20.ポーションガチャ
「………おい、お前ら、私が必死に説得してたというのに、何を呑気に飲んでいるんだ?」
「いやー、お二人が楽しそうだったから邪魔しちゃ悪いかと思って」
「うんうん、そうだよ」
しっかりとニジホを連れて来たレンは、呑気そうにレモンっぽい果汁が入った水を飲んでる二人を見て疲れた表情をする。レンの横のニジホは恥ずかしそうにモジモジとしていた。
「そ、その、ジュリアちゃん。迷惑かけてごめんね……」
「いいのよ別に……その、あたしの方こそごめん」
「俺もごめん……」
「……なんで二人が謝るの?」
何故か二人が謝ってきたことに疑問を覚えつつ、ニジホは椅子に腰を付ける。
「私にも謝って欲しいんだが……」
「そもそもアンタのせいなのに、どうしてあたしが謝らないといけないのよ」
「そうだよ」
……レンはレンで何故か責められて困惑する。
「……もういい、それよりお前たちに頼みたいことがあったんだ」
「頼みたいことって何? あたしでできることだったら手伝うわよ」
「わたしも精一杯お手伝いします」
胸元でガッツポーズをするニジホを横目にレンは説明を始める。
「なるほど、その防御強化の効果を試したいのね。だったらイツキじゃなくてアンタを殴らせなさい。こんなか、かわいい子を殴れるわけないでしょ!」
「……さっきも言っただろう。私は運がいいから比較対象にならないと」
レンの言う通り、レンを殴ったとしても運のオーラにより守られてしまうので、防御強化の効果を確かめるのには向いていなかった。
「そんなの知らないわよ! というかとりあえず殴らせて欲しい!」
イツキを殴れと言ったレンに暴れ狂うジュリア。それを宥めるようにニジホが肩を叩き、ニジホは前に出る。
「わ、わたしがイツキくんを殴ります!」
傍から聞けば殴る殴らないと物騒な会話だが、幸い他の課金者は冒険に出ているのかいなかった。
「ニジホ、あたしを裏切るの! ……あたしたちが下にいる間に調教されてしまったのね」
「い、一体ジュリアちゃんは何を言ってるの!」
顔を赤くして否定するニジホだが、ジュリアは錯乱していて届かない。
「こんなハレンチな女に付き合う必要はない。さっさと殴ってくれ。……ちょっと待て、お前の力だとあまり結果が分かりにくいかもしれないな」
レンは次元収納からまだ『真名解放』をしていない木の棒を取り出した。
「これで突けば分かりやすいだろ」
「はい!」
「はい! じゃないでしょ! ……いつの間にか突くになってるし、もうこれ殺しに来てるよね!」
自分が蚊帳の外で進んでいく話に、イツキは不安になってくる。しかしイツキの不安は無視され、実質貸切状態の酒場でイツキとニジホは向かい合う形で立つことになった。
「止めなさい! こんなことしたらイツキくんの柔らか肌が傷つくわよ!」
「触られたことないけど………」
想像でイツキの肌の柔らかさを叫ぶジュリアは、レンに取り押さえられている。
「イツキくん、ごめんね。わたし、やらなくちゃいけないんだ……」
「やらなくちゃの漢字が、殺じゃないことを祈ってるよ……」
ニジホはまるで槍のように木の棒を構える。イツキはニジホの真剣な目を見て、急いでなけなしの腹筋に力を込めた。
「やあー」
間の抜けた叫び声とともに思っていたより強い力で、ニジホはイツキの腹に木の棒を突き刺さす。……しかし、木の棒は途中で止まる。
「刺す角度が少し曲がってたが、やはりスキル一つで結構変わるみたいだな……」
「木の棒は止まったけど、別に痛くないわけじゃないんだからね……」
イツキは腹を撫でながらレンに抗議する。指した張本人であるニジホが心配そうな目で声を掛けてくる。
「大丈夫ですか……?」
「ちょっと痛いけど、スキルが発動してるのか刺さらなかったし、大丈夫だよ」
「な、なら良かったです……」
刺しておいて良かったというのもおかしいのでは、とイツキは思わないでもないが、刺してくれと頼んだのはこちらなので何も言えない。
……イツキはまるで自分が実験動物になったかのような気分になった。そんな弱ったイツキに猛獣が襲い掛かる。
「お姉さんが痛いの痛いの飛んでいけしてあげる」
