第11話 永劫の神

 例の決闘騒ぎから一週間が経過し、休みを前にした金曜日。


 放課後のミツルギ学園には、平常を大きく超える多くの生徒が残っており、魔導訓練に使われる第二アリーナに押しかけている。

 たかが一年同士の模擬戦ぐらいでご苦労な連中だ。


「……野次馬根性もここまで来ると見上げたものだな」


 俺側のピットにいる雪那も同じことを思っていたようで、イベント好きの生徒に頭を抱えているようだ。

 まあ一週前の時点でキサラギ先輩が知っている規模だった上に、土守側も散々言いまわっていた。その挙句、俺への了承りょうしょうなしで観客まで呼んだせいで、こんな一大イベントになってしまったわけだ。


 おまけにこういう時は言った者勝ちというか、普段信頼されている方の主張が大衆たいしゅうにとっての真実となってしまう。クラスの中心人物であれば、多少の無理が通ってしまうアレだな。

 よって、土守が雪那に付きまとっているFクラス生徒を追い払うための決闘――ということになっているらしい。


 しかも俺の退学もかかっており、二人の男子が一人の女子を取り合う状況。

 言ってしまえば、若者が盛り上がる要素がこれでもかと詰まっているわけで、無駄にやかましいのはこういう理由からだ。

 実際、新聞部がそうやってあおりまくっていたらしい。


「さて、相手は“固有魔導兵装ワンオフアルミュール”を持っているわけだが、学園から借り受ける“陽炎”か“テンペスタ・ルーチェ”で本当に大丈夫なのか?」


 雪那は騒ぎ立てる一般生徒から視線を外すと、不安そうな視線を向けて来る。彼女の心配は、俺の使用する“魔導兵装アルミュール”にあった。


 学生が使用する“魔導兵装アルミュール”は、大きく二つに区分される。

 学園が保有している“訓練用の機体”と、学園が保有していない機体――“固有魔導兵装ワンオフアルミュール”だ。


 訓練用の機体に関しては、実技授業や行事で貸し出される物。何のひねりもない、文字通りの機体。

 つまり図書館の貸し出し本や無料のレンタカーと称すれば、分かりやすいはずだ。


 一方で生徒自身が“魔導兵装アルミュール”を保有しているという例外も存在していた。

 それは“魔導兵装アルミュール”開発を事業としている企業と契約をしていたり、個人的なコネクション繋がりを持っている者が該当がいとうする。

 その果てに譲渡じょうとされる先行試作型や一点物の機体が、“固有魔導兵装ワンオフアルミュール”と呼ばれるものだ。


 そしてあの土守陸夜は、一年生でありながら“固有魔導兵装ワンオフアルミュール”を所持しているらしい。


 対する俺が使用できるはず・・の機体は、雪那が言った通り。


 学園から貸し出しが許可されているクオン皇国産の“陽炎”。

 同じく、北の島国――“ヒュドラル”が生産シェアを占めている“テンペスタ・ルーチェ”の二機種のみ。

 学年が上がればもう少し選択肢が広がるらしいが、一年の今はこの二機だけらしい。

 そしてどちらの機体も生産性を重視した一般量産型であり、土守の固有ワンオフ機のスペックには遠く及ばない。


 仮にも奴が学年二位の実力者でもある以上、こちらの方が圧倒的に不利なのは子供でも分かることだ。

 それ故の心配なのだろうが――。


「“魔導兵装アルミュール”は問題ない。この通りな」

「それは……!?」


 俺の首元にはネックレスに通した蒼翼がある。

 零華さんから受け取った“固有ワンオフ機”が――。


 それを見た雪那は、少しだけ驚いた様子を見せていた。


「……意外と落ち着いているのだな。ピットから出れば、全てが烈火の敵だというのに……」

「初めから眼中にないさ。友達作りがしたくて、学園に残っていたわけじゃないからな。それに雪那に怒られるのに比べればかわいいもんだ」

「ほう……それはどういう意味だ?」


 周囲は敵ばかり。見事な完全アウェー。

 それにもかかわらず、あまりに緊張感に欠けるやり取りかもしれない。


 でも――。


「まあ怒られない程度には頑張って来る。せっかく俺にも、味方をしてくれる奴が一人はいるみたいだしな」


 雪那の心配や叱咤しったは、全て俺のため。

 だからこそ、応えないわけにはいかない。


 これでも男の子だからな。


「わ、私は幼馴染として……」


 すると、当の雪那は、もごもごと口籠くちごもって、そっぽを向いてしまった。

 物騒な異名こそ付いているが、唇を尖らせて照れ隠しに指で髪を弄っている様子は、どこにでもいる普通の少女と何も変わらない。

 正しく俺が知る雪那だ。


 とはいえ、互いに素が出てしまったせいか、なんとも言えない雰囲気が周囲に立ち込めるのを感じた。

 桃色とは言わないが、ちょっと気恥ずかしいというか――。


 だがそんな雰囲気は、やかましい声によってぶち壊される。


「間もなく決闘の時間だが、僕も鬼ではない! 今後一切、雪那さんに近づかないと誓い、僕に対する態度を謝罪するのなら許してやらないでもないぞ!」


 アリーナでは、既に“魔導兵装アルミュール”を展開した土守が空中にたたずんでおり、悪意満載あくいまんさいのマイクパフォーマンスを繰り広げていた。


 わざわざ試合開始前に自分の固有ワンオフ機を見せつけながら、観衆の前での謝罪要求。

 マウント取りもここまで来ると、いっそ清々すがすがしいレベルだな。


「アホの僕様に呼ばれてるらしい」

「……あんな奴に負けたら本気で怒るからな。だから、無事に勝って帰って来い」

「ああ、行ってくる」


 最後、俺は雪那と視線を交わすとアリーナに向けて歩んでいく。


 実際問題、こんな戦いに意味はない。

 この前の襲撃と違って、誰かの命がかかっているわけでもないしな。


 それに何より、勝敗がどうであれ、雪那が土守に好意を持つことは絶対・・にありえない。

 よって、この決闘自体成立していないわけだ。


 ただそれでも闘う理由があるとすれば、今も信じてくれる少女のため。

 まあ俺の退学騒ぎのこともあるが、何にせよこの戦いに勝てば全てが解決するわけで――。


初陣ういじんだ……“アイオーン”」


 言葉を紡げば、俺は蒼翼から放たれた魔力の奔流ほんりゅうに包み込まれる。


 “アイオーン”。

 それは永劫えいごう神の名をかんする“固有魔導兵装ワンオフアルミュール”。


 俺の新たな剣――。

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