第50話 爆轟の華、異邦の少女

 白い戦闘装束が剣戟の余波を受けて揺れる。


 ありがとう、か――。


 俺は“首狩り悪魔グリムリーパー”と呼ばれていた者が存在した場所を一瞥いちべつすると、彼の最期を脳裏に焼き付けるかの如く瞑目めいもくした。


 直後、静寂が周囲を包む。

 狂気の戦いとは真逆の状況ではあったが――。


「……ちっ、次から次へと面倒くせぇ!?」


 突如として、けたたましい警報音アラートが鳴り響く。


「誰がこの施設を使っていたのかは分からないが、余程見られたくないものがあるようだな」

「あぁ!? どういうことだよ?」

「こういうことだ」


 今も鳴っている警報音アラートが示す事象は、俺が手近にあったコンソールを操作したことで明らかになる。

 考え得る限り、最悪な状況が――。


「証拠隠滅ってわけか……!? あの白衣インテリ共、随分とめた真似してくれんじゃねぇか!!」


 俺がモニターに表示させたのは、とあるカウントダウン。


 無人の非合法研究所。

 見られたくない研究資料。


 これだけの要素が揃えば、このカウントダウンが何を指し示すのかについては――。


「ここが吹き飛ぶまで残り三分……あまり時間がないな」

「簡単な案件のクセして妙に羽振はぶりが良いとは思ってたが、要らなくなった施設ごとアタシらも消すつもりだったってか!? あー、ムカつく!! 八割後払いってのは、そういうことかよ!?」


 萌神の怒号と共に放たれた水流砲丸が、一室どころか研究所の内壁を次々とブチ抜いていく。


「料金、踏み倒してんじゃねぇぞ! クソ白衣インテリ共がぁぁ――ッッ!!!!」


 正確さはそのままに、より荒々しく。

 多分、こっちが彼女本来の戦闘スタイルなのだろう。

 やはり出力を抑えて戦っていたのは、お互い様だということだ。


「はぁ……アタシは警察が、わらわら集まってくる前にアホ共を回収して撤収する。報酬の取り立てもしねぇといけねぇし、悪りぃが付き合うのはここまでだ」

「分かった。色々と助かった」

「テメェに手を貸したつもりはねぇ。アタシは、キナ臭いクライアントにムカついてここまで来ただけだ」


 正義か悪かで言えば、間違いなく悪側の人間。

 でも正義面している学園の連中なんかより、よっぽど好感が持てる。顔を背ける萌神に対しては、そんな風に感じていた。


「まあ……でも、なんだ、お前には借りが出来ちまった。いつか帳消ちょうけしにしてやるから覚悟しとけ!」

「何の話だ?」

「とにかくそういうことだ。じゃあ、またな……!」


 萌神はそう言い放つと、水砲弾で開けた穴を通って飛び立って行ってしまう。

 妙に早口というか、顔が赤かったような気もするが、まあ今はそんなことを気にしている場合じゃないか。


 しかしもう一人の少女に目を向けるが、どうにも様子がおかしいようで――。


「どうした?」

「大丈夫、ちょっと気分が悪くなっただけですわ」


 ディオネはよろめく様な体勢で手近なデスクに寄り掛かり、右手で顔を覆っている。

 指の隙間から覗く白い肌は病的なほど青ざめており、とても“大丈夫”には見えない。


 だが刻限リミットが残り三〇秒を切っている以上、詳しく訪ねている時間はなかった。


「俺たちも脱出する。悪いが我慢してくれ」

「な、何をしますの!?」


 俺はディオネを半ば無理矢理に横抱きにすると研究室の床を蹴り飛ばし、その場から飛び立つ。


 加えて、飛行動作と同時にフリューゲルを展開。

 主翼をディオネごと包み込むように身体の前方へと回し、蒼い魔力をまといながら空へ駆け上がる一筋の流星と化す。


 施設をぶち破って安全圏に避難するためには、三〇秒も必要ない。

 それこそが俺と“アイオーン”の真骨頂しんこっちょうとも言うべき超高速機動。


「さっきも言ったが、文句は後だ」

「もぅ……」


 ちなみにお姫様抱っこをせざるを得なかったディオネは、腕の中で大人しくなっていた。



 そして程なく、爆轟の炎が夜の森を染める。

 一応、周囲に燃え移らないように計算された自爆ではあるようだが――。


「これは、酷いですね」

「ああ……」


 爆轟は一度ならず、二度、三度と響き、さっきまで俺たちがいた施設を破片一つ残さない――と言わんばかりの猛烈な勢いで破壊していく。

 結果、破棄された研究施設が、完全破壊されるのにそう時間はかからなかった。


「行こう」

「はい……」


 研究所の破壊を目に焼き付けた後、俺とディオネは帰路きろに付く。

 当然というべきか、俺たちの間に会話はない。


 正直な話、俺自身もディオネを気遣う余裕はなかった。


「……」


 て、いて、感じたこと。


 “首狩り悪魔グリムリーパー”と呼ばれていた存在。

 かつて両親が戦った異形の竜。


 その間にぬぐいきれない既視きし感を覚えたという事実は、俺にとって無視出来ないものであるからだ。


 結局、この件の真実は闇の中となってしまったが、両親の一件が偶然ではない――という確かな核心には至れたとも言える。

 違法な魔導研究――アンダーグラウンドな世界に踏み込むことこそ、次なるアプローチといっていいのかもしれない。

 今は行動指針がある程度明白になったことを前進と捉えるしかないだろう。


 そしてもう一つ。


 ついぞ、見ることのなかった固有ワンオフ機。

 異常な戦闘能力や状況判断。

 “首狩り悪魔グリムリーパー”を含め、あの研究室での俺や萌神とは違う眼差し。

 それにわざわざ事件に首を突っ込んで来たこと。


 ディオネがただの女子高校生ではないということは明白であり、改めて多くの疑念が渦巻く。

 いや辻褄つじつまが合う答えは一つだけあるのかもしれない。


 “首狩り悪魔グリムリーパー”の出で立ちは、ヒト型の“異次元獣ディメンズ・ビースト”と称することも出来る。

 奴が天然ものなのか、人造体なのかは分からない。

 でも冷静なディオネが突如取り乱した理由も、同胞・・に近い形をした怪物へのいきどおり――とするなら、分からない話でもない。


 何より、ディオネほどの実力と容姿であれば、雪那のように他国でも情報が出回って来なければおかしい。将来有望な魔導騎士は、それだけ重要な存在なのだから、

 それに萌神のような裏社会の人間――とするなら、箱入り娘が過ぎる。


 つまり――。


 ディオネ・フォルセティ。

 彼女は――。


 この世界・・・・の人間では・・・・・ない・・かもしれない。


 それはディオネが、“竜騎兵ドラグーン”である――という、事象を指し示してしまう結論だった。

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