第7話 水着
ラウンドファーストから帰宅してすぐに夕飯となり、俺は優姫さんにその全てを話した。
優姫さんは途中途中暗い顔をしていたものの、最終的には「後でキス五回だからね!」と満面の笑みで早速一回を消費した。
未だに優姫さんとの距離が近いだけで緊張するのに、キスを五回なんてどうも耐えられる気がしない…けど、幸せそのものだ。
「お風呂一緒に入らない?」
「うーん……」
「わがまま聞いてくれるって約束でしょ?」
「わ、分かった……」
細かく言えば『明日』って約束だったけど、美月の想いの形を知って、逃げてばかりじゃだめだと思った。
「水着着とく?」
優姫さんは「やった!」とかわいく喜んでから、満面の笑みで配慮を見せてくれる。
正直そうしてほしいところだけど、事前に確認を取ってた事とは違う事をしたし、何より不安ではあるだろうから──
「おまかせする」
思わず声が震えてしまい、優姫さんが少し俯く。
「実際にするしないは置いといて、私と結婚したい?」
優姫さんの前置きは、俺が危惧している就職先とか金銭的な事を配慮しての言葉だろうと分かる。
知り合ってからまだ十数日だけど、毎食を共にして、付き合って、デートをして、同じベッドで寝て──それをこれからも続けて行きたい。
「絶対にしたい。」
美月の事はかわいいとは思ってるけど、恋愛感情は湧かないし、水野さんも魅力はあるんだろうけど俺にとってはただの幼馴染。
俺が女性を知らなさすぎるせいなのか、俺は優姫さんとのこの関係、ここから発展した関係しか想像ができない。
「じゃあ、水着はやめよう。」
「う、うん。」
「嫌だったら嫌って言ってよ?無理しちゃだめだからね?」
「嫌とかじゃなくて、緊張が凄すぎて…」
少し焦る優姫さんを安心させるために俺がそう言うと、優姫さんは俺の左胸に耳を当てる。
「ほんとだ、やっぱり敦人はえっちだね──」
「え?」
優姫さんの唐突な呼び捨てに、鼓動が更に早くなる。
「敦人──今日の私、ちょっとおかしいかもしれないけど、わがまま聞いてくれる?」
優姫さんは、ギリギリ聞こえるくらいの小声でそう言いながら、いつもより少し強めに抱き着いて来る。
「うん。なんでも聞く。」
「じゃあ、優姫って呼んで?」
「ゆ、優姫…」
「私の事好き?」
「うん。大好き。」
「私と結婚したい?」
「うん。絶対にする。」
「今日の私、えっちな事考えてるけど、一緒にお風呂入ってくれる?」
「う、うん……入る。」
「私に襲われちゃうかもよ?」
「今日優姫以外の人から求められた時、恐怖を感じたけど、優姫なら大丈夫みたい。」
「敦人、大好き。」
「「──────」」
「「──────」」
「「──────」」
「「──────」」
それから、お互いに若干の照れを見せながら歩いて脱衣所に到着し、一枚ずつ服を脱いでお互いに下着姿で固まった。
「「み、水着着ない?」」
言葉が詰まるのでさえも綺麗に重なり、どちらからともなく笑い始めた。
「さっきのやつが恥ずかしすぎて…もう無理!」
「ほんとにそう!私に襲われちゃうよって、自分で言っててまじで意味分からなかったんだけど!」
お互いに笑いすぎて「はあ〜」と少し高い音でため息をついた。
そしてしばらく見つめ合い、どちらからともなく頷く。
「「別々でいいよなぁ〜」」
そしてその後は特に何もなく、この日はただ優姫のわがままに従って無事に抱き枕となった。
まだ知り合って──付き合って二週間程だけど、この半同棲生活にも慣れて、優姫への想いは日に日に強まって、特に喧嘩もなく仲良く過ごして…あまりにも幸せすぎる。
カーテンの隙間から差す明るい光に当てられ、目を覚ました。
優姫はまだゆっくりと寝息を立てている。
せっかくなのでスマホに優姫の寝顔を納めてから朝食を作り始める。それにしても、やっぱり綺麗な顔だなぁ…
朝食のスクランブルエッグとちょっとしたサラダが完成し、トーストを焼き始めたところで優姫を起こしに行く事にした。
「起きてー」
カーテンを全開にし、うるさくならない程度の声量で声をかけながらゆっくりと優姫の身体を揺らす。
「白雪姫は、王子様のキスで目覚めるんだよ。」
優姫が目を閉じたままそんな事を言うけど──
「本当は王子の召使いに背中を殴られて目覚めるんだよ?」
俺がそう言うと、優姫は目を開けて頬を膨らませた。こう言う子供っぽいところも好きなところだ。
「まっ寝起きは口臭も酷いし?私の口すっごく臭いから?別にいいけど?」
そう言った優姫はベッドから立ち上がり、「ふんっ」と声が聞こえるような歩き方でリビングまで歩く。
「そんなに怒らなくても……」
「別に怒ってないけど。」
「とてもその言葉通りとは思えないほど、淡々としてるけど……」
「知らない。」
あれ、まじで怒ってる?いやでも、今までにもあったような事で怒るなんてあるのか?