いつもより数倍鋭い草食獣を狙う肉食獣の如き視線に、イツキは背筋を震わせる。
「お前の方が痛いのを飛ばしてもらった方がいいんじゃないか?」
「アンタは引っ込んでて!」
レンの皮肉に全く同感なイツキは、捕食者の目をしたジュリアから逃げる。
「あっ、イツキくん何処に行くの!」
「ジュリア怖い。俺逃げる」
「あたしがこわい……? イツキくぅんごめん! だからお姉さんと仲良くして!」
逃げるイツキと追いかけるジュリア。レンはいつもイツキと二人だったが、大勢でいるのも悪くない気がした。
ジュリアたちと別れた後、イツキとレンは再びイツキの部屋に集まっていた。
「……ポーションを作るって言ってたけど、本当に水で薄めて出来るの?」
「分からないが試すしかないだろ。失敗したらしたで、身が危険に晒されるかもしれないが……あれだけの好条件を付けてもらったんだ、流石に売れないとは言えないだろう」
イツキはレンが商業ギルドの人を嵌めたり、と酷いことをした自覚があったんだと思った。
イツキとレンは気持ち程度の衛生観念で口元を覆う。そしてエリクサーが水で薄まるのかを試すために、小瓶の中にエリクサーを一滴垂らして、水を子瓶が一杯になるまで注ぐ。
「いざ作ったはいいけどさ……どうやって試すつもり? 俺はわざと怪我するの嫌だからね」
先にレンに念押しをするイツキには、もう実験動物になりたくないという意思が強く感じられる。
「……適当に怪我をしてる奴を探して飲ませるか」
イツキたちは何段階に分けてエリクサーを薄めたポーションを作成してから下の酒場へと向かう。
「……食事中済まない、私はこのギルドの職員なんだが、今開発中の新作のポーションの治験をしている。誰か試してくれる奴はいないか? ……勿論無料だ」
都合のいい時にギルドの威を借りるレン。実際にそれは効果があり、ギルドの職員なら安心だろうと試してくれる課金者や、無料という言葉に釣られた課金者たちが治験に参加してくれることになった。
ポーションの治験の結果は最初の一滴のエリクサーは、しっかりと効果が薄まっており、下級ポーション本来の治癒力程になっていた。ちなみに下級ポーションの治癒能力は表面の傷を治す程度だ。
レンが目指す治癒力は実際に見たことないが、中級ポーション並を目指していた。何故中級ポーションかといえば、Nの魔石以上からしか排出されず、とても高価なので狙いどころだと目を付けたからだった。
次にレンは用意していたエリクサー二滴のポーションを試していく。結果としては、欠損は治らないものの古傷を治す程度には効果があった。
「……なんだこれ、神の雫かよ」
「中級ポーションよりは効果がありそうですねぇ……」
レンは冒険者の声から効果が高すぎると判断して、イツキに指示を出してポーションの修正を行っていく。
三滴以上のエリクサーは欠損すら治してしまいそうだったので、使用するのは控えておいた。
気が付くと治験の話を聞きつけた課金者たちが、酒場に集まり始めていた。酒場と言っても専門の酒場と比べれば質に劣る課金者ギルドの酒場は、普段は人がそれ程集まらないのだが、今日だけは大盛況であった。
レンは試したい傷がある者をから優先的に使用していく。しかし、無料で治して貰えると聞いてやって来た課金者たちが、不満げな表情を浮かべているのが目に入る。
この世界のガチャ産アイテムは高く、Nの下級ポーションだとしてもそこそこ高いが、他の課金者たちにも宣伝料だと割り切って治してやった。
最終的にポーションの配分は正確に分量を計る道具もなかったので、少し大きめの瓶にエリクサーを二滴垂らして水で薄めたものを小瓶に分けることになった。
ついでにレンは自分たちが使用するように、エリクサーを一滴瓶に詰めておく。普段使用する時にわざわざ一滴を垂らすのが面倒だったからだ。
こうして治験の夜が明けたのだった。……いつの間にか課金者の間でレンとイツキは神のポーション錬成師と呼ばれていたが、本人たちがそれを知るのは先の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます