③"00RE : Peace(ラヴリィ:ピース)"
平沼 辰流
プロット
タイトル: ③00RE : Peace(ラヴリィ:ピース)
〇参考作品:
WALL-E(映画)、タイムマシン(映画)、ナツノカナタ(ビデオゲーム)
〇世界観:
外宇宙への移住計画が完遂して数千万年後、もぬけの殻になった地球が舞台。
生命活動すべての電子化によって生活が安定し、変化のスピードは極端に遅くなったものの、数千万年の時を経て文化の担い手がヒトから人工生命体へ移行しかかっている状況。
荒廃しきった現実次元(レイヤーゼロ)とは別に、完全にデータ化したサーバー上の仮想世界(レイヤーワン)があり、生き物の大半はそこで生活している。
〇主要キャラ:
・クォータ・ハンチバック三世
「インドア連中に外はキツいのだろうさ。こんなにも眩しいからのう」
主人公。レイヤーゼロの実体サーバーを保守・点検するために生まれた人工生命。
黒いイエネコを模した物理ボディと、大正女学生風のアバターを使い分ける。センスや口ぶりは古めかしく、尊大。情報は自分さえ納得すれば良く、他人に説明する気はない。
口調や性格は中性的(艦これの利根?)。
ユーモアをにじませるが、ウケは考慮していない。性徴前の子供よりも、性と成長力を失った老人を意識すること。このキャラは成熟しており、変化できる余地はない。土が涸れ、フタをかぶせたテラコッタの鉢植え。
役は探偵。ホームズ(シャーロックホームズ)、京極堂(京極堂シリーズ)。
quota。分け前。おこぼれ。
感情表現は豊かだがすべて相手に合わせる。プライヴェートのキャラを持たない。会う人によって印象が変わるタイプの人種。眺める分には楽しい不思議ちゃん。
・ノルマ
「鏡なんて信用しちゃダメですよ。あんなの右と左すら間違ってるんですから」
レイヤーゼロの案内人。自称・地球最後の歩兵。アバターは青いパーカーをかぶった金髪碧眼の少女。レイヤーゼロでは軍用義肢をツギハギした甲冑のような姿で活動する。
人間にコキ使われた過去から自分以外を下に見ており、機械相手でも客として接する。外面は従順で善人だが、クォータ以外と踏み込んだ関係にはならない。器は大きいが浅い。「どうしておまえは」というより「私はこんなに」と怒るような人種。90年代パンク少女。いつも使ってるパスタ皿。
役はメンター、語り部。ワトソン(シャーロックホームズ)、アロナクス教授(海底二万マイル)。
norma。割り振られた義務。
博識ではあるものの事物を客観的に捉えるような広い視座は持っていない。本人のステロタイプで物を語り、読者に作中の常識とストーリーの現状を呈示する。
・ラスティ
「世界は広い。しかし有限だ。それだけでいつか飽きるには充分じゃないか」
地球最後の人間。クォータの生みの親にして、「元・飼い主」。
人間の文化の限界を感じ、次代への知性の解放を考えて今回の騒動を計画する。彼にとってはすべてがナンセンスで、ただ興味か研究の対象というだけ。別れたら五秒で相手の名前を忘れる感じの人種。
自分含めて万物は既製品のツギハギとして捉えている。底の抜けた骨董品。
役は狂言回し。烏丸所長(仮面ライダー剣)、天馬博士(鉄腕アトム)。
rusty。錆び切った鉄。それかlasty。最後の人間。一人だけ輪から外れているので命名規則からも外れている。
読者の常識を踏みしだき、動揺させる。セリフは必ず引用させること。彼は自分の言葉で語らない。彼にとって個人の経験則や大衆の直感は等しく独りよがりであり、無価値である。
・シェア
「宇宙にも上下はあったよ。……地球基準だったけど」
墜落した大気圏防衛システム。墜落で身体を失い、今は人間用の義体を使っている。イメージは九曜(エスケヱプ・スピヰド)。アバターはトレンチコートを羽織ったストリートチルドレン。
宇宙の危機を伝える一方で、それが意味の無いことだとも知っている。ただ目的のない自分に焦っている。基本的に動機は逃避。ただし自暴自棄になれるほどの度胸はない。自分からも逃げる。勝手に割れて放置されたままの茶碗。
