魔法使いは夜闇に喰われる

音宮日弦

FILE ⅰ 死神と呼ばれた男

第1話 昔の話

彼は満たされない少年だった。

彼を知ってる人間100人に彼のことを聞けば全員が彼のことを『いつも楽しそうな奴』と言うだろう。

確かに、彼には一緒に学校に行き冗談を言い合える友人がいたし、愛情をたっぷり注いでくれる家族もいた。

1日に1回風呂に入り、3食飯を食べ、ベッドに寝転がり熟睡もしていた。

趣味の面でも好きな作家やゲームがあり、その発売日にはすぐ買いに行けるような金もあった。

学校の後輩先輩ともに付き合いがよく彼の横にはいつも人がいた。

それでも、満たされなかったのはひとえに自分は他人とは違うという恐怖からだろう。

彼にはずっと昔、まだ直立二足歩行できなかった時から2つの世界が見えていた。

ひとつは我々が見て認識している世界だ。しかし、もうひとつの方は少年しか認識できない世界だった。

人は知ることで強くなることが出来る、しかし知ることのせいで強くなるとともに恐怖もえてしまう。

彼が知ってしまったものにはその恐怖が多くついていた。

また、そんなものが見えていたから彼は人というのは何があっても理解し合えないということを小さい頃から既にその背中に背負ってしまった。


これはそんな少年が満たされるために様々な人々と出会う物語である。



『眠い。こんな疲れたのは久しぶりだ。

最近仕事が忙しかったからかもしれない。

眠っている間は彼に任せてしまおう。

そう思うと僕の意識は深い闇へと落ちていった。』



西暦2008年 東京都港区


高校生になりもうすぐ1年と3ヶ月。夏もこれからどんどんと暑くなっていく今日この頃、学校の終業式も終わり「明日から夏休みだ」と喜んでいるクラスメートを尻目にそそくさと学校を出た。

時刻は10時だったが、気温は28度でこれからお昼にかけてどんどん暑くなるらしい。

「デカルト、もう帰るのか?」

「うん、少し用事があって今日はすぐ帰らなくちゃ行けないんだ。」

「なんだまたかよ。終業式の終わりなのに大変だよなお前。」

「まぁ、仕方ないよ。そろそろ受験のこととかも考えないといけないし。」

「そんなこと言って今日もまた満月さんのところだろ、あんな美人と働けるなんて羨ましいぜ。でも、たまには俺たちと遊んでくれよ俺はともかく日菜子が悲しむからよォ。」

「うん、時間があったら連絡するね。」

「頼むわァ、デカルトじゃあな。」

そう言うと彼は校舎に走って行った。

彼の名は國眼路真陽、僕の『友人』だ。

部活はバスケットボール部に入っていて同学年でもエースと呼ばれる存在だ。高校1年の頃同じクラスで留年しそうと困っていた彼に勉強をおしえたのが付き合いの始まりだ。

今の調子を見ると今回は赤点は取らなかったようだ。

その後、地下鉄にのってイヤフォンで好きなアーティストの曲を聴きながら本を読む。

本や音楽はスバラシイ、眺めていたり聞いたりしても『裏』を感じないからだ。

少し地下鉄に乗ったあとゆりかもめに乗り換え台場駅まで行った。

降りた瞬間少し潮の香りが僕の鼻をさす、この匂いが僕は好きだ。

駅のホームを出ると、海を見ながら10分ほど歩くと二階建てのマンションに着いた。

合鍵で勝手にオートロックを通りまず地下1階に向かうために2階の部屋の中にたったひとつの事務机の下にある『扉』を開け、かけてあるハシゴを使って降りると、薄暗い部屋に入る。

地下に行くためになぜ2階に登らなくてはならないのかとこの建物の所有者兼設計者に聞いたところ防犯対策であるらしいが、使う側からすれば使いづらいことこの上ない。

「酒臭い、また飲んでたな満月さん」

その部屋にはアルコールの匂いが全体に漂っている。おそらく換気をしていないのだろう。

床はそこら中に酒瓶が転がり服がぐちゃぐちゃに脱ぎ散らかされている中、一組しかない年季が入っていて少しオシャレでダークブラウンの丸いテーブルと椅子に1人の女性が突っ伏している。

「満月さん、来ましたよ。デカルトです。」

刹那、彼女は瞬時に起き上がりどこに隠し持っていたのかナイフを取り出し僕の首に突き立てた。

嫌な汗が額をつたう。

数秒後彼女はキョトンとした顔をして、ナイフを下げた。

「なんだ、デカルトかあんまり脅かすなよ。」

「2階にいなかったらここにきて起こせと最初に言ったの満月さんですよね。」

「そうだったけ?」

「とりあえず、見えてるんで上の服を着てください。あと歯も磨いて、ものすごく酒臭いんで。」


「それにしても確かに入ってもいいとは行ったが、そんな簡単に入るものかね、女の部屋に。最近の男子高校生は盛ってるのか?アー頭痛い。」

「そりゃあ、あんなに酒飲んだら二日酔いで頭も痛くなりますよ。それに、最初は確かに緊張してましたけど最近はもう慣れてしまって何も感じませんよ。あとさっき僕にナイフ向けてきたじゃないですか、あのやり取り今回で何回目ですか?15回から先数えてませんよ。」

