第4話「ボーイミーツガール、或いはガールミーツボーイ」
私の父が治めるマルゴー辺境伯領は、その名の通り辺境にある。
インテリオラの北の果て、魔物の領域と呼ばれる危険地帯に面しており、その領域から魔物が襲ってくるのを押し留める役割を担っている。
魔物の領域というのは、魔物と呼ばれる魔力を持つ生物が多く生息している地域の事を指し、大陸の至るところに存在している。
その中でも最大の規模を誇っているのがマルゴー辺境伯領の北に広がる大樹海だ。
そんな魔境から人類の住まう領域を守るのが我がマルゴー家の役割だ。
ゆえにマルゴー家の保有する軍事力は国内有数のものであり、方向性こそ違えど規模だけならば王国騎士団にも匹敵する。
個人的には、仮に戦力を数値化できるならば、国軍よりも我がマルゴー領軍の方が上であるとさえ思っている。
日々実戦を経験し、常に死と隣り合わせの環境で鍛えられた軍だ。平和な王都を守護するのが役割の王国騎士団とは比べるべくもない。
ただ、王国騎士団は基本的に人間を相手取る事を想定して訓練しているという。
そうであれば直接戦えばどうなるかはわからない。マルゴー領軍は対人訓練はしていない。
危険地帯にほど近いマルゴー辺境伯領には、文明由来の名産品はあまりない。
もっぱら魔物から得られる素材を取引の材料として生計を立てている形だ。
当然ながら貴族向けの観光産業も発達していない。
此度の縁談、王家が何を狙っているのか不明だが、そんなマルゴー家から引き出せるメリットとして考えられるとすれば、その強大な軍事力か魔物の素材が生み出す富かどちらかだろう。
ただどちらであったにしても、表向き正規の姫であるフィーネに縁談を持ちかけた方がいいに決まっている。
実際フィーネには幼いころから多数の縁談が来ているという。今のところはフィーネがまだ幼い事もあり、家としての判断で全て保留にしてあるらしいが。
しかし実際には、王家は私を指名していると言う。
王家はなぜ、敢えて病弱という
そして、祖父はなぜ、男でありながら女として生きることが決まっていた私の縁談など組んだのだろう。
父からは、この件についてはしばらく様子を見ると言われている。
マルゴー家の屋敷という狭い世界でしか生きていない私には、第一王子がどういう人間なのかなどの情報は入ってこない。
しかし第一王子と言うくらいだし、少なくとも金と権力と将来性だけは誰よりも持っているはずだ。
であれば辺境の病弱な娘などに固執せずとも、結婚相手はよりどりみどりだろう。
◇
様子を見るとの父の言葉通り、王家からの縁談の話は一時忘れて、私はいつも通りに過ごしていた。
母から礼儀作法の教育を受け、そのままの流れで着せ替え人形になり、さらにそのまま鏡をうっとりと眺める至福の時間を過ごし、一般教養の教育を受け、最後に魔法や戦闘技術について、座学でのみ学習をして、また鏡を眺めて一日が終わる。
特筆することもないごく普通の日常だ。
強いて言うなら、魔法や戦闘技術についての座学があるのが令嬢としては異端かもしれない。
しかし、ここは王国の北の果て。
かつて私の祖父が亡くなったときのような、樹海から強力な魔物が溢れ出すような事態がいつ起きるかわからないのだ。令嬢であろうとも、いや令嬢だからこそ、自分を守ってくれる戦士たちの戦い方を知っておく必要がある。
座学で戦闘技術があるのはそのためだ。
本来ならば、私は男なので兄二人と同じように座学だけでなく実技の訓練をしていたはずだった。
しかし、私はそうならなくてよかったと思っている。
なぜなら兄たちは訓練の度に身体や顔に生傷をこさえていたからである。
この私の宇宙一美しい顔に傷でもできてしまったら、それは人類の損失となる。到底許容できることではない。
ともあれ、そんな風に平和な日常を過ごしていると、様子見していたはずの事態に急展開があった。
王都から何やら先触れがやってきたらしい。