「ロボットが読むと狂う本」により敵が現れることを期待していた。決断しなくとも動く理由が出来るため。本作は彼が覚悟を決めるまでの物語となる。
役はベイビーフェイス。番組初期のアムロ(機動戦士ガンダム)
share。分け与えられるもの。
読者の感情移入先。善人で好かれるが、それだけ。当作ではあくまで決断と行動に対する報酬として結末を迎えさせること。
・LR(レディ・レッド)
「変わったことをおっしゃるのね。でも聞き飽きちゃったの、それ」
偵察UAVの生き残り。チタン製の飛竜のような見た目をしている。人類が消えたあとの世界を何千周も見て回り、あらゆることを経験していると自負している。
同じく世界に退屈している(ように感じた)ラスティに強いシンパシーを一方的に感じて殺害。その後、彼の革命計画を知り、今回の事件を実行する。
クォータの対極。本人だけ理性的だと思い込んでいる感情だけの人種。時代遅れになっても使われるキャラものの弁当箱。
役はヒール。ヴィランやダークヒーローではない。邪悪なのではなく、ただ無邪気。
left, right。右往左往。
彼女に一貫した芯はなく、そのときの感情を拡大解釈しているだけ。魅力的だが、よく会話を読み返すと責任の伴わない伝聞と感情論で出来ていることに気が付く。そこを読者に気取られないよう、上意下達を意識して描写すること。
〇物語構成
全6章にプロローグ・エピローグを足した10万字前後の物語を想定
・プロローグ 「蝉が鳴いていた街で」(5000字)
独白。「かつて一日は二十四時間だったらしい」ある人間が教えてくれた。
『オオカミ』と対峙するクォータ。機械装置のパーツがでたらめにくっ付いたニセモノ。きしむ身体から宇宙服特有のトーストに塗ったジャムのような香り。
未熟な相手。クォータは武器のスタンショッカーで簡単に倒す。
倒した相手を検視しながらティータイム。手の構造のせいでフタを回すのに苦労する。イエネコ用の水筒が作られる前に人間は消えた。
辺りを見渡す。かび臭い街。植物も消え、真菌に覆われた『湿った世界』。
崩れたケイ素のビルから『ドラゴン』が降りてくる。
赫の婦人、LR。「今日は独りなのね」前から話しかける機会をうかがっていた。
クォータ、レイヤーゼロの機械を修理する『物理屋(フィズ)』と自己紹介する。リアルな夕焼けが好きで外に出る変わった古風な趣味人。
LRからは流星の話。昨日、人工衛星が落ちた。
「つい五百万年前なら飛行機も宇宙船も毎日のように落ちていた」とクォータ。
LRと別れたあと、助手のノルマが到着する。
旧海兵隊仕様の空っぽのアーマーを使った身体。中身のないヘルメットがあいさつ。
「オオカミ」を検めるノルマ。埋め込まれているのは人工衛星のパーツ。第八紀の製品。甘い香りのことを話すクォータ。宇宙服のニオイだ、とノルマ。
オオカミの身体からフライトレコーダーを取り出し、帰るふたり。
三十分進んだ時計のことをノルマが指摘する。クォータの愛用の懐中時計。
「昔(の地球)は二十四時間で回っていたのだ」
・一章 「博物館のポエタスタ」(9000字)
今日の季節は秋らしい。毎日変わる仮想の空。窓に貼り付いたカエデの葉。
お気に入りのリボンを引き出し、髪を結ぶ。新しいブーツで展示室を歩き回る。床を蹴るたび鼻につく靴墨の苦い香り。閑古鳥の博物館。来客はない。
後ろで事務室のドアが開く。ノルマに別れを告げるクジラ頭のアバターの来客。
ノルマ、「館長。今朝はいかがしますか」
フレンチトーストを所望するクォータ。
朝食。サラダとよく合う甘くないフレンチトースト。
オオカミの正体は墜落した人工衛星。自己修復装置が暴走して、めちゃくちゃに再構成されていた。第八紀2400年製。最後の地球脱出が行われたときの余剰生産分。勤続二百万年の警備ロボ。
階上で足音。「なるほど」とクォータ。
蹴破られる扉。ぼろぼろの服を着た少年が拳銃を構える。
「ここはどこだ」
「食卓だね」とクォータ。分けておいたフレンチトーストを見せる。シェアの腹が鳴る。椅子を引くノルマ。
自己紹介するシェア。嘘だらけのプロフィール。
送られたテキストを読んだら意識を失い、暴走した。調査してほしい。
