美しすぎる伯爵令嬢(♂)の華麗なる冒険

原純

レディ・マルゴーと偽りの婚約

第1話「美しすぎる令嬢、ミセリア・マルゴー」





 一目惚れ、というものを知っているだろうか。


 もちろん言葉の意味は誰もが知っているだろう。

 しかし、本当の意味でそれを知っている者がどれほどいるだろうか。


 私はそれを、生まれ変わって初めて知ることになった。


 あの衝撃は生涯忘れることはない。

 もし、知らない人がいるのだとしたら、それはそれで不幸であり、またある意味では幸せなのだと思う。


 自分が一目惚れをしたからと言って、相手もそうだとは限らない。

 いやむしろ相手はそうではない事がほとんどだろう。

 ならば多くの場合、一目惚れによる恋を成就させる事は出来ない。それはきっと不幸な事だ。

 しかしもし出来たとしたら、天にも昇る心地になるはずだ。それはきっと幸せな事だ。


 私は一目惚れを自覚したその瞬間、恋の成就と失恋とを同時に味わう事になった。


 なぜなら私が一目惚れをした相手というのは、他ならぬ、鏡に映った自分自身だったのだから。





 ◇





 インテリオラ王国辺境、北方への守りを一手に引き受ける、マルゴー辺境伯家。

 この家には少し変わった風習がある。


 ──マルゴー家に生まれた三男以降の男児は、跡目争いの元になるため、隠すべし。


 というものだ。


 この「隠す」という言葉にはいくつかの深い意味がある。


 ひとつは文字通り、一切表舞台に出さないようにして、ひっそりと育てること。

 この場合、本人はまだ幸せな方かもしれない。

 確かに一生を日陰者として生きていかなければならなくなるが、それでも生きてはいられる。名誉も誇りも持てないだろうが、最低限の尊厳だけは守られる。


 ふたつめは、少し暗い意味になる。

 手っ取り早く、生まれた時点で殺してしまうことだ。

 死んでしまえばどうにも使いようがないし、面倒も起こらず、後腐れもない。

 非道い話ではあるが、産みの母には死産だったと言っておけばいいし、対外的にもそういうことにすればいい。


 そんなことをするくらいなら始めから子を作らなければいい。

 確かにその通りではある。

 しかし貴族というのは面倒なもので、男児2人だけではままならない時もある。

 血の繋がりによって他家に渡りを付けたい時など、婚姻を政治の道具にすることがあるのだ。

 そんな時、跡継ぎとその予備だけでは如何ともし難い。

 長男がある程度成長し、事故や暗殺以外で死ぬ確率が下がってくればいいのだが、その頃には次男も当然それなりに成長しており、婚約するには歳が行き過ぎている場合がほとんどだ。

 ゆえに、長男、次男が居るにも関わらず第三子を作るべくせっせと励むのは珍しいことではない。

 このマルゴー家も同じであった。

 ただでさえ中央から物理的に距離が開いており、貴族同士の繋がりが薄くなりがちな辺境である。

 武力も当然必要だし、それが何より重要なのは間違いないが、だからと言って政治力が必要ないわけではないのである。


 さりとて、ここで男を作ってしまえば次男との間で無用な争いになる恐れがある。

 次男は基本的に長男の予備であるため、長男がつつがなく家督を相続した後はお役御免になる。そうなると大抵の場合は分家に養子に出したり当主が持っている予備の爵位を分け与えたりするのだが、これも三男の分までは用意されていない場合がほとんどだ。

 マルゴー家は辺境の盾という事であまり余分な爵位を持っていないため、その傾向も顕著であった。


 なので、三人目の子は女子が望ましい。


 人間の男女の割合はおおよそ半々であるから、男、男と来たならば次は女だと信じたくなる気持ちもわかる。それが泥沼になってしまうことも、まぁある。

 覚悟を決めて3人目を作り、それがまた男であったとしたら、その落胆はいかばかりか。


 そこで先程の「隠すべし」。そのみっつめの深い意味である。

 ここで隠すのは性別のみ。


 つまり、三男には女装をさせて、姫として育てるべし。


 当然婚姻には使えないので、結局は病弱ということにして屋敷に押し込めることになるが、ただ隠しているよりは見られてしまった場合のリスクが下がる。





 この私、マルゴー辺境伯家、ミセリア・マルゴーはそうして生まれただった。





 ◇





 私は姿見に映る自分の姿を見て、ほう、とため息をついた。


(ああ……。今日も私は美しい……)