今までのが積りに積もって爆発したとか…?
「ごめん…」
「とりあえずの謝罪なんていらないんだけど。」
「ごめん……」
俺が再び謝ると、優姫は「はぁ〜」と深くため息をついて言葉を続ける。
「敦人ってさ──私がいじけたら本気で怒ったって思っちゃうよねー、そーゆーところかわいくて大好き!」
そう言った優姫は、これまで見てきた以上に蠱惑的な笑みを浮かべる。
「ほんとに怒ってない?溜め込んでるとかじゃなく?」
俺がその不安を口にすると、優姫はこちらに歩み寄って来て手首から先を上下に振る。
それを合図に俺がしゃがむと、優姫の小さな手が俺の頭に置かれ、わしゃわしゃと撫でられる。
「敦人に不満なんてありません!かわいい友達とかわいい幼馴染先輩には嫉妬するけど、私は敦人のものなので、お互いにちょっといいところに就職して結婚して子育てができればいいんです!私、敦人が思ってるより敦人の事好きなんだよ?と言うか、これは愛だね。うん。」
あまりの情報量に俺が固まっていると、優姫は「ふふっ」と笑ってから「朝ごはん食べよっか」と俺の手を取ってリビングに引っ張られた。
歯磨きや寝癖直しを終えて、胡座をかく俺の足に優姫がちょこんと座った状態で映画鑑賞をする。
映画が始まってすぐに優姫が俺の手を掴んで自分の腹部でその手を止め、「なんか、兄妹みたいじゃない?」と満面の笑みを浮かべて振り向いた。
今日の映画はゲーム内に閉じ込められた主人公達が、ゲームクリアに向けて進み続ける作品のヒロインの前日譚のようなものだった。
「いやーまさかあそこで繋がってくるとは思わなかった!」
「ラストの余白も、今後明かされるかもしれないと思うとやばいね。」
そんな感想から段々と話が広がり、気付けば十二時になっていた。
昼食は優姫が作ってくれた。
「そう言えば、今日花火大会あるんだけど、行く?」
「一昨日言ってたやつ?」
「そうそう」
「もちろん行く!今日は絶対寝ない!」
そう言った優姫は「ふんっ」と鼻から強く息を吐き、その意気込みが見て取れる。
「昼寝でもしておく?」
俺がそう提案すると、優姫は明らかに何かを閃いた表情を浮かべてから、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「敦人の膝枕でお昼寝したいなー」
「そんな事だろうと思った。」
「いい?」
「うん、いつでもどうぞ。」
そうして優姫が俺の膝に頭を置き、目を閉じる。俺は何も考えずに、優姫の頭を撫でていた。
「キスしてくれないと寝れないなー」
「えぇ……」
「敦人っていっつもそうだよね、たまには敦人からしてくれても──────ば、ばか…」
思わずキスをしてしまったけど、大丈夫だっただろうか…と言うか、あれだけ煽っておいて照れるなんてかわいすぎるでしょ…
やがて、優姫は「スースー」と安定した寝息を立てて眠った。
改めて「綺麗だな…」と思わされ、無性に頬をつついたり鼻をつまんだりしたくなり、しばらくは耐えていたものの、実行してしまった。
その白い肌は柔らかくサラサラで、触っているだけでとにかく幸せになった。優姫の寝顔も心做しか微笑んでいるようだった。
「──────」
思わず俺は寝ている優姫の唇にキスをしていて、直後に「やらかした…」と頭を抱えた。
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そして、またもや直後に優姫が目を覚まして、焦りが出る。
気を紛らわせるために時計に目をやると、既に十七時となっていて、花火大会開始まであと二時間だった。
「ありがとっ私の王子様」
「起きてたの…?」
「寝てたけど、なんか焦ってるからキスしてくれたんだろうなーって。」
「は、はあ……」
「胸を揉むくらいまでなら、何しても許してあげるから、安心してね?」
「そ、そこまではしてない!」
「しようとは思ったんだ〜」
「思ってもない!」
「それはそれで心に来るけど…大事にしてくれてありがとねっ」
「将来の奥さんを大事にするなんて当たり前だから…」
「ふふーん」
満足気に笑った優姫は、髪を整えて着替えを済ませ、「よし、行こう!」と俺の腕に抱きついて来た。