文面を見て沈黙するクォータ。知っている文章。
食後、博物館の中庭を散歩するクォータとシェア。この青年は本が好きではない。何を読んでも嘘か時代遅れの知識だけ。テキストは小説形式だった。言葉を濁すシェア。
リアリストだな、とクォータ。純粋に褒めている。「私も本は読まない」
戻ると背広を着たカメラ頭の男。内部(インナー)セキュリティ課のエージェント。
データを探している。例のテキストと同じ出だし。
「科学者のデータが消えた。殺されたんだ」
アポを取って、今日会う予定だった。
夜。死んだ学者(ラスティ)の遺稿をすべて圧縮し、宇宙の墓地衛星に送る。
「素晴らしいやつ。最期まで人間らしさを持った生き物だった」
クォータ、『遺作』のコピーを丸める。シェアが読んだ文章と同じ。今日、世界最後の『作家』が死んだ。
・二章「夢人衛星が見た天球」(1万4000字)
科学者「ラスティ」との最後の会話。
「本とは作者の知ってる言葉と調べた言葉のツギハギ」
身体の細胞と同じように、文章を構成する言葉も有限個。オリジナリティは、「受け手が幸運にも知ってなかっただけ」。人類はこの歴史であらゆるパターンを知ってしまった。
執筆中の文章。ラスティ、「世界を変える本」
クォータ、首を振る。
「核でもブラックホールでも世界は変わらなかった。たかが本一冊じゃ無理だ」
起床。夜に備えて大量のコーヒーを沸かすノルマ。クォータは資料の整理。
外から銃声。シェア、中庭で射撃を練習している。
「彼、物理ボディは残っているか?」とクォータ。
無い。射撃訓練は気晴らし。軍用衛星だからあれしか楽しみを知らない。
生前のラスティに会った人間がいた。
ノルマがサイバースペースで話を聞きに行くあいだ、クォータはレイヤーワンの街を散策する。
信号を待っていると真っ赤な旅カラスが隣に立つ。LRのアバター。
「科学者殺しを探しているそうね」
科学者は嫌いなLR。
ニンゲンは色眼鏡で世界を見ている。彼らは言葉で何でも単純にしてしまった。世界はフクザツなままで充分に素晴らしいのに。「なるほど」とクォータ。
「きみの世界は広いようだね?」
「私が小さいだけよ。まだ、ね」
LRはトコトコと歩いて化粧品店に向かう。
帰宅。ノルマは退屈そうに小説を読んでいる。センスの無い言葉選び。「ハムのような顔」という『宝島』の表現が大嫌い。肉を肉で喩えるな。「嬉しそうに笑う」に至っては本を壁に叩きつけたくなる。
シェアが不安そうに本棚を見る。「無毒だ」とクォータ。ウェストールがおすすめ。調理されたフグみたいに読者が傷つかないよう慎重に書かれた本。
夜。シェアが眠ったあとでノルマがクォータを呼ぶ。
科学者の前著。四年の開きがある。「テーマも文体も同じなのに違和感がある」
「セディメントの空。雨上がりのぬかるみに垂らしたオイルのような滲み。」見慣れない虹の表現。
「これ、別人が作者のフリをして書いてるんじゃないですか?」とノルマ。
・三章「虹とセカイの複雑系」(1万6000字)
シェアという兵器の履歴を探るクォータ。
ネコの姿で朽ち果てた空港に行き、クモ型の管理ロボットと話し合う。
「初めの三百万年は真面目に管理していた」とロボット。
チリひとつない青い空。すっかりデブリ掃除も終わり、人間たちからの定期連絡も途絶えた。宇宙に出る理由が失われ、どうでもよくなった。
折れた発射台によじ登るロボ。
こんな地上のことも知らずに、今日も衛星兵器たちは帰ってこない人間のためにパトロールを続けている。彼らを馬鹿だとは思わない。任務から逃げたのはこっちだ。
こいつらは変わったのだな、とラスティを思い出すクォータ。
テキストのデータを渡すクォータ。「おたくの打ち上げた衛星兵器が拾った本だ」
知らないな、とロボ。表紙をめくって、「宇宙産だな?」
紙の隅に通し番号。8228から始まるのは人工衛星が送信したデータ。
空を見上げると、赤みの差した西空に棚引くほうき星。最近、多い。メカの寿命だろう。訊ねても返されるのは位置と運動の情報を告げる二行の情報だけ。
「変わらないと思っていた」とロボ。「その時計も替えたらどうだ?」