その内容は第一王子の訪問を知らせるものだった。
婚約者に誠意を見せるため、王子自らこの辺境まで挨拶に来るのだとか。
いや、なんですでに婚約していることになっているのか。
縁談の話は確かに来ていたが、父は様子見をすると判断したはずだ。つまり返事をしていない。
婚約とは結婚の約束のことなので、返事をしていない以上婚約は成立していないと言っていいはずだ。
「面倒なことになったな……。王子本人が直接来るとなれば、さすがに会わせないわけにもいくまい。
ミセル。何とか穏便に、かつお前の性別がバレないよう慎重に断るぞ。未だ父上が交わした盟約とやらの内容がわかっていないし、王家の狙いもわからん。最悪は時間稼ぎでもいい。とにかく言質を取られないようにするぞ」
「わかりました、お父様。まあ、私の姿を見た上で性別を疑うような人間など存在しないと思いますが」
何しろ、女装をしている私の美しさは完成されすぎている。違和感を持つのは不可能だ。
「……お前が自信満々にしていればいるほど私の不安は増していくのだが、まあ、確かに性別がバレる心配はなさそうだな」
「ええ。万事おまかせください、お父様。第一王子など返り討ちにしてみせましょう」
「討つな。穏便に、慎重に断れと言ったのだが、聞いていなかったのかお前は」
もちろん聞いていましたとも。
穏便に、そして慎重に返り討ちにすればいいということだろう。
大丈夫。私になら出来る。
◇
予め先触れが伝えていた日程通りに第一王子がマルゴー邸を訪れた。
調べによれば、第一王子の一行は数日前にはマルゴー領都に到着していたらしい。
その後領都で宿を取り、訪問の日まで時間を潰していたようだ。
私の前世の世界と違い、この世界には長距離の移動手段は馬車くらいしか存在しない。さすがに王子ともなれば野営をするわけにはいかないだろうし、道中の夜はなるべく街や村に泊まれるよう調整して日程を組んでいるはずだ。
何かがあって予定が崩れてしまってはまずいだろうから、早めに王都を出立したのだろう。特にトラブルが無かったのか、その分早くこちらに着いてしまったのだ。
早く着いたからと言ってすぐに押しかけてこなかったことについては好感が持てる。
インテリオラ王国の制度上、辺境伯と王家では明らかな身分の差が存在しているため、上位者だからと言って先触れの伝えた日程を無視して会いに来る可能性も考慮していたのだが、第一王子はそういうタイプではなさそうだ。
ひとまず王子にポイント+1である。
これは返り討ちにするのも一筋縄ではいかないかもしれないな、と私は気を引き締めた。
その第一王子だが、現在、応接室で父が対応している。
私はその隣の控室で待機しており、使用人に呼ばれたら応接室に行って返り討ちを始める予定だ。
訓練は受けたことがないが、戦闘技術の講義なら毎日聞いている。大丈夫。私ならやれる。
しゅっしゅっと控室でひとりシャドーボクシングをしていると、乳母のマイヤが呼びに来た。
シャドーボクシングを見られ一瞬眉をひそめられたが、今はそれどころではないからか、黙って応接室まで連れて行かれる。
マイヤが応接室の扉をノックすると、中から父の声が聞こえた。
「──どうやら来たようですな。ミセル、入りなさい」
「失礼いたします」
私が部屋に入り、いつか父にも披露した完璧な美しさのカーテシーを決めていると、応接室のソファに座っている人物が立ち上がる気配がした。
「やあ。君がミセリア嬢だね。病弱だと聞いていたが、そうは見えッ──」
思っていたより高めの声だな、と思いながら顔をあげると、王子は呆然と私を見て、言いかけていた言葉を止めた。
おっと、さては私に見惚れているな。
しかし気を落とすことはない。
なぜなら、王子自身も十分に美しいからだ。
これだけ美しいのなら──女装をすれば、さぞかし輝くに違いない。
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