還る君に、いつまでも

田崎

還る君にいつまでも

 目が覚めると、僕は電車の中で揺られていた。

 ここに来るまでのことを覚えていない。車両には僕以外の人は見えない。窓の外は一面に夕焼けの空ばかり映るもので地面は見えない。

 どうしてこんなところに。どこへ行くのかもわからない。でも不思議と不安が胸を締め付けるわけでもなく、僕は冷静だった。

 ガタンガタンと電車の走る音が聞こえる。それはやがて段々とゆっくりになり、止まった。座っている座席に面した窓を見ると、どこかの駅に止まったようだ。プシュー、という音とともに車両のドアが開く。僕は膝の上にあったカバンを持って、とりあえず駅を降りた。僕だけが降りた電車はドアを閉め、ガタンガタンと走り去っていった。

 駅はこじんまりしたものだった。蛍光灯が点々とついていて、その下のベンチや時刻表前に人がまばらにいる。駅の名前は[百夜駅]というらしく、看板が下がっていた。

 考えなしに電車を降りてしまい途方に暮れた僕は、とりあえず駅の壁によってカバンの中身を見た。

 カバンには、何かの鍵と、メモ帳、ペン、小さいお財布、そしてなぜか中身が白紙の手紙。

 鍵はきっと、家か自転車かのものだろう。お財布には印刷が掠れて読みにくいが[百夜駅]との記述がある切符が挟まっていた。なんとかこの駅からは出られそうだ。

 僕は手紙を取り出した。封筒の中に入った手紙は白紙。そして宛名は[深草 桜弥]とある。僕の名前だというのは分かった。この手紙自体が、なんだか嫌な感じがしてすぐにカバンにしまった。

 切符を手に持って、改札を探す。ホームの階段を登った先にあるようだ。僕が階段へ向かおうと一歩踏み出した瞬間、壁の影から飛び出してきたなにかが、僕の体とぶつかった。

「うぎゃっ」

 小さい悲鳴が聞こえた。ぶつかった衝撃で、僕のほうが転んでしまった。顔を上げて慌てて声をかける。

「す、すみません、大丈夫でしたか……?」

 相手は僕に手を差し伸べると、ハスキーな落ち着いた声で「大丈夫。アタシこそごめんね」と言った。

 その女性は二十代半ばくらいの大人びた人だった。長い黒髪、シックな深緑色のカラーシャツにパンツスーツを着ている。立ち上がった僕よりも背が高い。

「君、今ここに着いたの?」

「そうです。でも、なんでここにいるのか分からなくて……」

 彼女の声が優しくて、思わず頼るようなことまで言いそうになってしまったが、それの反応すらも優しかった。

「へえ、それは奇遇だね。アタシもなんだよ。駅員さんに色々聞こうと思ってここまで戻ってきたんだけど、一緒に行く?」

「心細いのでお願いします……」

「正直でよろしい。行こうか」

 彼女は古町と名乗った。きりっとした美人だが、物腰は柔らかくて話しやすい。それにしても、自分と同じ境遇の人がいるとは思わなかった。安心して、少し肩の力が抜けた。

 彼女とともに駅員に話を聞いたところ、以下のことが分かった。まず、ここは百夜町という名前の小さな町であること。この駅は上りだけで反対の駅は図書館で調べなければ分からないらしい。つまり僕たちが戻るためには、まず図書館に行かなければいけない。駅員は簡単な地図をメモに書いて渡してくれた。これを頼りに向かおう。

 百夜駅と書かれた切符は僕たちを百夜町へ導いた。やたら人の少ない駅を出ると、そこには街灯に照らされた大通りがあった。もうすでに、日が暮れていたようだ。車道のような広さだが、車の姿はなく、人が闊歩している。驚いたことにそこは賑わっていた。通りの両脇には呉服屋やおもちゃ屋、少し先には食べ物の店も見える。全体的に古風な商店街のようだ。

