第36話 睨み合う少女たちⅡ【side:雪那&ディオネ】

 ◆ ◇ ◆



 そして舞台は浴場に移る。



「全く、何をやっているのだ。私は……」


 例え烈火が気にしていなくとも、家主に迷惑をかけた事実は確かとして存在する。

 雪那は自分らしからぬ失態に大きな溜息を漏らしていた。


 そして現在、気落ちした様子の二人は、仲良く入浴の真っ最中。

 しくも、軽くき取る程度では済まない濡れ方だった上に今は真冬。

 濡れて肌に張り付く服の不快感も相まって、烈火の厚意に甘えざるを得なかったのだ。


 どうせ服が乾くまでの時間もあることだし、もう時間的にも普通に入浴してしまえ――と。


 しかし湯船ゆぶねかるディオネは、眼前で揺れる二つの塊を凝視している。


 シャワーから流れ出る温水を弾く瑞々みずみずしい肌。

 黄金比を保ったまま質量だけが増大したかのように整った形。

 遠目からでも、溢れ出る重量感。


 ディオネの視線は脱衣所で下着を脱いだ瞬間から、雪那の胸元に注がれていたのだ。


「さっきから、何だ? 気色悪い……」


 一方の身体を流し終えた雪那は、睨み付けてくるディオネに対して怪訝けげんそうな表情を浮かべる。

 だが淑女しゅくじょ染みた立ち振る舞いから一転、落ち着きがなくなった理由を理解したのだろう。雪那はキラリと目を光らせる。


 そして再び試合開始のゴングが鳴り響いた。


「な、何ですの……!?」

「いや、別に何も。ああ、何もないぞ。ただ烈火は普段から私を見慣れているわけだが、それでは少し物足りないかもしれんな。別にどこがとは言わんが……」


 そう言った雪那は、ディオネを見下ろして勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 更に――。


「ならば、私の方が烈火の好みに近いというわけだ」

「ハァ!? 一体どういうことですの!?」


 小声で怒鳴り合うという器用なことをしている二人だが、今はそれどころではない。

 雪那はさっきのお返しとばかりに責め立てていく。


「なに、これでも烈火との付き合いは長い。好みの一つや二つや、三つ……当然知っているさ」


 天月烈火は鈍感である。

 というより、両親の死をきっかけに、他の同年代より少しだけ達観した価値観を持つようになったというべきか。


 一方で烈火が一六歳――思春期真っ盛りの男子であることも事実であり、当然異性を意識する瞬間は存在する。

 それに雪那は、烈火が尊敬している、数少ない異性の存在も知っていた。


 一人は彼の母親。

 もう一人は、揚羽零華。


 更に敬意を抱く相手――とするならば、ミツルギ学園の女性教師――鳳城唯架くらいのものだ。


 三者三様でくせの強い人物たちではあるが、分かりやすい共通点も存在している。


 大人っぽい雰囲気。

 自立しており、責任感が強いこと。

 そして女性らしい身体付き。


 一言で表すならば、恋愛脳、キラキラ系女子の真逆。

 承認欲求全開のイマドキ系女子を、それほど好意的には思っていないことは確かだった。

 無論、普段からFクラスに対しての差別発言を目の当たりにしているのだから尚更――。


 そして人を遠ざけるようになった烈火の隣に、ごく自然に立てる同年代の女子――となれば、必然的に数が絞られて来ることだろう。


 子供たちのために努力する、風破アリア。

 雪那は知り得ぬ存在ではあるが、魔導研究に全てを捧げるサラ・キサラギ。


 加えて、出会ったばかりのディオネも、底知れぬ雰囲気を漂わせている辺りからして、只者ただものでないことは明白。


 だが現段階で烈火と一番近い異性が誰か――ということは、どう客観的に見ても論ずる必要に値しない。

 結果論ではあるが、雪那を賭けて烈火と陸夜が決闘を行ったこともあるし、死闘の空においては背中合わせで戦ったのだから。


「好きな食べ物も、色も……お互いしか知らぬ込み入った過去も、私たちは共有しているのだからな」


 雪那は烈火の過去を知っている。

 烈火もまた、雪那の事情・・・・・を知っている。


 互いに家族しか知り得ないレベルのことを――。


 冷静になってみれば、過ごして来た時間の多さに勝るものはないと、雪那は勝ち誇ったような表情を浮かべて胸を張る。


 一方のディオネは、湯船に顔を半分付けながら唸るばかり。


「ぐ、ぅ……!」


 そして肩を落とすと、そのまま項垂うなだれてしまう。


 雪那は濡れて艶が増し、少し重くなった長髪をかき上げながら内心で勝利宣言。


 神宮寺雪那VSディオネ・フォルセティ。

 戦績――、一勝一敗。


 だがこの後も互いに張り合い続け――。


 リビングで待つ烈火の前に、彼が用意したワイシャツ姿の雪那と、ジャージ姿のディオネが肩をぶつけ合いながら、降臨することになった。

 何故か・・・共に用意してあったはずのズボンを穿かずに――。


 言うなれば、裸ワイシャツと裸ジャージ。


 一応、両者共に前は閉じられていたが、白く肉付きの良いスラリと長い脚は剥き出し状態。

 当然、布一枚で隠しきれるボディーラインでもない。


 そのまま近づいて来る二人に対して、烈火がパニックになったのは言うまでもないだろう。


 結果、じゃれ合いが終わってみれば、完全に外は真っ暗。

 更に明日には烈火と雪那が受勲式じゅくんしきを控えていることもあり、ただ夕食を楽しんだ会として解散せざるを得なかった。


 ちなみに数日後、烈火には新品・・同様の着替え一式が二人から返却されたという。

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