 自ら光を発しているかのような、淡い金色の髪。

 それと同じ色の睫毛は長く、少し目を伏せれば琥珀色の瞳を覆い隠してしまう。これがなければ眼があった者をことごとく魅了してしまう事になるため、当然のことだ。むしろ無闇に被害者を増やさないために睫毛が長く伸びているのだろう。

 すっと通った鼻筋は幼さを残しながらも、しっかりと顔の中心で全体のバランスをとっている。

 ふっくらとした唇は艷やかに光を返し、紅を差さずとも柔らかな赤色を発している。


 まさに美の化身、地上に降りた女神と言っていい。

 いや、私は控えめな性格なので、人の枠の中では並ぶものが居ない、くらいに留めておくべきか。

 特に女神を引き合いに出すのはよくない。

 あれには狂信者がたくさんいる。

 下手なことを言うとリアルに殺されてしまう。

 女神は見たことがないが間違いなく私の方が美しいはずなので、別に嘘というわけではないのだが、事実はどうあれ狂信者たちは女神を貶められるのを極端に嫌うらしいのだ。

 以前、屋敷の中でつい言ってしまったときに世話係のマイヤにたしなめられた事がある。


 実際の所、女神という存在がいるのかいないのかはわからない。

 それは前世で死亡し、この世界に生まれ変わった時もそうだった。

 いわゆる「神様転生」のようなものではなかったということだ。

 前世の自分がいつ、どこで、どのようにして死亡したのかまでは覚えていないものの、気がついたら母の乳房にむしゃぶりついていた。


 ただ、この国の宗教としては女神の存在が信じられているらしい。

 そのものずばり女神教という名の宗教団体が存在しており、大きめの街には神殿が、小さめの村にも教会くらいは建っている程度には普及しているようだ。

 狂信者というのはその関係者である。

 もっとも現在の主流の派閥からすれば、原理派として疎まれているらしいが。


 マルゴー家が治める領都にも神殿があり、私も5歳のときに洗礼を受けに行ったことがあった。


 洗礼というのは神殿にて女神に祈りを捧げる事で、これを行なうと神より授かった【スキル】を確認することが出来る。

 事実上、これ以外にスキルを確認する手段がないので、女神教側はこの洗礼のときに女神よりスキルを賜ったのだと主張しているが、そんなはずはない。

 それが誤りだということは、5歳の時に自分自身で確認し、確信した。


 洗礼で確認出来たスキルはいくつもあったが、ほとんどは大して重要でもない瑣末なスキルだった。

 問題はその中に【超美形】と【美声】があった事だ。


 そんなもの、この世に生まれ落ちたその瞬間から持っている。

 いちいちスキルの確認などしなくてもわかる。自明の理だ。

 それを恩着せがましくも「女神様より賜った」など、片腹痛いにも程がある。

 だいたい、洗礼を受ける私の姿は少ないとはいえ教会の人間も見ていたはずだ。

 洗礼の瞬間に突然美しくなったとでも言うつもりか。

 そんなわけがない。

 私は元々美しい。


 それは齢3歳の頃、今世に生まれて初めて鏡というものを見て、それを見た者の心を奪い、奪われた瞬間から知っている。





 と、今日も自室の姿見の前で悦に入っていると、部屋の扉を叩く音がした。

 この叩き方は家宰のクロードだろう。

 家宰とは家事の一切を宰領した者の事であり、我が家においてクロードは領地経営から屋敷の取りまとめまでの全てを管理、統括している。そんな者が、隠された三男である私に用があるとは思えない。そして家宰を動かせるのは、辺境伯家当主である父だけ。

 ならば父が私を呼んでいるのだろう。

 実際、父はよくこうしてクロードを使いに私を呼びつけるのだ。

 だからこそ私もノックの癖を覚えてしまっているわけだが。


「──お嬢様。伯爵閣下がお呼びです」


「わかりましたわ。すぐに参ります」


 淑やかに答え、すぐに部屋から出る。

 身だしなみを整える必要はない。初めから整っているからだ。姿見で常に確認もしている。別に部屋から出るつもりで姿見を見ていたわけではないが。


 先導するクロードの後について歩き、父の元へと向かう。

 向かう方角的に、父は執務室にいるらしい。

 ということは領主としての話ということだ。


 さて領主としての父が私に何の用なのだろうか。






★ ★ ★


美しすぎる伯爵令嬢(♂)のリライト投稿を開始します。

こちらは黄金の経験値ややべー奴と違い、ストーリー展開を大幅に変更しております。

一章終了までは毎日投稿するつもりですが、まだ全然書けておりませんので更新できなかったらごめんなさい(


次話は本日18時に投稿します。

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