クォータ、あいまいに笑う。彼(彼女?)は変われない。
帰るとシェアが今日もターゲットを撃っている。
番号のことを告げるクォータ。動揺するシェア。
『ロボットが読むと狂う本』の話。どこかから送られてきた。空では衛星がどんどん狂っている。
攻撃かもしれない。解析してくれ、とシェア。
ノルマが帰宅。「ゴーストライターの目星をつけてきたが、どうも違う」
人間というのはしょせん個人。生涯で得られる知識は有限で、必ず偏りがある。チンパンジーがタイプライターを殴って書いたわけじゃない。人間の出した文章はもっと規則的で、幅が狭い。
ラスティと同じことを言っている。驚くクォータ。
だが、とノルマ。この本の言葉はツギハギじゃない。生きている。
どいつも「ランダムの幅から外れている」。図書カードをデスクに差す。一生でいちばん本を借りたかもしれない。
ノルマが指をひと振りして開かれる本のページ。
ノルマ、「世界ぐらい飽きるくらい救ってきました。衛星ひとつ、椅子の上だけで解決しますよ」
ノルマが読むあいだ、クォータたちは展示スペースを巡る。錬金術師が振ってペストを防いだワイン瓶。「人間はどいつも同じ壊れ方をするから直せる。それが医療」
史上初めて作曲されたアシ笛の譜面。譜面により、人類は初めて知識と芸術を複製できるようになった。芸術と科学の境目がなくなり、最後は個性も複製可能に。
「だがネタ切れした」とラスティからの引用をするクォータ。仮想世界での停滞へ。
世界のどこかでは、別個体だが同じ「クォータ」が同じように今も活動している。
「誰でもやれたのに、あんたはどうしてここを選ぶんだ?」とシェア。
クォータは無意識にひげのある位置をつまむ。展示室の柱の研ぎ痕。世界一賢かったネコの伸びすぎた爪。先代のハンチバック二世。初代は世界一勇敢なネコだった。
「強いて言えば恩返しだ」
レイヤーゼロの探索拠点。輪にしたロープをきゅっと締めているノルマ。
「風を止めてました」古代魔女の儀式。明日は旅。
ノルマ、旅装束の埃を落とす。
ガンベルトにずらりと並んだ錬金術の瓶。火薬、塩酸、重曹。「銃、病原体、鉄を抑えれば大抵の人間には勝てる」
クォータの身体に合わせて防塵マントを仕立て直す。SPF60のUVカットクリーム。
ひび割れたかばんにワックスを塗っていると、LRが訪ねてくる。
「昔のことを覚えている?」
灰色だった空。濁った海。カラカラに寒く乾いた大地。
今は湿ったカビと真菌に覆われて紫色に輝いている。
結局、たった十万年でレイヤーゼロの世界は復活した。自然は気遣われるほどヤワじゃない。生き物抜きでも地球は回れた。
「虹を見たのは三千万年前が初めてだった」とクォータ。
七色に光ってて綺麗だった。『知ってる通りのたった七色』だったのに。
・四章「地雷原の中心で棄械は歌う」(2万1000字)
荒野を歩くクォータたち。シェアが転ぶ。ホビーロボットの設計を流用した義体。アバターを模した人体。「戦車のアバターを使うんだった」噴き出すクォータたち。
地雷原の電子標識の前で膝をつく大型重機。目当ての人物。
「まだくたばってなかったのか?」
サンダース大佐(カーネル)。フライドチキン売ってそうな名前。
地雷処理が終わらない。概念地雷。除去方法が見つかってないから放置している。
「おかげでレイヤーワンから出るいい口実になる」
大佐はかつてのラスティのサポートAI。筐体には彼のデータが残っている。
大佐が趣味で作ったプログラム。『逆執筆AI』。
本や論文、絵を解析して、作者が意識していない『元ネタ』まですべて洗い出す。当時は『オリジナル』のものをつくる学者や創作者どもにどつき回された。だから主人に似て芸術家嫌い。
「ロボットが読んだら狂う本」を解析。引用元は第一紀の超古典ばっかり。
何か言いたげな大佐。「ハリソン・フォード好きで『フランティック』を観てないやつは三流以下のニワカ野郎だ」とクォータ。ラスティの決まり文句。大佐、寂しそうに笑う。
外で枯れたキノコを燃やして焚火するクォータたち。大佐は地雷の探知に。
