第37話 皇国最強の魔導騎士

 受勲式じゅくんしき当日――。



 公欠で学園を休んだ俺と雪那は、再び“シオン駐屯地”へとおもむいていた。

 戦いの傷跡を残す、の地へと――。


「こういう場所はやっぱり堅苦しいな」

「しゃんとしろ。私たちは学園の代表で来ているのだからな」


 俺は未だ修復されていない周囲を見回しながら呟くが、隣を歩く雪那からジト目を向けられる。

 とはいえ、取りつくろう必要もない。


「受勲式とはいっても、所詮しょせんは形だけ。わざわざ呼び寄せられる必要もないだろうに……」

「その形式的なものが大事なのだ。大人の世界ではな」


 引率である鳳城先生からも、ジトっとした視線を向けられる。

 だが俺の言っていることも、あながち間違いではないのだろう。鳳城先生も肩をすくめている。


 ちなみに肝心の受勲式は、ほんの十数分ほどで終了してしまっていた。


 これだけの為にわざわざ来たのかと、肩を落としたくなるのも当然なレベルだった。

 しかもこのまま家に帰してくれるなら良いが、まさか学園の授業に間に合う――なんて、二人が言い出さないか冷や汗ものだな。


 一方、そんな俺たちの前に、見知らぬ男女が姿を現す。

 団服からして騎士団員であることは確かなのだろうが、なんとなく他の人とは雰囲気が違う気も――。


「なるほど、大した面構えだ」

「そうね、今後も語り継がれる素晴らしい戦果だわ。私たちがいない間、よくこの場所を守ってくれたわね」


 称賛はくすぐったいが、彼らの発言に引っかかる所がある。


 そんな時、どこか上擦った声を受けて全員の視線がそちらを向く。

 視線の先にいるのは、引率教師。


「……一ノ瀬いちのせ先輩! 東雲しののめ先輩!?」

「あら、唯架ちゃん……なの!?」

「こりゃ、びっくり。立派になったもんだ」


 二人の団員は、歓喜と共に目を剥いた。

 無論、俺と雪那は話についていけてない。


「二人共、お久しぶりですね!」

「貴女が騎士団を辞めて以来だから、三年ぶりって所かしら?」

「すっかり、先生が板についてるじゃないか」


 男性団員の方は、一ノ瀬筑矢いちのせつくや

 女性団員の方は、東雲藍紗しののめあいさと名乗り、感慨深げな表情を浮かべて先生と談笑を始める。


「なあ、雪那のとこの担任って」

「うむ、かつて天命騎士団に所属していたといううわさはあったが、まさか本当だったとはな。それに“四天騎士”の方々と繋がりがあるほどとは……」


 “四天騎士”――それはクオン皇国最強の魔導騎士、彩城鋼士郎さいじょうこうしろうに仕える腕利きの四人に付けられた異名。

 全員が猛者中の猛者で構成されている超精鋭小隊を指す言葉だ。


「なるほど、この人たちは通常の指揮系統とは別で動いているわけか。前回の襲撃の時にいなかったのは……」

「ああ、我が国の中核戦力だからな。定住することなく、重要拠点を回っているのだろう」


 彼らは世界を見ても数少ない、“竜騎兵ドラグーン”に対抗出来る戦力とされている。だから戦闘のノウハウを伝えるべく、騎士団内を渡り歩いているのだろう。

 実際、一部では、クオン皇国が先進国として在り続けられるのは、彼らと零華さんがいるから――とすら称されるほどだ。


 とはいえ、俺と雪那は、鳳城先生の珍しすぎる姿に目を丸くせざるを得なかった。

 その上、新たに近づく影がもう一つ。


「ほう、懐かしい顔があると思えば……」

「さ、彩城大佐!?」


 鷹のような眼光、鋭く野性的な顔つき。しなやかな筋肉をまとった長身男性。

 彼らの主にして、クオン皇国最強の魔動騎士――彩城鋼士郎。その人だった。


 このレベルになれば、誰もが顔を知っている有名人とあって、俺たちの表情も幾許いくばくか強張ってしまう。


「鳳城、敬礼の必要はない。それに……」

「もう大佐じゃありませんしね。彩城少将」


 全身から溢れ出る存在感に、誰もが視線を向けている。


「……君たちが」


 そんな緊張を余所よそに、彩城少将は俺たちへと向かい合った。


「私は“天命騎士団”所属、彩城鋼士郎。階級は少将だ」

「はっ……申し遅れました! “ミツルギ学園”所属、神宮寺雪那であります!」

「――同じく、天月烈火です」


 互いに名乗り合う。

 珍しく硬くなる俺たちに対し、今度は鳳城先生から意味深な視線を向けられた気がした。


「受勲おめでとう。神宮寺家の方々もお喜びになることだろう」

「い、いえ、恐縮です。しかし、まだ若輩じゃくはいの身ですから……」

「ふっ、今年度の新人団員よりも、余程しっかりしている様だな」


 彩城少将は雪那に対して激励げきれいの言葉をかけると、彼女の反応に口元が吊り上げる。

 どうやら彼のお眼鏡に叶う受け答えだったようだ。


 そして――。


「君が、天月……烈火君か……」


 彩城少将の瞳が僅かに揺れた気がした。

 まるで俺を通じて、他の誰か・・・・を見ているかのように――。


「本当なら、もう少し早く会える予定だったのだが」

「えっと……」

「今回の合同訓練に天月を推薦されたのは、彩城少将だ。それにしても、なぜ彼を?」

「“サベージタウロス”戦の戦果があれば、資質的には問題ないだろう。それに……」


 鳳城先生によって明かされたのは、Fクラスの俺が合同演習に参加させられた真の理由。

 更には――。


「君のご両親には、色々と世話になった。正直、一度こうして会ってみたかった……というのも理由の一つだ。実は君が幼少のおり、二度ほど会ったことがあるのだが、覚えているかね?」

「……いえ、すみません」

「ふっ、無理もない。君はあの頃、三歳か四歳……それくらいだったのだから……」


 薄れゆく記憶の中に、若い頃のこの人の姿を思い出すことはできない。

 だが経歴と立場を考えれば、俺に対して嘘をつくメリットもない。


 故に――。


「本当に……大きくなったものだ。少しばかりヤンチャで常識外れなところも、あの人たちにそっくりだよ」


 そう、この人が俺を通して見ているのは、父さんと母さん。

 そして、かつての幼い俺自身なのだろう。


 俺の肩に手を置き、過去を懐かしむかのような彩城少将の視線は、まるで兄や父がいたらこんな感じだったのかもしれない――と思わせられるほどに穏やかなものだった。


 今も両親を知る人が、あの人たちの事をこうして想ってくれている。

 少しだけ胸が熱くなったのは、ここだけの話だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る