第6話 魔導至上主義

「また……とは酷いじゃないか。それに名前で呼んで良いと言ったはずだよ。僕と君とのなかなんだし……さ!」

土守どかみ君よ!」

「美男美女、やっぱりえるわねぇ」


 男子生徒が弾けるような笑みを浮かべてウインクをすると、女子生徒から黄色い歓声が上がる。


 かしましい歓声を浴びせられている男子生徒は、土守陸夜どかみりくや

 名門・土守家の次男であり、魔導の腕前でも実力者として知られているエリートの一人。

 更には両サイドには、取り巻きの男子二人が控えている。


 そう、襲撃事件当日の朝、謎に突っかかって来たアイツだった。


「“魔弾剣士クーゲルフェンサー”の土守か……。てか、一年の二つ名持ちがこんな所で揃うなんて……」

「魔導も勉強もワンツーコンビだしな。これは目が離せねぇな!」


 奴の性格は、お世辞せじにも良いとは言えない。

 だが魔導騎士としての技能が優れていることは事実。これだけ集まった注目こそ、正しくその証明なのだろう。


 もっとも、もう一人の有名人はあまり良い顔をしていないようだったが――。


「私は君と親しくなった覚えがない。軽はずみな発言は、つつしんでもらいたいのだが?」

「照れ隠しかい?」

「……人の話を聞いているのか?」

「だってそうだろう? この学園で君と釣り合うのは、僕くらいのものだ。つまり神に愛された才能を持つ者同士、惹かれ合うことも必然! さあ今日も学業にはげもうじゃないか!」


 土守は自信満々な表情を浮かべて、雪那に詰め寄った。

 珍しく気怠けだるそうな雪那になど、お構いなし――いや、まるで奴が言っていることが常識であるかのように振舞ふるまっている。

 そして姫を迎えに来た白馬の王子のように、雪那の手を取ろうとしたが――。


「ッ!? 何を!?」


 奴は伸ばした手を雪那に払われ、大口を開けたまま固まってしまう。

 呆然ぼうぜん――という言葉が、これ以上相応ふさわしい状況もそうはないかもしれない。


「申し訳ないが、私には君の言っていることが理解できない。付きまとわれて声をかけられるのも正直迷惑だ。もうしないで欲しい」


 痛烈返答。

 雪那から告げられたのは、清々すがすがしいまでの拒絶の言葉だった。

 それも聞いているこっちが不憫ふびんさを感じるほどの鋭さであり、後ろの朔乃からもたたまれない雰囲気が伝わって来る。


 まあ一言で表すなら、空回りだな。


「な、何を言ってるんだ、雪那さんは……!? この僕が話しかけて、そんな……。じ、じゃあ、君と一緒にいるこいつは何なんだ!?」

とは既知きちの仲であって、君にとやかく言われる筋合いはない。話しかけたのも私からだ。これで満足か?」

「僕が駄目で、こんな奴が雪那さんから? そんなこと、あっていいはずがない! おい! そこのお前!?」


 すると、土守は人が変わったように声を荒げながら、俺を指差して怒鳴どなり散らす。

 その表情からはさっきまでの優雅ゆうがさなど、全く持って感じられない。何というか、急に精神年齢が幼くなった気がするな。

 こっちが素だとしたら、中々にヤバい気もするが――。


「相変わらず、やかましい奴だ」

「Fクラスの分際で僕に対しての礼儀がなっていないんじゃないのか!? 重ね重ねだがな!」


 奴は“Fクラス”を強調するように吐き捨てる。

 改めてその事実を周知させたかったのか、単純にあしらわれたことが気に食わなかったのか。

 ともかく奴は怒り狂っていた。


 だがその直後、土上は怒りと真逆の笑みを浮かべる。

 見たくもない笑みに宿るのは、他の連中と変わらない嘲笑ちょうしょう侮蔑ぶべつ――。


「そうか、そういうことだったんだな!? お前は個人的に雪那さんとのつながりを持っていた。そして学園外で、彼女の弱みか何かをにぎったんだろう!? つ・ま・り……雪那さんの弱みに付け込んで、彼女に接近しているわけだッ!!」