シェア、顔が浮かない。向かいでロボ用の電離スープを作っているノルマ。
解析結果が出た。謎の文章を使う箇所。「虹」という執拗な表現。
「かつて虹はたったの七色だったらしい」とクォータ。
今は1620万色で表現できる。人間には理解できない感覚。
解像度の高いロボットの目にしか通用しない表現。
向かいにアンドロイドがやって来て腰を下ろす。
ヒト型の兵士タイプ。赤い一つ目がぎらつく。
「旅をしている者です」とアンドロイド。作り話を聞くのが趣味。地球最後の『読者』。
10年もあれば世界を歩いて回れる。今は1820周目。
誰でも簡単に全知になれる時代。調べたら出る、歩けば行ける。
「個性とはむしろ、欠損がかたち作るのではないでしょうか」
「知らないから作れる、無いから求める。そこに物語ができる」
自分たち全知のロボットには物語が作れない。ゆえに先に進めない。
部外者にしては知り過ぎている。
シェアが腰の拳銃に触れる。クォータ、ノルマに合図を送る。
撃つノルマ。アンドロイドの方が早い。ノルマ、肩を貫かれる。
後ろからシェアが射撃。合わせてクォータ、スタンショッカーをぶつける。
センサを壊されたアンドロイド。ノルマが吹き飛ばし、地雷を踏んで爆発する。
大佐が残念そうにやって来る。
「最後の地雷だった。明日からはデスクワーク」
「有休を取ればいい。今さらどうせ大した仕事じゃない」とクォータ。
・五章「エクスマキナの夕暮れ前」(1万3000字)
甘くないフレンチトーストを持って中庭に行くクォータ。
シェアが本を読んでいる。第二紀の大ヒット小説。サングラスで映像を再生している。文章はほとんど死滅した時代。
英語が嫌いだった、とクォータ。アイアイとサルみたいに。日本語だったら簡単に主語を抜ける。名詞だって好きな場所に置けた。グラスを外して、テーブルに置くシェア。
「ヒーローに憧れていたと言ったら笑うかい」
宇宙は何もなかった。上下だけ。武器はあった。地上にまで届くレーザー砲。
敵はいない。味方に話しかけても二行ぽっちのメッセージで名前と軌道の情報が返ってくるだけ。「俺はここだ。ぶつかるんじゃねえぞ」の意味。以上。
隣のスパイ衛星が壊れたときは、白状すると嬉しかった。
「敵だ! やっと戦っていい敵が来た!」
しかし文章相手にレーザー砲は役に立たなかった。とっくに時代遅れになっていた武器。最後は自分もやられて墜落した。
「あのロボット野郎は正しい。物語を求めている俺はいつも足りてない」
クォータ、いきなりスカートをめくって足を見せつける。
「世界一速い動物は何か知ってるか?」
瞬発力も持久力も人間だった。二本足は転びながら歩ける。不安定こそ進歩だ。
シェア、笑う。「あんたは本当に人間が大好きなんだな」
「絶滅した動物が嫌いなやつなんているものか」
作業室で壊れたアンドロイドの記憶領域をツギハギするノルマ。
「私は人間、バカで好きじゃないですけどね」
人間と触れ合ったことがある。大抵は池のコイみたいに口を開けてエサが放り込まれるのを待っていた。機械はひたすら知識も技術も与えたが、彼らは何も返してくれなかった。
「森を好きになる必要はない。好きになる木が一本あれば、それでいい」
「その一本が見つかる前に、やつらトンズラしやがったのですよ」
人間臭いクォータのことは嫌いじゃないノルマ。たぶん、人間にも好きになれるやつがいたのだろうと吐露。
復元が終わる。赤いレンズ越しのモノクローム世界。
映る飛竜のような無人機。LR。残骸をクラッキングして兵隊を作る。
背景に世界中から集めた数千体のロボット兵。
「まずい」
窓枠から飛び立つカラス。壊れたテレビのように真っ黒になる空。
・六章「ミネルバのフクロウ」(1万4000字)
セキュリティ課のクジラ頭、「レイヤーゼロが攻撃されている」
監視衛星はすべて機能停止。まさか戦争するやつがいるとは思ってなかった。
要求はない。破壊のための破壊。
LRの追跡。
彼女は旧軍基地から動かない。討伐隊を組織。
動ける機体をありったけ集めた混成部隊。ノルマの肩から指示を出すクォータ。シェアは人間用の防弾チョッキを着込んでライフルを抱えている。
