第47話 禍罪ノ在リ処

 今現在、俺と萌神は情報を共有しながら研究施設を歩いている。

 とりあえず目指すべきは、互いの仲間との合流ではあるが――。


「おい、天月! お前の連れって、裏口から入ったんだよな?」

「ああ、挟み撃ち……ってことでな」

「ちっ!? ならやっぱり、ウチの連中とかち合ってそうだな。面倒くさいことになってねぇといいが……」

「いや、どうやら手遅れらしい。女二人と男一人。入り口付近で三人とも気絶させた……って、メッセージが来てるな」

「あのアホ共、反応が無いと思ってたら、やられてやがったのか!?」


 俺はまだ見ぬ、萌神の仲間たちに思わず同情してしまう。

 完全にオカンがブチギレているのだから――。


「それにしても、ホントについて来るつもりなのか?」

「連中が入り口で気絶してんなら、回収は容易だ。ここまで来て途中退場とかあり得ねぇよ。いくらテメェが破壊工作員じゃないとはいえ、乗り掛かったふねだしな」


 そんな萌神の言葉に苦笑が漏れる。


 なぜなら、口の悪さと分かりにくい言い回しで誤解しそうになるが、要は俺と敵対する意思がない――という意味合いの返答でしかないからだ。

 それに仲間を心配しての言葉の数々。


 勘違いされやすいだけで、面倒見の良い奴なのだろう。


「そうか、それなら好きにしてくれ」

「ふん……!」


 萌神は頬を赤くすると、ジト目のままそっぽを向いた。


「……にしても、この中に“首狩り悪魔グリムリーパー”がねぇ。そう言われてみれば、確かに職員共がテンパってたな。ありゃ、テメェらが原因だったわけか?」

「状況から察するに、恐らくはな。ただ少なくとも俺たちがさっき戦った奴は、まだこの施設の中にいる」

「ふーん、そりゃ物騒なことで。それにしても、あのクソ白衣共、どこ行きやがった? 静かすぎんだろ」


 今の俺たちは研究エリアを我が物顔で歩いているわけだが、どういうわけか誰とも遭遇しない。

 当然、勤務時間を気にする悪の秘密結社なんていないだろうし、これだけ自由に動けるのは、逆に気味の悪さを感じてしまう。


 萌神たちを配置していた以上、ここには何らかの付加ふか価値があるはずなのに――。


「確かに、普通の研究所じゃないな。鬼が出るかじゃが出るか……」


 加えて、この異様な空気は、施設の中心に行くほど強くなっていくようにも感じられる。


 そんな足取りの最中――。


「――あら?」

「誰だ……!」


 通路の突き当りに差し掛かり、新たな人影が現れる。

 俺と萌神は反射的に臨戦状態を取るが――。


「それはこちらの台詞……って、烈火!?」


 曲がり角から現れたのは、透き通る白い肌につややかな銀色の髪を持つ少女――ディオネ・フォルセティ。

 だがお互いに胸を撫で下ろす一方――。


「あぁ? この女がお前の連れかぁ!?」

「貴女こそ、どちら様ですの?」


 その手の方々が震え上がるほどの迫力で、睨みガンを飛ばす萌神。

 雪那の時と同様、威圧感たっぷりの微笑を浮かべるディオネ。


 互いに凄まじい迫力を放っている。

 また癖の強い二人を合わせてしまった――と、心労で頭が痛くなってきたのは、ここだけの話だ。


 ともかく、合流完了。

 一通りの情報共有をしながら歩いていたが、入り組んだ先にある一室の前で俺たちの足が止まる。


「ここか……」

「どうやらそのようですね」

「確かに、この部屋が一番キナ臭せぇ。何せ、立ち入り禁止だったからな」


 “首狩り悪魔グリムリーパー”の反応が留まっている場所のすぐ前とあって、俺たちの表情も自然と真剣みを帯びていく。


「……足手纏あしでまといになるんじゃねぇぞ。お嬢サマ」

「ご心配していただかなくても大丈夫です。ならず者の手を借りる必要は、ありませんから」


 初対面同士かつ、さっきまで敵同士。

 タイプも真逆だし、まあこうなるわな――というやり取りだ。


 無論、二人とも実力自体は申し分ない。

 現にそれぞれ雷槍と“水死の短剣ヒュドル・ダガー”を出現させ、臨戦態勢に入っていた。


「行くぞ……」


 俺はそんな二人を一瞥いちべつし、再び展開した“白亜のアーク・エクリプス”で扉を斬り刻んで内部に突入する。


 広がっていたのは――。


「なんだ……これは……!?」

「見るにえませんわね」

「あのクソ共、ここで何をやってやがった!?」


 足を踏み入れたのは、無機質な白い部屋。

 その面積の半分以上が、水槽すいそうと計測機器が一体となった円柱状の物体に支配されている。


 しかも水槽すいそうには奇妙な色をした培養液ばいようえきが入っており、その中には――。


「これは人間の脳……? しかし、この数は……」


 培養液にかっているのは、ヒトの脳。

 しかも一〇や二〇で済まされる数じゃない。


 一言で表すなら、最低最悪の理科室だ。


 しかし奥へ足を踏み入れると、更に異質さが増していく。


「なんと、巨大な……!?」

「ちっ、ふざけやがって……!」


 俺たちの前にあるのは、他よりも二回り以上は大きな培養槽ばいようそう

 浸かっている脳の大きさも、他とは隔絶かくぜつした物だった。


 当然、ヒトの脳組織に酷似こくじしながらも物理的にあり得ない質量を誇るソレは、完全に理解の範疇はんちゅうを超えている。


 呆然と立ち尽くす俺たちだったが――。


「■■――■、■■■――ッ!!!!」


 耳をつんざく悲鳴のような咆哮と共に、再び・・黒影が迫る。

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