 土守は名探偵さながら指差しで俺を責め立てる。

 お勉強はどうだか知らないが、プライドが高すぎて情緒不安定だな、コイツ――。


 一方、名推理を披露ひろうした気分になっている奴は、得意げに罵倒ばとうを続けている。

 更に取り巻きの二人も賛同するかのように手を立てて馬鹿笑いしており、それに同調するように周囲も騒がしくなり始めた。


「……やっぱり神宮寺さんに、無理やり付きまとってたんだ」

「やることがサイテーだよ。結局はFクラスってことだよねー」

「てか、敵の襲撃がどうこう……ってのも、全部作り話っしょ? 真っ先に死ぬべき連中が生き残っちゃってるわけだし?」

「まあ土守が言うんだから、間違いないよな」

「そりゃそうだ。Fクラスと土守じゃ、信憑しんぴょう性が違いすぎだわな」


 当事者に聞こえるボリュームで飛び交う悪口の数々。

 これは、今の世界を象徴しょうちょうする歪み・・だった。


Fクラス君たちと同門なんて一生の恥だ! そもそもFクラスに入った時点で、自主退学することが礼儀だと思うのだがね!?」

「ですねー。確か攻撃魔導もまともに使えない落ちこぼれもいるとかって話ですし!」

「……ッ!」


 朔乃は取り巻きの罵倒ばとうを受けて表情を歪ませると、感情を抑え込むようにスカートのはじにぎり締めた。

 ここまで直接悪意をぶつけられたのは、あの朝ぐらいのものだ。無理もない。

 まあ俺もイラついてはいるが、残念ながら動けない・・・・理由・・があったりしていて――。


「全く、許しがたいゴミ野郎だ! この僕が性根しょうねを叩き直してやる! 決闘だ!!」

「……はい?」

「僕が勝ったら雪那さんに近づくことを禁ずる。そして存在価値のないゴミは学園を去れ! 証人はここにいる全員だからな。もう言い逃れは出来ないぞ! 決闘は一週間後……第二アリーナで行う。覚悟しておけ!!」

「いや、お前は何様なんだ?」

「僕様だ! 将来は国の将来を担う、土守家のな!」


 上り下りの激しいジェットコースターのように話題が移り変わり、逆に怒りもどこかに吹っ飛んでしまう。

 ツッコミどころが多すぎてどこから触れていいのかは分からないが、そんな俺を置き去りにして周囲のテンションだけが上がっていく。


「おい、決闘だってよ!? さっさと新聞部に知らせねぇとな!」

「ってか、恥をかく前に止めといた方がいいんじゃないー?」

「そうそう! 土守君だって鬼じゃないんだし、謝れば許してくれるかもよ? だってこのままじゃ、弱い者いじめみたいでかわいそうだし。きゃはっ!」

「でもちゃんと誠意は見せてね! 土下座とか!!」

「ほら、土下座! ほい、土下座! ほら、ど・げ・ざ!!」


 周囲の生徒たちは嘲笑ちょうしょうの笑みを浮かべながら、大声で土下座コール。

 まるで動物園の猿山――いや、猿にも失礼か。

 しかし一見すれば、異常に思える光景である一方、この世界においてはそれほど珍しいものではなかった。


 なぜなら、これこそ“魔導至上主義”ともしょうせる、この世界の歪みであるからだ。


 次元を超えて迫り来る侵攻者に対抗できるのは、魔導騎士だけ。

 言うなれば、誰もがこうりたいと望む理想形であり、世間からも英雄視されている。

 それは同時に、魔導の力が全ての兵器を過去の産物へと衰退すいたいさせ、各国の最大戦力として運用されていることを意味しているわけだ。


 容姿、運動神経、学歴、資格。

 これらは人間を評価する時、誰もが無意識に頭を過ってしまう基準だと言えるだろう。

 だがこれらの基準よりも重要視されているのが魔導技能の優秀さであり、今や人間のステータスとして欠かせないものとなっている。

 だから人々は、学歴を競うかのように優秀な魔導騎士を目指し、国の護り手トップエリートになることを夢見ているわけだ。


 その一方、魔導は誰もが使える夢の力というじゃない。


 基礎的な“運動神経”や“反射神経”。

 戦いに耐えるだけの“魔力量”。

 攻撃、飛行、補助といった各魔導術式における“適性”。

 そして精密機器である魔導兵装アルミュールを扱いこなす“演算力”、“思考力”。


 心・技・体。そして魔導。


 これら全てをそなえて、初めて魔導使いとしてのスタートラインに立つことが出来る。


 特に魔力量と各魔法の適性は、生まれた時点である程度上限が決まってしまうとあって、後天的にきたえることは不可能に近い。

 要は成長におうじて自然成長する身長のようなものであり、更に分かりやすい言葉で表すなら、“才能”というやつだ。


 実際、生まれ持っての才能――という先天的な要因が大きいが故に、スタートラインにすら立てない者も多く存在する。

 結果、社会全体で魔導の力を持たない者や、自分よりも未熟な者を見下す傾向けいこうが急速に強まった。

 ある種の選民思想せんみんしそうとも称せるのかもしれない。


 そして当の俺たちも、この学園で日々他者としのぎを削り、蹴落けおとし合う毎日を送っている。

 学生でありながら、社畜しゃちくも真っ青な重圧プレッシャーを背負わされているわけだ。


 よって、この連中にとって唯一ストレスをぶつけられる相手こそ、自身よりも確実に劣っているFクラス生徒。

 そんな風習が半ば伝統となっている。


 しかも才能がない者からしても、魔導使いの中での落ちこぼれと言うのは、真っ先に叩きやすい存在だろう。

 Fクラスが見向きもされないのは、こういう理由から。


 これこそが“魔導至上主義”――なんて、ご高説こうせつれてみたが、俺にとってはどうでもいいことだ。

 社会の流れなんて学生の俺が考えるものでもないし、この連中がどんなストレスを抱えていようが知ったことじゃない。


 ただ――。


「……言いたいことはそれだけか?」


 一つだけ確かなのは、隣でブチギレているお姉さんを止められるのが俺だけ・・・である以上、馬鹿共と喧嘩けんかをしている場合じゃないということ。

 一緒になって、俺まで暴れるわけにもいかないだろう。

 何より、自称・僕様一派がどうなろうが興味はないが、命がけで守った学園を幼馴染に壊されたら笑い話にもならないからな。


 面倒ごとを持ち込んだ僕様をぶん殴って終わりなら、どれほど楽だったのやら――。

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