Let's go home!
三夏ふみ
今日は、いい天気だね。
荒れ果てた大地を、棺桶を引いて歩く三つの影。どこまでも青い空が、頭上に広がっている。
「ねえ、ちょっとは手伝ってくれてもいいんじゃないの?」
金色の長い髪を後ろで結った、赤いプレイトアーマーの女性、レナが、先を行く二人に抗議の声を上げる。
「すまんが、腰がの」
ローブを膝上までたくし上げ、魔導の杖を文字通り杖にして歩く白髪のドワーフ、デオが、腰に手を当て大げさに首を横に振る。
「私はこれよりも重たいものを、持ったことがありませんので」
聖典を胸に掲げ、黒いハットのつばを上げるエルフ、エドの額には汗ひとつない。
「にしても暑くない。ここってこんなに暑かったっけ?」
「そうじゃな、行きはここまで暑かった記憶はないの」
「曇ってましたからね」
「確かに、曇ってた」
「曇っておったの。と言うよりは、黒雲が立ち込めておったの」
「そうですね。なので涼しかったのでしょう」
「あれはあれでウザかったよね。雷とか鳴っちゃってさ、あいつだけは妙にハシャイでたけど」
引きずっている棺桶を、ちらりと振り返る。
「そもそもなんだけど、生き返らせればいいんじゃない?」
「それは無理ですね」
「なんでよ。魔王と戦った時は、ばばん、と生き返らせてたじゃないのよ」
「ええ、ですが一度きりだけですので、あれが使えるのは」
「そうなの?」
「はい」
「わしの知り合いは、よく使っておったぞ」
「それは……信仰心の差ですかね」
悪びれることなく、眼鏡を中指で押し上げる姿に、レナはため息を漏らす。
「ならなら、あれは?デオが、私らに黙って、孫娘のとこに戻るのに、ちょいちょい使ってたやつ?」
「トランスファーのことかの?」
「そうそう、それそれ」
妙案が浮かんだとばかりの、どや顔のレナに対して、デオはしわくちゃの顔を、よりしわくちゃにする。
「それがの、出来んのじゃ」
「なんでよ」
「デオさん、少しいいですか?」
二人のやり取りを神妙な面持ちで見ていたエドが、デオの額に手をかざす。
「やはり、レベルが大幅に下がっていますね」
「え?なんでよ」
「あれかの?」
「ええ、恐らくは」
「何の話?私にも分かるように説明してよ」
「レントンですよ」
「なにそれ?」
「周囲の味方からレベルを借り受ける魔法じゃよ」
「なにそれ、誰かそんなの使ったっけ?」
「ロイドさんですよ。ほら、魔王を倒す直前で、急に強くなってましたよね」
「まぁ、途中から、ちょっと体が光ってるなぁ、とは思ったけど」
顔を見合わせる二人に、挙動不審に両手を広げる。
「でも、流石勇者よね。そんな奥の手があったなんて」
「いえ、魔法自体は特殊でもなんでもありません」
「そうじゃの。どちらかと言うと初心者が、高レベルの冒険者と行動を共にするときに、レベルを借り受ける為の術じゃよ」
「でも、でも、そのおかげで魔王にも勝てたじゃない。やっぱり流石よ、さすが勇者様、機転がきいてるじゃない」
「ですが、無償ではないので」
「そうじゃ、レントンには代償があっての、あまり高レベルを借り受けると、最悪の場合は命を落としかねんのじゃよ」
三つの視線が、棺桶に注がれる。
「重たいのであれば、いっそ、置いていかれてはどうですか。それ」
乾いた風が吹き抜けていく。
「いやいやいや、流石にまずいっしょ、仮にも勇者なわけだし、魔王もたおしてるさ、こんなとこにおいて行けないでしょ、普通」
苦笑いで平手を振るレナに、二人の視線が移る。
「なに?」
「カシュウの宿場、覚えておるかの?」
「うん、覚えてるよ。実は女将がネクロマンサーだったとこでしょ。あそこはよかったよね。お風呂が大きくてさ、露天も最高だったよ。あぁ、お風呂かぁ。今、入りたいかも」
「聞こえておったのじゃよ」
「なにが?」
「露天での、おまいさんと女将の会話」
再び乾いた風が吹き抜けると、レナの顔がみるみる耳まで赤くなる。
「ふぁ、ちょ、ちょっとまって、え、え、え、カシュウって、エドと出会った頃だから、結構序盤だったよね。うそ、え、え、」
取り乱すその顔はからは、今にも湯気が立ちそうだ。
「あの後、なかなか大変でしたよ。知り合ったばかりでしたし、いろいろと確認するのに時間がかかりました」
「そうじゃぞ、ナターシャが、おじちゃんその後どうなったのと、毎回聞いてきての。わしの冒険譚をちいとも聞こうとせんでな」
「な!なんなの、あんた達。てか、なんで孫娘にも話してんのよ!あぁ、もうむり、さいあく、さいあくだ」
両手で顔を覆い、力なさげに座り込む。
「なんか、どっとつかれたわ。はぁ」
力なく立ち上がり棺桶に腰掛けると、腰に吊るした革袋に入った水を頭から掛ける。大きく息を吐き頭を振ると、両手を後ろに付きそのまま見上げる。
二人も何となく棺桶に腰掛け、汗を拭ったり、靴に入った砂を出したりしている。
「で、どうだった?」
「なにがですか?」
「だから、あれよあれ……あいつよ」
「?」
「だから、その……それを聞いた……あいつは……」
「ああ。だいたいですが、今のあなたと同じ感じでしたよ」
頭の遥か上を、黒い影が大きくゆっくり旋回していく。どこまでも、深く広がる落ちそうな青い空を、噛みしめるように、レナはゆっくりと目を閉じる。
「なんじゃたかの?ほれ、これじゃから歳はとりたくないのじゃよ」
「無駄に長かったと思いますよ」
「そうじゃそうじゃ、無駄に長かったの。あの時はロイド殿が直前に、自分も魔法が使いたいと申しての、手解きしたのじゃよ」
「ほほう。ならあれは直前で覚えられて、いや、さすが勇者殿ですな」
「いやいや、初めてで加減は出来んかったみたいだがの」
「それでですか、フロアの床が丸ごと消えたのは。しかし、見事に落ちていきましたよ。確か、魔王親衛騎士団の……」
「ここまで、ここまで出かかっとるんじゃがの」
「ねぇ。さっきから何の話をしてるのよ」
後ろに座る二人を振り返ると、先の空彼方に巨大な黒雲が湧き出るように迫ってくる。いや、黒雲ではなく、魔物の一団がこちらに向かって来る。
その先頭、1番大きな黒竜に乗った魔族が、その背中から落ちんばかりに飛び跳ねているのが小さく見える。
「ねぇ、あれさ。なんか凄く怒ってない?」
三人は徐ろに立ち上がり、背伸びをしたり、衣服を直したり、身支度を整える。
「さて。そろそろ行きますか」
「そうじゃの」
「そうですね」
荒れ果てた大地を、棺桶を担いで走る三つの影。どこまでも青い空が、頭上に広がっている。
Let's go home! 三夏ふみ @BUNZI
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