隣に引っ越してきた学園祭ミスコンの優勝者が、やけに俺を頼ってくる。
ジャンヌ
第1話 嘘つき
【白咲祭】
そう書かれた看板には、やはり違和感を覚える。
夏休みまであと一週間というところで学園祭なんて、有名レーベルのイベントじゃあるまいし、季節外れだ。
準備期間的にはなんの問題もないけど、入学又はクラス替え直後から準備が始まるのもそうだし、受験シーズンに当てて志願書提出前の児童の印象に残るつもりもないと言う、あまりに時期を考えて無さすぎる開催だ。
俺はそんな事を考えながら出し物のメイドカフェをやり遂げて、同じ班で準備を進めてきた男女含め五人の友達と校内を回る。
ほか五人がミスコンを見に行くと同意して、どっちでもよかった俺は取り敢えず着いて行く。
「やっぱり、りこ先輩でしょ!あんなかわいい顔で大きい胸で優しいなんて──包まれたい…」
「みゆきさんだろ!歳上のあんなかっこいい女性に睨まれてみろ!どう考えても最高すぎるだろ…」
奏斗と理久が優勝者を予想する光景を見て、葵と萌々花が軽蔑する眼差しを送る。
「敦人は誰が優勝すると思います?」
サラサラな茶髪ボブに、若干の歳下っぽさを感じさせるルックスの女子生徒──斉藤美月が、俺の方を見上げて質問をする。
「三年で生徒会長だし、水野さんかな。」
水野彩葉さんは、セミロングの黒髪を扇風機の風に靡かせながら、大きめの丸メガネを右手人差し指で押さえる。
直後、水野さんがノースリーブのセーターを脱ぎ始めたと同時に「おぉ……」と体育館が揺れる。
水野さんの気持ちにもなってみろ…セーターを脱いだだけで歓声が上がるって、かなり気持ち悪いだろうに……
「確かに、学園のヒロインって感じですしね!」
「うん。先輩と絡みがない俺でも水野さんを知ってるくらいには知名度があるし、逆に言えば他の人は全員知らないからね。」
「やっぱり、部活には入らないんですか?」
「うん。空いてる時間は趣味とかバイトとかに費やしたいかな。」
「そうですか…素敵です!」
「面倒な事から逃げてるだけだけどね。」
俺と美月がそんな話をしているうちに次の最終審査開始のアナウンスが入り、体育館には沈黙が訪れた。
なんとはなしに眺めていると、舞台袖から候補者が次々と出てきてそのまま階段を降り、観客の座る席の周囲をゆっくりと歩く。
ランウェイではないからか、候補者は笑顔で手を振ったり、胸元をアピールして支持を得ようとしている。
やっぱり、人のこう言う姿を見るのはつまらないな。
そんな事を思いながらもボーッと眺めているが、気付いた時にはたった一人の候補者を目で追っていた。
胸元に付けられた名札には「一年二組樋口優姫」と書かれていて、ダークブラウンのロングヘアが歩みを進める度に靡き、無表情の美しい顔からは少しの威圧感が発せられ、細い肢体はまるでモデルのようだった。
かわいく振る舞う訳でも、色気を醸し出す訳でも、決して気取っていないその出で立ちに思わず息を呑んでいた。
「さあ!いよいよ待ちに待ちに待ちに待った、ミス白咲コンテストの順位発表の時間がやって参りました!」
司会のその熱の入った声が響き、体育館には歓声が轟く。
そして三年一組から一年七組まで候補者が横に並び、心做しか舞台が輝いているように見えた。
「それでは早速、第三位からの発表です!第三位は──」
司会者がタメを作ると体育館には再び静寂が訪れてドラムロールが流れ出し、舞台には光の柱が右往左往し始めた。
やがてドラムロールが止まり、司会者が深く息を吸う音が体育館中に広がる。
「──二年五組、澤谷りこさんです!おめでとうございます!」
発表と同時に光の柱が澤谷りこさんと思しき方に差し、体育館は拍手と歓声に包まれ、ところどころから「俺にとってのナンバーワーン!」とか「いちばんかわいいよー!」とか聞こえてくる。
正直、本人からしたら虚しいだろうし、他候補者からすれば笑い物だろう。
「第三位と言う結果ですが、今のお気持ちはいかがでしょうか」
司会者が澤谷りこさんにマイクを向ける。
「まずは応援や投票をしてくれた方、ありがとうございます。また、普段は表に立たない私を候補者として選んで下さった運営陣の皆さんもありがとうございます。私はこのように半ば強制的でなければ、表に立たないまま終わる人生だったと思います。一位を取れなかったのは悔しいですが、この場に立てた事を嬉しく思います。本当にありがとうございました!」
いい言葉だなと思うのが普通なんだろうけど、一年生の俺からすると特に何も感じない。
