第贄譚【花一匁】・参

 皆でベンチに腰掛け、お茶を飲みながら他愛もない話に花を咲かせていた。思い出話に笑い合う。

 直ぐに昔の空気が戻ってきたのは、きっとそれだけ――皆が変わらずに居てくれたからだ。


 寿々が、ふと不思議そうに空を見上げた。


「ねぇ。なんか、今日の空……少し、違う匂いがしない?」


 皆が視線を上げる。薄曇りの空。

 けれど確かに、夏の終わりとは思えぬ様な、生ぬるい風が頬を撫でた。 


「……そうか ? 盆が近いからじゃね。

気にし過ぎ」

 「でも……今日は、少しだけ空気も重い気がする」


 寿々は不安そうに呟き、久哉の服の裾を掴んだ。なんだかじめっとした嫌な空気を感じた綠は、額を流れる汗を拭こうとポケットの中からハンカチを取り出した。

 その時、一緒にポケットに入れていた手帳が写真の挟んだ頁を開いた形で地面に落下する。


「 ? 綠くん、何か落ちたよ ?

……これ、昔うちの病院で撮った写真だ ! うわぁ、懐かしい」


 落ちた手帳を拾おうとしゃがんだ幸が、写真を見てそう言うと他の皆も集まって全員で覗き込んだ。


「あ、うん。アルバム整理してたら出て来たんだ。

なんか、懐かしくて持ってきちゃった……」


 綠が照れくさそうに言うと、写真を覗き込んでいた寿々が言った。

 

「お兄ちゃん、小さい……」

「大丈夫だ寿々。お前は、今も昔も小さい」


 兄の言葉にむっとした顔で睨む寿々だが、久哉は気付いていないフリなのか目線を一切合わせようとしない。そんな風に皆が写真を見て和気あいあいとしていると、綠は隣に居た零士が小さい声で呟いたのが聞こえた。


あかり……」


 その声がなんだが、凄く切なげに聞こえて綠は心臓が締め付けられる様に感じて……零士の横顔をそっと見る。今にも泣きそうな、だけど写真の中で笑う星を見て嬉しそうな複雑な表情を浮かべていたんだ。


「……ねえ、皆。星さんに、手紙を書こうよ」


 零士の複雑そうな表情を見たら、どうしてか自然とその言葉が出ていた。綠の提案に、皆が「いいね」と頷く。

 だが、零士だけは何故か浮かない顔をしていた。綠はその顔を見て一瞬、自分は何か余計な事を言ってしまったのではないかと焦ったが……次の瞬間には、零士は何時も通りの優しい笑顔頷いてくれて安堵する。


「良いと思う。……実は俺、ずっと星と文通してたんだ。

だから、久しぶりに他の皆からも手紙貰ったら星きっと喜ぶと思う」

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