第45話 刃を向ける相手

 隠されるように廃棄された研究施設。

 俺は戦闘装束をまとう女性の首元に白刃を突きつけながら、背を壁に付けて座り込む彼女を見下ろしている。


「――っ!? テメェ……!」


 この状況にありながら、彼女の眼光は鋭い。


 確かに手を止めず、首元に当てている剣を真横に振り抜けば、決着はついていた。

 それを侮辱ぶじょくだと受け取られてしまったのかもしれない。


 即座に水流の刃を生み出し、反撃を加えてこようとしているが――。


「もう動かない方がいい」

「ぐっ……!?」


 水刃を一閃で掻き消せば、魔力の波動が四散。

 彼女は再び背を壁に付け、四肢を床に投げ出したまま、俺を睨み付けて来る。


 でもそれ以上の反撃はない。


 なぜなら煌翼こうよくの左右の先端が、それぞれ彼女の両脚を挟むように床に突き刺さっているからだ。

 このまま翼の先端――剣を思わせる風切かざきりを閉じれば、彼女の両足は――。


「……ソレでアタシの攻撃をどうにかしたってのか?」

「そんなところだ。まあ一瞬でも展開が遅れていたら、消し炭だったがな」


 床に突き立てられているのは、“フォートレス・フリューゲル”。


 先の一幕――。


 三対六枚の光の翼を盾に魔導攻撃を突破。

 そのまま反撃を加えていたということだ。


「ちっ、全身刃物か!? テメェは! るなら、さっさとれよ。アタシだってそんくらいの覚悟は出来てる」


 彼女は皮肉たっぷりに嘲笑う。


 首元を撫でる剣、動かせない両脚。

 唯一の対抗策であるノーモーションでの奇襲にも対処して見せた。


 確かに戦術的勝利と言えるのかもしれないが――。


「改めて聞きたいことがある」

「さぁな。答えるかは気分次第……」

「この施設はなんだ? ここで何が行われている?」

「さっきも言っただろ。アタシは何も知らねぇよ。クライアントからの指示は、この施設への侵入者を排除すること。契約期間は、今日の日付が変わるまで」


 彼女は不思議といさぎよさを感じる快活とした声で、自身のことを語り始める。


「休憩室でダラダラくつろいでるだけで、金が貰える楽な仕事だったんだがな。最後の最後でテメェみたいな奴が来るとは、アタシらも運がねぇ」


 そして天を仰ぎながら気だるげに声を漏らした。


「アタシが知ってることは、これで全部だ。信じるかどうかは……」

「分かった。信じよう」

「はぁ!? テメェ、正気かよ!?」


 フリューゲルを解除した俺に対し、彼女は目をいて驚きを示した。


 確かに俺からすれば、真実を確かめる術はない。

 そんな状況で敵が発した言葉なんて、全てを疑ってかかるべきだろう。


 敵なら・・・な。


「一般的な考えなら、確かにお前は悪……ということになる。でも倒すべき敵とそうじゃない相手ぐらいは、見定められるさ」

「ハァ!? さっきまで……」


 驚きを通り越して、一周回って憤慨している女性に対し、俺は苦笑で返した。

 そして携帯端末の画面を彼女に見せつける。


「契約満了。お疲れ様」

「な……っ!?」


 放課後の散策を経て、施設突入。

 更に要所での戦闘ということで、既に日付は変わっている。

 つまり彼女には、もうこの施設を守る理由がないということ。


「建物の中じゃ本気を出せないのはお互い様だし、これ以上は無駄な戦いだと思うが?」

「後ろから撃たれたら……とか、考えねぇのか!?」

「そうなった時に考えるよ。でも涙ぐましいサービス残業に付き合うのは、勘弁願いたいが……」

「ば、ばっかじゃねぇの!?」


 女性は居心地悪そうにそっぽを向く。

 年下の俺から揶揄からかわれたとでも思ったのだろう。羞恥からか、その頬は薄く染まっていた。


「今この中に女が二人、男が一人いる。愚図ガキの集まりだが、アタシの連れだ。連中を回収すれば、もうここに用はねぇ! これで満足か!?」


 直後女性は、ガシガシ――っと頭を掻き、吐き捨てるように言い放つ。

 殺気はゼロで戦意も感じられない。


 これで状況終了。


 だが一つ気になることは――。


「なるほど……となると、ちょっとマズいかもな」

「あん?」

「俺の連れが裏口から突入している。下手をすれば戦闘に……」


 そう、ディオネと彼女の仲間がぶつかっている可能性が、大いに考えられる。

 リーダーらしい彼女と停戦が成立した以上、当然無駄な戦いであるわけで――。


「というか、なんて呼べばいいんだ? お前、君……?」

「うっせーな! 萌神雫もえがみしずくだ! 好きに呼べ! テメェは!?」

「天月烈火だ」

「あぁ、そうかよ!」


 俺と萌神は共に施設を進む。

 しかし大人びた人間兵器としか思えない彼女が萌神とは――。


 本人も可愛らしい名前とのギャップを自覚しているのか、赤い顔で睨みつけられる。

 いや、別に口に出してはいないんだが。

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