「配点は第一審査の料理が百点、第二審査のダンスが七十五点、最終審査が八十点、観客投票が六十票の計315点で三位でした!改めておめでとうございます!」
体育館には拍手の嵐が巻き起こり、司会者の「続く第二位は──」と同時に再び静寂が訪れてドラムロールが鳴り、光の柱が右往左往し始める。
「──三年一組、水野彩葉さんです!おめでとうございます!」
司会者のテンションは三位の時と変わらないが、体育館ではどよめきが起こっていた。至る所から「水野さんが二位ってまじ?」「集計ミスだろ」などとちょっとした騒ぎになる。
凹凸に富んだプロポーションと学年一位の座を一度も空け渡さない学力、スポーツも万能で努力家、多くの楽器が演奏できて少し天然。そんな水野さんが二位となったんだから当然とも言える光景だ。
「皆さんお静かに!」
すると、マイクを通してスピーカーから水野さんの声と共にハウリングが流れて、場が一気に静まる。
「私は一位です──じゃなくて、私の心の中では一位です?んーよく分かりませんが、ミス白咲コンテストで一位になったからと言って何か利益があるんですか?私には一位に固執する理由がありませんので二位でも大満足です。セーターを脱いだだけで歓声が上がるってかなり寒気がするんですよ?マジでキモイです。」
とんでもない毒舌を飛ばして「はい、終わり」と微笑んで司会者にマイクを返す。
体育館にいる人全員の頭からはてなマークが出ていてしばらく沈黙が訪れたが、司会者の「さ、さあ!そしてついに、ミス白咲コンテストの優勝者発表です!栄えある第一位は──」
三位の時は言ってた配点はいいのかよ。と思いつつ、ドラムロールと光の柱に気を取られる。
「──一年二組、樋口優姫さんです!おめでとうございます!」
司会者の発表と同時に体育館の至る所から風船と紙吹雪が飛び、拍手に包まれてこそいたが、「誰?」「しらねーよ」とキツめの言葉が飛び交う。
さっきざわついて、水野さんに怒られたのをもう忘れたらしい。ダチョウかよ。
「それでは、今のお気持ちをお願いします。」
司会者がマイクを渡すと「どうでもいい。」とだけ言ってマイクを突き返した。
「は、配点は第一審査が百点、第二審査が百点、最終審査が百点、観客投票が五十票の計三百五十点でした!改めてミス白咲学園は一年二組、樋口優姫さんです!おめでとうございます!」
そして他候補者の順位と得点がモニターに映され、観客はすっかりいなくなった。
「まさか一年生が優勝するとは…でも、めっちゃ綺麗な方でしたね〜」
美月がそう呟くと、葵と萌々花が「うんうん」と強く同意し、奏斗と理久はそれぞれ推していた先輩に思いを馳せる。
「にしても、生徒会長のあのキレ方すげぇ怖かったな…」
「普段の集会じゃ天然ってイメージだったけど、やばかったな。」
奏斗と理久が水野さんのあの発言に恐怖していると、葵と萌々花がその二人の肩を叩いて「女が本気でキレたらあの程度じゃ済まないから」とにこやかに言ってみせた。
無関係の俺まで少し怖くなる。
「そう言えば、敦人は誰に投票したんですか?」
少し間を開けてから、美月がそんな事を聞いてきて、「それ俺も気になるわ!」「誰よ誰よ!」と五人から獲物も狙うチーターのような顔で迫られる。
「樋口さんに入れたよ…」
普段自分から発言する事がないから、こう言う時には話さざるを得なくなる。
「決め手はどこ!?」
「無駄にアピールしてなかったと言うか、自信が見て取れたって言うか…と言うより、水野さんと樋口さん以外は名前も知らなかったから、投票が少なさそうな方に入れただけ。」
「おい敦人、こう言う時は好きだからって言うのが男なんだよ!それが何を──って、敦人が他クラスの人を覚えてるのって水野さんだけじゃなかったんだ…」
「確かに!中学同じだったとか?」
「いや、違うけど。」
「「「「じゃあなんで知ってんの!?」」」」
「分かんないけど、覚えてた。」
全くの嘘だ。樋口さんの名前はあの場で知ったけど、さすがに人間味が無さすぎると思って脚色したけど、バレたか?
「なんじゃそら!」
奏斗のそのツッコミで俺への質問攻めは終わり、なんとか助かった。
一段落してスマホに目を落とすと、美月から『嘘つき』と白いキャラクターがそっぽを向くスタンプと共にLimeが届いていた。
見た目もあるけど、美月のこう言う行動が歳下っぽさを感じて少し妹のように扱ってしまう節がある。
俺は『黙っててくれてありがとう』と返して教室に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます