用している一部の生徒ぐらいのもの。


 なら、Fクラスがどういう存在として認識されているのかについては、当事者である俺よりも詳しい面があるのかもしれない。

 言ってしまえば、俺が代表に選ばれるということは、自分の子供がFクラス以下だと認めることになってしまう。


 加えて、風破の気合の入り様が凄かったように、この対抗戦は企業サイドからしても一種の品評会という側面を秘めている。

 自分のところの宣伝や新たな人材の発掘の場として出資しているのに、代表にFクラスが混じっているのは、遺憾いかん極まる――どこの話ではないということ。


 つまり現状を一言で表すなら、どうしてFクラスが代表に選ばれた――というクレームが殺到して、緊急保護者会で対応せざるを得なかったということ。


 だが俺は、そんな理不尽さが一瞬で吹っ飛んでしまうほどの驚愕に襲われることになった。


「学園内でのことであれば、多少は力になれたかもしれんが、今回は私の力ではどうにも出来ない。言い訳のしようもないが、本当にすまなかった」

「――ッ!?」


 なぜなら、鳳城先生が深々と頭を下げていたからだ。


 俺を持ち上げてこの様だったのだから、普通だろ――と思うかもしれないが、実際はそんな単純な話じゃない。


 まず年上で完全に目上の大人教師が、子供生徒如きに謝罪するという時点で誰にでも出来ることではないだろう。

 それも若干二四歳にして魔導実技の最高責任者まで上り詰めた超エリートが、学園の底辺であるFクラス生徒に対して誠心誠意、頭を下げているわけだ。


 他の生徒や教師の様子を思えばこそ、俺たちの受けた衝撃は計り知れないものがあった。


 だがこんなことをされても、事態が変わることはない。

 むしろ先生の心労が増えるだけ。


 それに多分、Fクラスが気に入らないのは、保護者だけじゃないだろうしな。


「頭を上げて下さい。そうしていられる方が困ります」

「だが……」

「保護者が反感を抱いたのは、俺がFクラス……学園で良い成績を残していないから。だから先生が謝ることはないはず。それに一応名門ですし、OBとかOG辺りにも、かなり騒がれたんでしょう?」

「何から何までお見通しということか。本当にすまない」


 このミツルギ学園が格式高い歴史を歩んで来たことは事実。

 結果、保護者会と隣接して、同窓会的な卒業生の集まりも大きな力を持っているらしい。


 つまりFクラスが代表になることは、自分の学生時代を汚されるようなものであり、俺の時代、私の時代ではありえなかった――と、母校のためにお節介を焼いて来たのだろう。


 その上で保護者会とOB会、企業サイドに手を組まれては、いくら鳳城先生でも物理的に手の打ちようがない。


 よって、俺自身もこの一件に関しては、先生に非がないと認識している。

 そして鳳城先生はこれまでの戦果から、学園対抗戦出場に相応しいと思った生徒を正しい手順で推薦した。

 ただそれだけの話だ。


 生憎あいにく、無関係の人間に怒りをぶつけてわめき散らすほど、品性が下劣なつもりはない。

 やったことがないなりに、憎まれ役になろうとしてくれたらしい先生には悪い話かもしれないが――。


「正直、全く思うところがないと言えば嘘になりますけど、俺が気にしていない以上は先生に謝られても困ります。どっちにしても、元々推薦されなきゃ無縁な話だったし、肩の荷が下りた気分……みたいな?」

「……全く、生徒にはげまされるとは、私も未熟者だな。正直一発殴られる覚悟でお前たちを呼んだのだが……」


 ようやく顔を上げてくれた先生の表情は、さっきまでより幾分か和らいでいた。

 まあここで先生に責任の所在を確かめても仕方ないのは事実だし、さっさと話題を変えてしまおうか。


「後は新入りが有能なことを祈るばかりですか? 当日、一勝四敗で負けたりしないといいですけど……」

「仮にもチームメイトに対して手厳しいな」

「もう関係なくなっちゃいましたからね」


 少し無理をしているのは分かるが、先生も話に乗って来てくれる。

 別に誰かが死んだ――という様な話でもないし、これ以上の議論は不要だ。


 そこから雪那も話に加わって来た結果、もう普段通りの雰囲気に戻りつつあるのだから――。


「それにしても、一勝四敗とはどういうことだ?」

「雪那は勝つだろ?」

「無論負けるつもりはないが……」

「勝つさ。絶対な」

「――バカ」


 雪那は顔をこれでもかと言わんばかりに紅潮させ、俯きながら視線を逸らす。

 大変いじらしい反応だが、この対抗戦で唯一勝ち星を計算出来る人員には変わりない。

 実際、雪那と風破、ギリギリで祇園以外は、どうでも良くなってしまったとはいえ、俺なりに対抗戦に向けて激励したつもりだったわけだが――。


「予鈴、か……」

「もうそんな時間だったとは……では、私たちはこれで失礼させていただきます」

「ああ、せっかくの休憩時間にすまなかったな」


 鳴り響くのは、昼休み終了の合図。

 俺と雪那は、鳳城先生の方を一瞥いちべつして生徒会室を後にした。


 何にせよ、ひとまず状況は理解出来た。

 まあ既に固有ワンオフ機持ちである俺からすれば、無理に対抗戦の代表という座にすがりつく必要は感じられない。

 理不尽さはともかく、怒っているわけじゃないというのが正直なところだ。

 別に中継されて有名人になりたいかと言われれば、そんなこともないしな。


 だが問題なのは、どういう・・・・ルート・・・でこれだけの騒ぎが引き起こされたのかということ。


 本来、ただFクラスが代表になって――というだけなら、いくら何でもここまで攻撃的な暴動にはならないはず。


 なぜなら、俺の選出は職員会議を重ねた上での決定であるからだ。

 実際問題、こうなるほどのリスクがあると分かった時点で、俺を持ち上げたりはしない――と考えるのが普通だろう。

 つまりこれは、長年出資者たちと付き合いをしてきた完全に学園の想定を超えた騒ぎであるということ。

 有体に言えば、この一件が作為的に引き起こされ、わざわざ話が過激になるように揺動ようどうされた可能性が無視できないものになったということだ。


 単純に俺を排除したかったのか。

 他の連中に用があるのか。

 それとも対抗戦の方が狙いなのか。


 ともかく、対抗戦本番前に裏でちょろちょろしている奴の存在が分かったことは、プラスと捉えるべきだろう。

 それに代表から外れた分、俺は自由に動ける立場になったわけだしな。


 正直な話、風破たちの頑張りを間近で見てきた以上、この対抗戦にケチを付けられるのは気に食わない。

 それとは別に一柳の一件を経て、雪那に脅威が迫っている可能性も考えられるはず。


 まあ誰が何の目的で仕掛けて来たにせよ、こちらの領域を侵した以上は、相応の落とし前を付けさせてやる。

 これは俺にしか出来ないことだ。


 せっかく学生らしく青春していたのに、また退屈しない日々が戻って来てしまったようだ。


 しかしキラキラ青春ライフより、血生臭い戦いの方がしょうに合っている学生というのは、如何いかがなものか――。

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