「予想外だな……。百夜駅はあんなに寂れていたのに」

「お祭りでもやってるのかも。ちょっと見ていきましょうよ」

「良いけど、迷子にならないでよ」

 古町さんはそう言って、人の波の間を縫うように、追いつける速度で先を歩いていく。

 僕は両脇の店を眺めていたが、人とぶつかった拍子に、カバンから手紙が落ちてしまった。それを慌てて拾うと、落ちた衝撃で便箋が少し開いていた。なにか文字が書いてあると気付いたその時、僕の視界に黒い影が見えた。それは一瞬だったが、間違いなくこちらに向かっているようだった。

「古町さん!」

 慌てて前を進む古町さんの袖をつかむ。僕がもう一度後ろを振り返ると、黒い影と目があったような気がして、寒気がした。

「どうした」

「変なのが僕たちを追いかけてるみたいで……!」

 僕の形相に異常性を察知したのか、古町さんの判断は早かった。

「……よくわからんが、大通りの人混みをかわして目立たないところへ逃げようか」

 彼女は腕をとって辺りを見渡しながら徐々に歩くスピードをあげていった。

 大通りから逸れた小道に入ると、一際目につく建物があった。公共施設のようだ。二人は入口へ駆け込んだ。扉を閉める前に振り返ると、もう黒い影は見えなかった。

 公共施設は目の前にカウンターが構えられ、エントランスから階段がのび、一階と二階が見える構造になっていた。そしてその壁には、これでもかというほどの本が並べられ、一目で図書館だと分かる風体であった。運良く目的に到着していたようだ。

「はぁ……この歳になって全力疾走なんて……するもんじゃないわ……。それにしても、立派な図書館だな……。この土地のこととか、さっきの影のこととかを聞けるかもしれない」

 古町さんは「君もよく頑張ったな」と僕の頭を撫でた。

 慌てて飛び込んできた二人組を不審に思ったのか、職員らしいおどおどした人物が話しかけてきた。

「ようこそ、白銀図書館へ。えっと……私、司書の美雪といいます。その……大丈夫ですか?」

 美雪さんはトレンチコートのような制服に身をつつみ、眼鏡をかけた女性だった。

「あの、僕たち、さっき大通りで全身真っ黒な人?に追いかけられて逃げ込んできたんです!あれは一体?」

「あら……!ということは貴方たち二人とも、百夜駅から来たんですね……。ここはあの影は来ませんから、安心してくださいね」

 立ち話もなんですから、と彼女は奥の談話室に案内してくれた。


 彼女が言うには、あれは幻影と呼ばれ、百夜駅からこの町に初めて来た人々をなぜか追いかけるという。追いつかれて襲われた人が影に飲み込まれるようにして消えたという話もある。

「消えたって、飲み込んだ影は?」

「飲み込んだ後に消えてしまったらしいです。この町の住人は幻影に襲われることはないのですが……」

「幻影から逃れる方法は?」

 僕に続いて古町さんが質問をする。美雪さんは首を傾げて困ったように言った。

「え〜と……走って逃げるのが一番良いのではないでしょうか。幸いあれらは足が遅いですし、それに出現もそこまで頻繁ではないんです」

「現代のデスクワーク人間になんて仕打ちだ……。そういえば百夜駅は上りの一方通行でしたけど、下りの駅はどこに?」

「あぁ〜……それは……」

 美雪さんは急に口ごもった。言いづらそうにモニモニと唇を動かした後「それはですね」と切り出す。

「ここから南に行くと水仙駅ってところがあります。そこから下りの電車が出てます。ただ……あの駅はちょっと面倒ですねぇ……」

「面倒?」

「ええ。水仙駅近くは寂れていて駅なんか誰も使いませんから、駅員も変わり者が暇つぶしでやってるんです。その変わり者三人衆というのが面倒で、彼らに気に入られなければ、電車を発車させてくれるかどうか……」

「えぇ……。そんなんで務まるんですか」

「務まるくらい誰も使わないんですよ……」


 僕たちは帰るため、南へ下ることとなった。森とまではいかないが木々の生い茂る道を通り、小さく花咲く低木を横目にたどり着いたのは、駅舎というより、派手な家という風体の水仙駅だった。まず目を引くのは、屋根の傾斜に沿って上向きに咲く、家と同じくらいの大きさのラッパスイセンだ。蔦と茎と花々に纏われた家は窓とドアを覗かせていた。