嘘をついた。本当は彼女の上裸の姿を見てドキッとしたのは内緒だ。

さっきここに来るようになって何回目かも分からないやり取りを繰り返したあと満月さんはとりあえずシャツをきて2階に上がって行き、歯を磨き、今は新聞を読んでいる。

「とりあえずデカルト、腹が減ってるから飯を作ってくれないか。」

「そう言うと思って今作ってます。夏ですし冷やしキムチうどんでいいですか?」

「またうどんか·····まぁいい早めに頼む」

この女性の名前は終夜満月 年齢は20代らしい(らしいというのは年齢のことを聞くと怒るから詳しくは知らない)。

容姿は知的な顔に銀髪を方まで伸ばしていて身長は169cmとスレンダーな体型をしていて、渋谷に行けば1日で20人の連絡先を押し付けられるくらいの美人だ。

最初あった時は僕もそんな彼女の美しさに虜になりかけたが、蓋を空けてみると部屋は汚く偏食家でアルコール中毒者とかなり自己管理が出来ない人だった。

「満月さん、冷蔵庫から酒を出さないでください、二日酔いで参ってるのは分かりますが、迎え酒は医学的になんの効果もありませんよ。」

「そんなの分かっている。私は酒を今飲みたいから飲むんだ。」

「やめてください。誰が酔ったあとの満月さんの介抱と片付けをすると思うんですか?」

「お前だろ?」

「分かっているなら、尚更やめてください。それより今日依頼人は来るんですか?」

「1人だけ来る、15時くらいにな。だからいいだろう?まだ11時だ。」

「依頼人来るんだったら何飲もうとしてるんですか。それに満月さん1度飲み始めたらその後3時間は飲み続けるじゃないですか。そんな状態じゃ依頼人とは話せないでしょ。」

「お前がいるじゃないか。」

もうヤダこの人、なんで今まで1人で生きていけたのか本当に不思議だ。

「ほらうどん出来ましたよ。さっさと食べてください、それとコーヒーもこれで目を覚まして。」

何を言っても酒を飲もうとする満月さんをソファーに座らせ目の前のテーブルにできたばかりの冷やしキムチうどんを置く。

「地下掃除してくるんで食べといてくださいね」

「わかった。」

「くれぐれも僕がいない間酒なんか飲まないように」


地下室を掃除するため、まず床に散らばっている酒瓶を全部集めたが、ワインにウィスキーなど750mL入ってる瓶が全部で8本空になっていたが、もう当たり前のこと過ぎて驚かなくなってしまった。

ついでに服も集めたが、仕事のためのワイシャツや部屋着に下着など全部集めたら山のように積み上がった。

「これ全部洗濯しなくちゃいけないのか·····」

しょげていても仕方ないので、とりあえず備え付けの掃除機でホコリをすいとった。

これ自体はすぐ終わり、次に部屋の酒の匂いをとるために通気孔を開ける。

喚気している間に洗濯をしようと2階に上ったが、

「·····満月さん、何やってるんですか?」

「見て分からないか、酒を飲もうとしてい」

「何やってんだよぉぉぉぉ!」


あれからは大変だった、酒を飲もうとする彼女を何とかとめたはいいもののまた飲もうとするんじゃないかと気が気でない中、洗濯や皿洗いをやった。

幸いなことに満月さんはその後酒を飲もうとはしなかった。

「そういえば、デカルト『眼』の調子はどうだ。」

さっきのだらしない姿とは打って変わって彼女は仕事着をきて凛々しくソファに座り新聞を読んでいる。

「調子は満月さんが教えてくれたおかげで最近は結構、制御できるようになりました。」

「それはよかった。お互い『器』として苦労するだろうが頑張って生きていこうじゃないか。」

僕の苦労はあなたのせいでもあるんですけどね、という本音は喉まででかかったが何とか押しこらえる。

人いや、生き物はこの地球にどれくらいの数いるだろうか、100億?200億?いやもっといる。

それらの全ては大きい小さい、本能的非本能的関わらず耐えず願いを持っている。

そこら辺にいる犬でも『食欲を満たしたい』という願望は持っている。

そんな願いが集まってできた能力を受け止める物こそが僕達『器』だと満月さんから聞いた。

器自体は様々なところに存在する。

身体全体もしくは一部、木や建物はたまた場所自体に能力は宿ったりする。

僕の場合は眼が『他の奥底を知りたい』という願望の器になっている。

故に僕は、視認した人間の嘘、本音、言い難い過去などを感じることが出来る。

まぁつまり、有り体に言えば人の心の中が読める、よく小説やアニメにでてくるテレパシーのようなものだが、この能力はそんな便利なものでは無い。

自信を持っていえるがこれは最低な能力だ、なぜなら僕は生まれた瞬間からこの世の悪意全てを受けることになったからだ。

人は本来、幼い頃は人の『裏』を感じずに生きているが、僕はその頃から人の『裏』が自動的に頭に入って来るので生まれてから何度も精神が不安定になってきた。

今でこそ学校で『友人』を作れるくらいにはなったが中学時代までは休み時間中にトイレで吐いたりろくなものではなかった。

ところで、さっき満月さんは『お互い』と言ったように彼女自身も『器』である。どんな能力か以前質問したことはあるがその時ははぐらかされてしまった。それからは、なにか聞いてはいけないことなのではないかと思い僕からその話題について聞いたことはない。そういうことも含めて謎が多い女性だと思う。

そんな満月さんの仕事は相談屋だ。

でもそれは表向きな話で実際は『魔術協会』という組織から依頼を受け魔術的な事件を解決するという仕事らしい。

今日これから来る依頼人はどうやら後者の方であるらしく、僕はそれまでに応接間の掃除などをしないといけないし、満月さんがまた酒に手を出さないように見張らなければならない。

「デカルト、コーヒーが無くなったから2杯目をついでくれないか?できるならウィスキー入で」

「はいはい。冗談はいいですから、満月さんも食べ終わったなら少し手伝ってくださいよ…」

「うーんッ…いやだ。」

全くちゃんと依頼人と会えるのかな…

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