第贄譚【花一匁】・肆

 皆で写真を眺めているうちに、空はゆっくりと朱を滲ませ始めている。村の広場を包む空気はまだどこか湿り気を帯びていたが、先ほど感じた嫌な空気はは幾分和らいでいた様にも思えた。


「そろそろ、帰ろうか」


 綠の言葉に、皆が立ち上がり帰り支度する。


「あ、幸。送ってくよ。

夜道は危ないから」


 零士が幸に声をかけた。彼女の家は村の外れにある。

 森沿いの坂道を通らなければならない。昔から街灯も立っておらず、人気の少ない心細い道だ。


「え ? 良いの ? 

ありがとう」

「うん。これでも、年長者ですから」


 等と話しつつ分かれ道、それぞれ別れを告げ帰路へと着く。幸は一度振り返ると、別の道を行く皆に向かって叫んだ。


「また、明日ね ! 」


 皆が、そんな幸に対して手を振り返す。零士はその様子を、微笑ましく見ていた。


 二人は並んで、少しずつ暗くなっていく村の道を歩く。蝉の声は途切れ途切れになり、代わりに秋の虫たちの音色がひっそりと響いている。


 会話は穏やかだった。学校の話や、幼い頃の小さな思い出、そして――


「星ちゃん、元気かな……」


 幸がふっと、空を見上げて呟いた。


「……元気じゃ、ないよ」


 零士の言葉は、穏やかだったがどこか重たかった。幸は立ち止まり、零士の横顔を見上げる。


「やっぱり、何かあったんだね ? ずっと、聞けなかったけど……」


 零士は少し黙ってから、やがて静かに語り出す。


「実は、病気が悪化してね。少し前から、昏睡状態が続いてるんだ。

 ……でも、俺は星を信じてる。きっと目を覚まして返事をくれると思うからさ、この事……皆には黙ってて欲しいんだ。

 皆優しいからね。星の状況を知ったら、手紙の内容が偏ったものになっちゃう気がするんだ。


 …………目を覚ました星が手紙を読んで、皆に心配かけたと知ったら落ち込むだろうしさ。だから、お願い」


 幸は零士の話を黙って聞いて、ゆっくり頷いた。


「わかった。……じゃあ、元気が出る様なお手紙を書くよ。

目が覚めたら、きっと星ちゃん読んでくれるもんね」


 それが、二人の会話の終わりだった。幸の言葉に、零士は泣きそうになるのをグッと抑える。


 ほどなくして幸の家に着くと、零士は軽く手を振り元来た道を引き返して行った。

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