第44話 凶雨裂く、翼撃

 蒼閃をはしらせ、山吹の光条を斬り払う。


「いい加減、当たりやがれッ!!」

「身体中穴だらけは、嫌なんでな!」


 戦闘開始から数分――。


 俺は数えるのが馬鹿らしくほどの光条を回避し、“白亜の剣アーク・エクリプス”で叩き落していた。


「ならこれで……!!」


 相対する彼女は、長距離ロングレンジではらちが明かないと業を煮やしたのだろう。

 飛行魔導を発動して、一気に距離を詰めて来る。


 随分とアグレッシブな狙撃手シューターだな。


「なぜこの施設を守る!? ここには何があるんだ!?」

「はっ! 知るかよ! アタシらがやんのは、此処ここに来る奴を全員ブチ転がすことだけだ!!」


 俺の剣と彼女の短剣ダガー鍔是つばぜり合う。

 魔力を放ちながらの激突により、辺りが軋むのを感じた。


「テメェこそ、何でこんな所に来てんだ!? コッチ側・・・・の人間じゃねぇンだろうがよ!!」


 女性が山吹の光を放てば、短剣ダガーの刀身が一回り肥大化。

 当然、俺も剣戟けんげきを押し返すわけだが、当の彼女は反動を利用して距離を空ける。

 更に背後に流れながら巨大な球体スフィアを生成し、その中に短剣を刺し入れた。


「“レイザースフィア”――!!」

「――ッ!?」


 瞬間、球体スフィアが分裂し、線状の光条となって撃ち放たれる。

 迫る魔導は、無数。


 正しく飽和射撃であり、回避は不可能だった。


 とはいえ、俺もこれまでと何ら変わらない。

 攻撃に一部の隙も無いのなら、自分で作り出すだけ。


 右手に二振り目の“白亜の剣アーク・エクリプス”を呼び出すと、最低限撃ち落とす必要のあるものだけを双剣で叩き斬る。


「ちっ! どういう反射神経してんだ!!」


 全く被弾しない俺に苛立っているようだが、狙いは恐ろしいほど正確無比。

 荒々しい口調や派手な戦闘スタイルとは打って変わって、彼女の戦いは緻密ちみつに計算され尽くしたものだった。


「早急に勝負を付けたいところだが……」


 現在、俺には大きなかせが掛けられている。


 未だこの施設に留まっている“首狩り悪魔グリムリーパー”の確保のため。

 加えて情報源かもしれない、この施設を破壊するわけにはいかないというかせが――。


 結果、いつも使っているような“斬撃魔導”や“砲撃魔導”がほとんど使えないわけだ。


 無論、目の前の女性は、散々魔力弾をばら撒いているじゃないか――と思うかもしれないが、それにも理由がある。

 彼女の細く鋭い魔力弾は、施設への影響を最小限に抑えるものであるからだ。

 現に鉄筋コンクリートを貫いても、ばりが通った程度の損傷しか見受けられない。


 つまり彼女は膨大な魔力を持ちながら、閉鎖空間での対人戦闘に慣れているということ。

 それは“異次元獣ディメンズビースト”に対抗する魔導騎士――という、世界の常識からは考えられない現象だった。

 奴らとのド派手な戦いを思い出せば、その異質さが際立つことだろう。


 そして、コッチ側――と零していた彼女の言葉。

 どうやら俺は思わぬ形で、アンダーグラウンドな世界に首を突っ込んでしまっているらしい。


 だがそれは両親の死の真相という、国の闇に接近している証明――という側面もあるのかもしれない。


「――ッ!?」


 とはいえ、今はそんなことを考えている場合ではないらしい。

 次の手を思考していた最中、俺は咄嗟とっさに身をよじる。


 すると、さっきまでと同じ規模でありながら、出力が桁違いの魔力弾が背後の壁を貫通していった。


「外した……か」

「なるほど……いい攻撃を持っているようだ」


 数秒前まで俺の心臓があった所を通り抜けていったのは、水流の弾丸・・・・・

 魔力変換・“水”を用いた魔導術式。


「まあいい。次でブチ転がし確定だからなぁ!!」


 彼女の表情に奇襲がかわされたことへの驚きはない。

 むしろ好戦的な笑みを浮かべて、こちらを見ている。


 随分と実力を高く買われているようだ。

 嬉しくはないが――。


「“ネイレスカッター”!!」


 直後、両手を左右に広げる動作と共に、細く鋭い高圧水流が撃ち放たれる。


 一言で表すなら、超強化版の魔導ウォーターカッター。


 しかも水流刃の威力が凄まじいのは当然だが、この魔導術式の恐ろしさは別にある。

 それは攻撃範囲が狭く、出力の調整も自由自在だということ。


 例えば、壁に到達する寸前で威力を弱めれば、施設への影響は最小限に留められる。

 極端に火力を制限されている俺と違って、周りを気にすることなく戦えるわけだ。


「さっきまでのなら一瞬でミンチだったのによぉ。コイツに斬り刻まれて、細切れになるのは可哀想だな! 同情するよ!」


 一方の俺は、鎌鼬かまいたちの様に吹き荒れる水流の刃の中を回避し続ける。

 地形の関係でこちらが近接メインになる以上、中々に厄介な攻撃だと言わざるを得ない。


「だったら、退いてくれると嬉しいんだがな!」

「はっ、冗談ッ!」


 直後、足元を狙った一撃を避けるために、大きく飛び上がるが――。


「今……ッ! くらいなァ!!」


 彼女は俺の飛行に合わせて“ネイレスカッター”を破棄。

 更に九本・・の水流刃を多角的に撃ち放って来る。


「“ヒュドラ・バニッシュメント”――ォ!!!!」


 恐らくそれは、高出力の水流多刃を攻撃対象に撃ち込む魔導術式。

 威力はさっきまでの比ではない。


「ちっ……!」


 しかし俺は、襲い掛かる水流多刃の中に自ら飛び込んだ。

 更に迫る刃を寸前でかわし続けながら高速機動で駆けていく。


「……テメェなら、抜けてくると思ってたぜ!!」


 水流刃を超えて術者の懐に飛び込んだ瞬間、彼女はその口元を大きく歪める。

 まるで突破してくることが分かっていたかのように――。


「“クルーエル・レイン”――ッ!!」


 直後、山吹色の光の雨が降り注き、俺は爆炎に包まれる。


 “ヒュドラ・バニッシュメント”という大技すら、ただのおとり

 全てはこのための布石だったのだろう。


 当たればよし、当たらずとも第二陣の高出力魔導で俺を仕留めるという二段構えの――。


 だが爆炎を引き裂くように、蒼と白の羽根が宙を舞う。


「な――ッ!? が、は……っ!!」


 剣圧で彼女を吹き飛ばして壁に叩きつける。

 そしてその場に座り込んだまま痛みに顔を歪める彼女の首を、月光に煌めく白い刃で撫で付けた。

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