たった一日これがなかっただけで、初めての時と同じくらいの緊張が俺を襲った。
「これも、胸を揉んでるって言っても過言じゃないんだし、家でならいつでも揉ませてあげるよ?」
この上目遣いへの体制も激減していて、心臓が撃ち抜かれたかのように痛む。
「なんでそんなに落ち着いていられるんだよ…」
「だって、私は意識して敦人に胸を当ててるんだもん。敦人の頭撫でた時も本当は敦人の顔に胸をぶつけてやろうかと思ってたよ。」
「殺す気か!?」
「敦人が揉みたいって思うのと同じで、私だって揉まれたいって思うんだよ?もちろん、敦人にだけだから安心してね?」
「同じ気持ちだ」と言い張る優姫だけど、多分優姫は俺のソレを触りたいとは思わないだろうし、俺もソレを優姫に触られたいなんて思わない。
「まあいずれ致すんだし、時間が解決してくれるものだろうから、私は気ままに待つよ。友達も流れが大事って言ってたし!」
「どんな友達だよ……」
そう言えば俺は、優姫の友好関係を知らないな。優姫にどんな友達がいるのかは、かなり気になる。
「葵と萌々香だよ。あの二人とは中学生の時から一緒だから、昨日色々聞かれたんだよねー。」
「意外すぎる友好関係…」
第一印象のせいか、あのギャル中のギャルと友達とは、考えてもみなかった。
「おいおい、またお前らかよ…」
「イチャイチャしやがって!」
噂をすればなんとやら、とはよく言うけど、本当にそんな事があるとは…
「いいでしょ〜」
出会い頭で優姫の頭をくしゃくしゃと撫で回す葵と萌々香に、満面の笑みで優姫が自慢をしてくれる。
「ところで君。うちの優姫のどこが好きなのか聞いていいかね。」
「うちの娘はそう簡単には渡さんからな!」
葵と萌々香がそんな謎目線で質問をしてくるけど、優姫が「答えなくていいからね?恥ずかしいし…」と言って両手を使って葵と萌々香の口を塞いだ。
これは「言ってくれ」って意味だろうと解釈して、俺は口を開いた。
「見た目は美人なのに、意外とわがままで甘えん坊でイタズラ好きで恥ずかしがり屋でかわいいところ。あと、家事全般が上手でしっかりと自分の考えを持ってて、運動が苦手なところ。あと、結婚し──」
そこまで言ったところで、何故か優姫にキスをされた。
「ふふーん、見せ付けてくれるじゃん。」
「これ、私達怒っていいやつだよね?イチャイチャのみならず、いきなりキスだとよ。」
優姫は耳を真っ赤にして「ち、違くて…」と声を震わせながらも言葉を続ける。
「恥ずかしいから敦人の口を塞ぎたかったけど、両手は二人の口に当たっちゃってるし、関節キスになっちゃうから……で、だから、その──敦人のばか……」
なぜ着地がそれだったのかは分からないけど、不覚にも「かわいい…」と声が漏れてしまった。
「おい!お前らわざとやってるだろ!百年くらいイチャついてから爆発しやがれ!」
「幸せの海に溺れてろ!」
「「じゃあな」」
葵と萌々香は、怒りなのか応援なのか嫉妬なのか、よく分からない感情を言い放って去ってしまった。
「わ、私は敦人のかっこよくてちょっと脱力感のある見た目も好きだし、そのくせしてちゃんと筋肉があって膝枕が硬すぎるのも好きだし、わがままを快く聞いてくれたり私の嫉妬に気付いてくれる優しさも好きだし、ゲームとかアニメに夢中になってるところも好きだし、恥ずかしがり屋でかわいいのは敦人の方だし、でも一番大好きなのは、敦人からのキスとか敦人からのデートのお誘いとかで、敦人から何かをされると、私固まっちゃうらしくて、だからセッ──────うぅ……」
「と、とんでもない事言おうとしてたから、つい……」
「手でよかったじゃん…」
「そ、それはさっきの仕返しも込めてだから!」
「うぅ…」
咄嗟なところでも、優姫は自分以外の女の人と俺の関節キスを許さない。そんなかわいすぎるとこを見せられて、好きなところを並べただけであんなに焦るなんて、俺には想像もつかなかったけど、実際二人きりの時以外にやられると焦りは半端じゃなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます