第忌譚【照る照る坊主】・戎朽

 ー五六零士ー


「……開かずの間」


 鞠を追いかけて俺が辿り着いたのは、観音開きの赤い扉の前だった。この部屋に何があるのかは、跡取りである俺も聞かされては居ない。

 だけど、絶対に開けるなと亡き祖父母や現住職の父にも耳にタコが出来るほど言われてきた。壱樹なんて近付くどころか、離れた場所からこの扉を目視しただけで顔を真っ青にしていたっけな。

 俺は、悪寒を感じる程度だけど……


「悪いけど、中にいるのなら俺からは入らないよ。禁を犯して、両親や弟に迷惑はかけたくないし……何より、死にたくないからね」


 中に居るであろう、俺を呼び寄せたやつに対しきっぱりとした口調で伝えるけど返事はない。けど、その代わり今までに感じた事のない悪寒が全身を突き刺す。






 生まれつき、敏感な壱樹と違い。俺は、視えるけど普通の人より鈍いと祖父に言われた事がある。


「何それ、俺は壱樹より霊感弱いって事 ? 」

「そんな単純な話じゃない。寧ろ逆と言うか……お前さんは、おそらく霊格が高いんだ」

「霊格って、魂の位だよね ? 」

「そうだ。とは言え、神様や仏様ほどではない。

 通常よりも、一段階上と言った程度だ。だがな、その所為か。

 お前さんは、自分より弱い霊に対してはとことん鈍い。だが鈍いと言う事は、影響もあまり受けないと言う事だ」

「なるほど」

「とは言え、気を付けろよ ? お前さんが、危険だと感じるほどの相手に出くわす事があったらなら……それはもはや、普通の悪霊ではない化物だ。

 余程の事情がない限り、絶対に関わるんじゃないぞ ? 」

「わかった。気を付けるよ」






 祖父と交わした会話を思い出して、一瞬逃げるべきか考える。


「……祖父ちゃん、ごめん」


 でも、その考えは直ぐに消え。俺は、扉に手をかけた。

 だって、ここで俺が逃げたら次はきっと憑き護である綠が狙われてしまう。壱樹や久哉だって、狙われる可能性は十分にある。

 何が居るかわからないけど、長男で最年長の俺が逃げる訳にはいかない。それに、ここで逃げたりしたらかっこ悪くて星に会いに行けなくなる。


「俺はあかりみたいに、他人の為に自分を犠牲にはしないけどね」


 嫌味くらい許してよ。それでも、星が他人を見捨てて逃げる様な人じゃなくて良かったと思ってるのも本当だから。

 嫌味くらい許してよ。俺はずっと、星が目を覚ますのを今日か明日あすかと信じて願って毎日待ってるんだから。


 嫌味くらい許してよ。でも、どうしても許せないって言うならさ。



「とっとと起きて、俺に直接文句言ってよね。……俺は星が目覚めるまで、ずっと待ってるから」


 掴んだ扉を、自分の方へと引っ張る。開かずの扉と言われているのは、開ける事を禁じているからってだけじゃない。

 鍵をかけてる訳でもないのに、何をしても開かないからそう呼ばれているんだ。


 ……開かない筈、なのにな。ゆっくりと、扉を開きながらこれから何が起こるのか考える余裕すらもうない。


 ぎゅっと目を閉じ心の中で念仏を唱える。心臓の鼓動が早くなっていき、冷や汗も凄い。

 全身が小刻みに震え、立ち眩みの様に頭がクラクラする。今にも意識が途切れそうな俺の耳に、またあの歌が聞こえて来た。


『身寄りのない子は寄っといで 私のお傍に寄っといで

 あなたの母になりましょう 

 あなたの姉になりましょう


 あなたの家族になりましょう』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る