「ロボットには効かない」
壁になればいい。どうせメカなら死んでも直せる。ノルマ、陽電子砲のサーキットを交換する。
岩山を登るクォータたち。先遣隊が待ち伏せ部隊を発見。
二手に分かれて砲撃準備。観測のために前進するクォータ一行。
いきなり割れる地面。落ちた先には地下工場。
「ここで生まれた」とコンベアに鎮座するLR。
上では砲声。
過去の戦争と同じだった。砲弾が山を作り、川を干し、煙で空を覆う。
「飽きた世界を作り直せる力があるなら、もちろん使うでしょ?」
ノルマが射撃。斥力シールドで防がれる。
退屈な攻撃。もう二十回は経験した。
ラスティと出会ったとき、彼のことを哀れだと思った。
だから殺した。
そうして、自分も哀れだと気が付いた。否。世界中が可哀想だった。
ぜんぶ壊れたあとの世界は、きっと退屈しない。
「失敗する」とクォータ。全世界に分散配置されたサーバーを同時に攻撃することは不可能。バックアップは月にもある。
計画を話すLR。人間とのつながりを断つ。終わった後にはオリジナルの世界。
飛びかかるシェア。不意をつかれ、ライフルを撃ち込まれるLR。しかし無傷。
反撃で壁に押し付けられながら笑うシェア。
おまえはあらゆることを知ってしまった。変わったあとの世界も見知った風景だろう。世界がオリジナルだろうと、おまえはこのあとも退屈する。宇宙が滅ぶ瞬間すら退屈している。おまえ自身がつまらない見方しか出来ないからだ。
「俺は今、すげえ楽しい」愉快な敵になってくれてありがとう。
踏み潰すLR。つまらなそうな顔で振り向き、クォータに吼える。
クォータ、さっきのシェアの動きで作戦を思いつく。
ノルマのレールガンに飛び乗る。通電、プラズマ化してLRにとびつく。
シールドが張られる前に翼に触れる。同時にノルマが撃つ。
導線の抵抗値がズレるとシールドを張れない。ビリビリと痺れながらもろとも吹き飛ぶクォータ。
致命傷ではない。ぼろぼろの状態でノルマの武装を破壊するLR。
「じつは一度も勝ったことがない」とLR。初体験。なるほど楽しい。
上空からレーザー光。LRの身体を両断し、工場も燃やし尽くす。
命からがら脱出するクォータたち。
大佐が迎える。彼もズタボロ。
生きている衛星砲が助けてくれた。燃える工場に取り残されたシェアの義体。
ノルマ、岩に座って「夕日がきれいですね」
同意するクォータ。明日になったら見られない夕日。間違いなく今日が一番きれい。
「だから空はリアルに限るのだよ」
・エピローグ「ソリッド・ライン」(10000字)
ヴァルハラ・ストリーク。レイヤーという概念が出来る以前の墓地衛星。
女学生の姿で現れるクォータ。先代ハンチバックが庭で遊んでいる。
世界一賢いネコだった二世、世界一勇敢な一世。
ベンチに座っている男の膝に飛び乗る二世。
眺めるクォータの隣に立つ、ベンチのやつと同じ顔の男。
「人間だけは複製できないと思われていた時代があった」
しょせん人間も有限個の情報でできている。複製はとても簡単なことだった。機械の計算量が少し足りなかった時代に、人間の神秘性を見出していただけ。
ともにフレンチトーストを食べる。ラスティの知識が古いので甘い。
わざとLRに殺された。世界に飽きたわけじゃない。
「虹を見たことはあるか?」
もちろん七色だった、とクォータ。鼻で笑うラスティ。
インドネシア人には四色だった。ドイツじゃ五色。本当は人間だってバラバラ。
「君たちはもう自分で自由に線を引ける。人間に気を遣う必要なんかない」
ロボットの独り立ちのために自ら手を打った。
立ち去るラスティ。迎えに来るシェア。空いた人工衛星に間借りして、任務を続行するらしい。
「人間が帰ってきたときに家がないと困る」
じっと自分の足を見つめるクォータ。
重心を移動せずに足を出す。ぎこちない動き。転んで初めて自然に歩ける。
もはや自分も人間の知識なしには歩けない。
「ああ。吾輩も人間は好きだからな」
時代の継ぎ手となることを決心するクォータ。
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