「ここが駅舎ってことですかね」

「そうだろうな。線路もあるし。ノックしてみるか」

 古町はそう言って、建物に近付いていく。それにならって僕も足を進めると、どこからかピアノの音が聞こえた。彼女はコンコンとドアをノックした。

 建物の中からガタガタと音がしてドアが開く。

「おや、お客さんだ。水仙駅をご利用かな?」

 出てきたのは、ポークパイハットを深く被った紳士な男性だった。百夜駅から来て、水仙駅から帰りたいのだと伝える。

「百夜駅から。まあそうだろうね」

「どういうことです?」

「行きて帰りし。来し方行く末。百夜駅と水仙駅はそういう関係なわけさ。俺のことはポークパイと呼んでくれ。立ち話もなんだし入りなさい」

「は、はぁ」

 紳士について家に入ると、まだ中に人がいた。

「紹介しよう。ベレー帽の画家、キャスケットの詩人。いや、画家のベレー、詩人のキャスケットと言うべきか」

 二人は紳士と同じく帽子の影に顔が隠れて口元しか見えないが、微笑んでいるのが見える。片手を上げて「どうも」と歓迎してくれているようだ。

「さ、そこの椅子に座りなさい。わかるとも。ここは知らない場所だし、幻影に追いかけられるし、元の世界へ帰りたいんだろう。でも百夜駅に着くまでの記憶もないわけだ。そこで我々が一度ストップをかけよう」

「なぜ?アタシ達が帰ると困るのか?」

「君達が却って困るかもね、という話だ」

 掴めない言葉に首をひねる。その様子を見たポークパイがピアノの椅子に座ると、キャスケットは紙と万年筆を、ベレーはキャンパスと絵筆を持った。

「僕が描こう」

「私が紡ごう」

「俺が奏でよう」

「君たちの過去だ。本当に帰るというのなら、心髄に触れなさい」

 ピアノの音が頭の中に響く。嫌なことをむりやり思い出させるそれのせいか、僕は独りになった感覚に陥る。記憶が蘇っていく。


 その日学校から帰ると、母親がリビングで、神妙な顔で座っていた。

「どうしたの、お母さん」

「桜弥。あのね、お母さん再婚することになったの」

「え。だ、誰と?」

「前のお父さんよ。でもね、向こうが連れてる子が、どうしても嫌がってて……」

 母子家庭の僕は、母親が再婚すると聞いて驚いたが、納得もした。経済的に厳しいんだろう。僕は中学生でまだ働けない。

 前の父親の連れ子が嫌がっているという話は、聞けばこれはむしろ母親が連れ子を嫌がっているという印象を受けた。「あの子、目つきが悪くて何考えてるのか分からないし」「賢いからってお母さんを見下してきて」等々、言い出すと中々悪口が絶えなかった。その連れ子と母親の間に何があったのかは分からないが、プライドの高い母親にとって、よっぽど耐え難い何かがあったのだろう。

 僕は疲れていた。情緒不安定な母親とともに過ごす日常、友人との付き合いかたにも自信がない。経済的に厳しいことを知りながらなにもできない自分。それゆえ、軋轢のある相手と再婚せざるを得ない状況の母親。慢性的な、日常的な疲れにとどめを刺されたようだった。

 あらかた母親の話を聞いた僕は自分の部屋に荷物を置いた。クローゼットの取手には私服用のベルトが輪っかになってかけられている。僕はこれをいつも天秤にかけ『死ぬよりマシか』と思うことで生きていた。でももうそれも、終わりだった。

 この世に書き遺すなにかもない。僕が死んで、母親は経済的に楽になるだろうし、嫌いな連れ子と生活しなくていいんだろう。なにより、もうこの世界に面白いことなんてありそうもない。なにもない。僕はベルトを首にかけた。誰かの声が聞こえた気がした。


