意味が分かると怖くない話

森林梢

意味が分かると怖くない話

「【意味が分かると怖くない話】があるんだけど、聞きたくない?」


僕が用意したコーヒーをすすった後、田中は言った。

首を傾げてき返す。


「【意味が分かると怖い話】じゃなくて?」

「お前、そういうの苦手だろ? だから、【最後の種明かしまで聞けば安心できる話】を用意したんだ。それなら、お前も楽しんで聞けるかと思ってさ」

「へぇ、面白そうだね。聞かせてよ」


求めに応じて、彼は軽快に語り出す。


「ある所に、一人の男性がいました。彼の仕事はタクシードライバー。昼夜問わず、いつも忙しく働いています」

「ふむ」

「ある日の夜。彼は、一人の女性を後部座席に乗せました」

「ほう」

「女性は白装束に身を包んでおり、何故か裸足です」

「……」

「彼女はタクシードライバーに尋ねました。『最近、この辺りで、タクシーにかれて人が死んだのをご存知ですか?』と」

「……」

「ドライバーはドキリとしましたが、冷静を装い、『あぁ、知ってますよ。同僚から聞きました』と返しました」

「……ふむ」

「すると、長い沈黙の後に、女性が言いました『私、犯人、知ってるんです』」

「……」

「彼女は、タクシードライバーの背後から、その首に両手を回し、叫びました。『お前だぁぁぁぁぁぁ!』」


そこで、一呼吸入れる田中。


「で、ここからが種明かしな」

「う、うん」

「その女性は、幽霊じゃありませんでした。っていうのがオチ」

「……幽霊じゃない方が怖くない?」


僕の指摘に、田中は首を傾けた。


「え? そうかな?」

「ちなみに、その女性の正体は?」

「タクシーに轢かれた男性の奥さん」

「怖いって」


渾身の力作が不発に終わったからか、田中が渋面を浮かべる。


「ごめん! もう一回、チャレンジさせて!」

「えー……」

「これは、有名な【意味が分かると怖い話】のパロディだから! 絶対に大丈夫!」


押しの強さに負けて、話を聞くことに。


「ある所に、二人の男が立っていた。片方の男は、ボーっと突っ立っている。もう一人の男は、ブツブツと独り言を呟いている。便宜的に、突っ立っている男をA、ブツブツと喋っている男をBとする」

「……ふむ」

「しばらくして、Aが、Bの奇行に気付いた。何をしゃべっているのか、少し気になり、耳を澄ます」

「ふむふむ」

「男は掠れた声で『鶏』と言った」

「……」

「数秒後。今度は『人』と言った」

「……」

「更に数秒後。今度は『豚』と言った」

「……」

「そのまた数秒後。今度は『牛』と言った。ここで耐えかねて、AはBに尋ねた。あなたは一体、何をしているのかと」

「……」

「男は答えた。『私、目の前にいるヤツが、前日に何を食べたか、分かるんですよ』とな」

「……」

「さて、ここからが種明かしだ」


田中が喉を鳴らした。

正直、この話自体は知っている。

【人間を食べている奴がいた】という部分が恐怖のポイントだ。

つまり、注目すべきは、【ここからどうやってズラすか】である。


「実は、彼らは動物園に来ており、目の前を通り過ぎたのはライオンだったから、人間を食べていたとしても不思議じゃない。って話」

「いやいや、怖いって」

「あれ? これも駄目?」


二連続の不発。どんどん田中の表情が曇る。



「もう一個だけ、聞いてくれ」

「……いいよ」


彼は安堵の面持ちを浮かべた。


「ある所に、古びた廃墟はいきょがあった」

「ふむ」

「そこはいわくつきの物件で、時おり『助けて~、助けて~』という子供の声が聞こえるという噂があった」

「……ふむ」

「でも、結局そこには人間しかいなかった。っていう話」

「怖い怖い」


あきれ交じりに僕が言うと、田中は慌てて付け加えた。


「待て待て。よく考えろ。【『助けて~』と言っている】っていうことは、まだ生きてるってことだぞ? 怖くないだろ?」

「つべこべ言ってないで助けろよ」


と、僕が注意した瞬間、田中は胸元を抑えて床に伏せた。


「うっ、く、苦しい……!」

「……ふむ」


ようやく、コーヒーに入れた睡眠薬が効いてきたか。てっきり、偽物を掴まされたかと思った。よかったよかった。

安堵しながら、僕は彼が永遠の眠りに落ちていく様を、ただただ見守った。



夕食を摂りながら、田中の部屋に置かれたテレビを点ける。

【衝撃映像100連発!】みたいなテレビ番組が、画面に映し出された。

動物園のライオンが、飼育員に襲い掛かる映像だ。思わず目を瞑る。


「ライオン、怖いな~」


田中の生姜焼きを頬張りながら愚痴る。


「人間が人間を食べるより、よっぽど怖いと思わないか?」


首だけとなった田中に尋ねても、返事はなかった。


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