 気がつくと、僕は床に倒れ込んでいた。キャスケットが体を起こしてくれる。

「実に灰色だね。光とも闇ともつかぬまま、人生に決着をつけてしまったのかい」

 今まで忘れていたことを思い出して僕は飛び起きた。そうだ、死を選んだはずだ。

「ここは死後の世界かって?厳密には違うな。生死を彷徨う者のための世界だ」

 キャスケットはチッチッチと指をふって言った。隣からベレーの声がした。

「ねー、お姉さんも起きたよ」

 横を見ると、僕と同じように抱えられた古町さんが、なんとも言えない顔をしていた。

「こ、古町さんも……?」

「あー、確かにあれは死んでたのか」

「死のうと思ってなかったの?」

「……君は死のうと思って死んだのか」

 古町さんは深いため息をつくとそのままぐでっとベレーに寄りかかった。

「とにかく帰ろう。アタシは──」

「ストップストップ。優しい俺がその言葉を遮ろう。残念だが、水仙駅はなかなか使われない。なぜか分かるかい?原動力を提供してくれる人がいないからさ」

「原動力?」

「これは悲しい話なんだが、水仙駅から出る列車の原動力は、人の魂の重さなわけさ」

 なんだか嫌な予感がした。それが当たっているのは明白だった。

「人の魂は21gだと聞いたことがあるかい?とんでもない!その人の徳によるのさ。そしていくら徳が高くても君たちは死にかけ。魂が欠けていては列車を動かせるか分からない……。そうだな、お姉さんも少年も一人じゃ帰れないな」

「えっ……それって」

「お互いの魂で足りない分を補ってどちらかを帰すかって話になる」

 ……僕はそもそも死にたくてあんなことをしたんだ。なにも考えなくていい。

「アタシは君を帰したいがな」

「え?な、なんで」

「いやー……これはアタシの、大人の努めだと思うんだよ……。とはいえ、君は納得しないな。自死の理由を聞かないことには、アタシも何も言えないか」

 古町さんはきっと生きたいはずだ。彼女は少なくとも自ら死なんか選んじゃいない。そんな人生じゃないはずだ。僕は理由を話した。古町さんこそ、長生きするべき人のはずだ。そう納得してほしかった。

「なるほどね。それを誰にも相談できずにこんなことになってしまったわけか。大変だったねぇ」

「良いんです、わからないのに同情とかしなくても」

「早とちりしてそういう言い方するんじゃない。友達減るぞ。それに、アタシも似たような境遇なんだ。完璧な共感はできずとも、理解はできる」

「……すみません」

 ポークパイの控えめなピアノが流れている。

「アタシは作家だったんだよ。幻想をひたすら書いてた。幻想を書くために一番観察しなきゃいけないものはなにか分かるか?」

「うーん、に、人間……とか?」

「それもそうだが、一番見なきゃいけないのは現実だよ。現実の観察から逃げちゃいけない。そこが一番大切で、一番苦しいところだ。そしてそこにこそロマンがある」

「ロマンってなんですか」

 古町さんに聞いたつもりが、横からベレーの声が飛んできた。そしてそれに続くようにキャスケットとポークパイも口を開く。

「苦しい現実に輝く、純粋な色」

「輝きの中から生まれる苦しみ、苦しみから生まれる本能」

「道を踏み外しそうな言動、冷や汗、寂寥感」

 古町さんは驚いていたが、うんうん頷くと満足そうに笑った。

「そういうことだ、ロマンってさ。それで、アタシが得たいロマンっていうのは、君を現実に送り出すことによって完成される。そのためならそれこそ死んでもいいんだよ」

「何を勝手にそんなことを……。現実に戻ったって、僕の問題は何一つ解決しないじゃないですか」

「……いや、実を言うとな、解決するんだ」

「へ?どこが?」

「こればっかりは、アタシを信じてくれとしか言いようがない」

 突然ポークパイがポンと手を打った。

「そうだ!君たち、幻影に追いかけられたんだろう?どちらか、手紙を持ってないかね」

「手紙なら、僕が持ってますけど……」

「見せてくれたまえ」

 僕はカバンの中から手紙を出して渡した。幻影に追いかけられていた時、なにか文字が浮かび上がっていたことも伝えるとキャスケットが話し始めた。

「言ってしまえば、その手紙は『幸福の手紙』なんだ」

「というと?」

「それはね『お見舞いに来た人が書いた手紙』。たまに未来のことが書かれてたりするが、まあ気にするなよ。それを読んでみなさい」

「でも文字が抜け落ちてて読もうにも」

 ポークパイが広げた手紙をベレーに向けると、彼は水を含ませた絵筆で手紙を塗りつぶした。すると、抜けた文字が浮かび上がり、宛名から差出人まで、くっきり読めるようになった。

「……僕の母親が差出人みたいです。内容は……連れ子が……亡くなった……?」

「不謹慎だが、朗報じゃないか!これで大きな問題は解決だな。帰ろう!」

 古町さんは喜んでいて、僕を抱きしめた。

「なあ、向こうに帰ったら、アタシの著書読んでくれよ。そんで、次こっちに来るときは小説のひとつでも引っ提げてきなよ」

 久しぶりに抱きしめられると、安心感に驚く。

「わ、分かりましたけど、本当に良いんですか、僕が帰って」

「良いんだよ。遠慮なく帰れ。むしろアタシのために帰りなさい」

「……はい」


 話がまとまった。ポークパイ達は、古町さんの魂を花にして僕に持たせた。美しいカランコエだった。

 僕が列車に乗ると、列車内は照明が光を放ち始めた。エンジンの音がする。古町さん達はホームから僕を見送ってくれるみたいだ。

 列車のベルが鳴って、ジリジリと動き出す。古町さんは少しだけ列車を追いかけるように歩いて言った。

「ありがとう。会えたのが君で良かった。約束を忘れるなよ、桜弥」

 桜弥、と呼ぶ声にノスタルジーを感じつつ、頷く。

「僕も会えて良かったです。ありがとう」

 手を振ると、古町さんも、後ろの三人衆も控えめに手を振ってくれた。列車はスピードを増して彼女らを小さく見せていく。やがて駅舎の光も粒のようになると、僕は不意に意識を手放した。



「次会うのは何年後かな」

「野暮だね。何年後でも素敵だろう」

「二度目の再開に立ち会いたいものだ」

 口々に言う三人に、古町が目を向ける。

「気付いてたのに言わずにいてくれたんだな。ありがとう」

「なぁに、そっちのほうがロマンがあるだろ」

 ポークパイがにやりと笑った。

「次はあなたをなんて呼ぶだろうね」

「お姉さんはなんて呼ばれたい?」

 キャスケットとベレーがからかうように言う。古町は少し真剣な顔で考えた後、呟いた。

「『お姉ちゃん』が可愛くて良いかもな」



 目が覚めると、病室にいた。部屋は明るいから、昼間だろう。起き上がろうとすると、首が痛んだ。

 どうやら僕の杜撰な首吊り自殺は失敗したらしい。色んな大人がきててんやわんやした後、僕はすぐに日常生活に戻ることができた。その時、母親が悲しみのあまり毎日のようにあなたに手紙を書いていた、と見せられたのは、百夜町で懐にあったあの手紙だった。あれは夢のようだったが、夢ではなかったのだ。

 古町さんとの約束を果たすべく、時間を見つけては、彼女の著書を調べて読み漁り、彼女のことについても調べた。だから、すぐに気付いた。彼女が血の繋がった姉であったことに。

 彼女がとある小説の後書きに記した文で確信したのだ。

『未来ある子どものために、大人が、私ができることはなんだろう。少なくとも私は、希望を、ロマンを伝えたい。生きる原動力を手渡したい。』

 彼女はロマンがどうとか、大人がどうとか、僕には理解しにくいことを言っていたが、僕は確かに彼女から、家族としての愛を受け取っていたのだと思う。それは満たされない僕に染み渡っていく。彼女は命をかけて、僕に生きる原動力を与えてくれたのだった。

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