1.キャラメイクガチャ
暖かな空気と草の匂いに包まれながら、くすぐったい草の感触で少年の目が覚める。
「んんっ、ふわぁー。眠みぃ」
少年は目覚めたばかりのぼやけた視界で周りを見渡す。……すると何故か自分が地面が草で覆われた、草原のど真ん中にいることに気づく。
「……ここは何処なの? 夢じゃないよね……?」
少年はこういう時の定石通りに、自分の頬をつねろうとするが、右手が何者かによって握られていることに気づく。……少年は恐る恐る右手に視線を移してみると……。
……そこには色白で170センチ程の男がスーツ姿で眠っていた。長い銀髪を草の上に広げて、何故か少年の手を握っている。
……少年は知らない男と手を繋いでいたことに驚いて、反射的に手を離す。
「うわっ、誰ッ! そして何処ここは!」
少年の騒ぐ声で不快げに顔を顰めながら男も目を覚ます。開かれた目は切れ長であり、そこには凛々しさと美しさが同居していた。
「うるさいな、少しだま……おい、イツキ? なんでお前小さくなってるんだ?」
少年──イツキは突然見知らぬ男から名前を呼ばれたことにも驚いたが、
「は? なに小さくなった…………ってなんじゃこりゃ!!」
間抜けな顔でイツキが自身の身体を見ると、何故か自分の身体が小学生のような体格になっており、着ていたスーツもブカブカになっていることに気づく。そしてよく聞くと声も高くなっていた。
「ねぇ、嘘だよね……。これって夢だよね? そして誰だれだよ!?」
そう問われた男は何を言ってるんだ、と首を傾げたが、何かに気づいたのか突然自分の身体を見下ろして触り出す。そして驚きの表情を浮かべた後に、考えることを放棄した投げやりな口調で吐き捨てる。
「……レンだ」
イツキの知るレンは女性であった。そして自分をレンと名乗った者は確かに女と言われればそう見えるし、男と言われればそう見える中性的な顔立ちである。
「嘘でしょ……レンって本当に!? 男じゃないの!?」
「男ってお前な……ほら胸があるだろ胸が」
そう言ってレンは膨らみのない平らな胸板を胸と主張してくる。
「自分で無い胸を主張して恥ずかしくないの?」
「……お、お前が男と言うのが悪いんだろ」
イツキの指摘に自分で言っておいて恥ずかしくなるレン。その態度にイツキはなんだかこっちまで恥ずかしくなる。……なのでこの空気を霧散させるために、
「でも元々男みたいだったから、よく考えたら前も今も変わらないよね」
と普段のように軽口を言う。元々のレンという名前も男っぽかったし、普段から話し方も男っぽかったので、イツキとしては軽い気持ちだったが、そんなイツキに長身を生かした拳が腹に飛んできた。
「……ぐはっ、ゴホッゴホッ。み、溝内を殴ることは、ないじゃん。俺は、子供だよ」
「何が子供だ……。ただの低身長のおっさんを殴ってなにが悪い」
「……なんかその言い方は事実だけど嫌だ!」
こうして互いの確認も終わり現状把握が始まる。
「えっと、確か……俺たちあのゲートみたいな奴に吸い込まれたんだよね?」
「……信じ難いがそうみたいだな」
「これがあの白い女が言ってたガチャ回し放題の世界ってことか。何処にもガチャなんてなさそうだけど……」
「お前はまず考えることがガチャか……。もっと他にもあるだろ?」
「……具体的に?」
全く分からないというと首を傾げるイツキに、レンは頭を抑えながら答える。
「……まずはここが安全か確かめる、そして安全が確認できたら人はいないか探す。もしも誰もいなかったら水や食料を手に入れる方法を考える」
「おおっ、流石」
「お前は本当に社会人か? 体だけじゃなくて知能まで子供になったのか?」
本気で心配そうに見てくるレンに「そんなことない!」とイツキは抗議したが、内心では本当に知能が下がってないか心配になってきた。
「それで安全確認ってどうやるの?」
「……知らん」
イツキの疑問にレンは顔を逸らして答える。
「……現代社会で生きてきて、海外に旅行も行ったことない私に分かるわけないだろ」
「た、確かに……」
……どうしようかと二人で顔を見合せて途方に暮れていると、遠くからエンジン音が響いてくる。音に釣られてその方向を見ると一台の車が走っているのが見えた。
「……なんだろうあれ?」
「どう見ても車だろうが……」
イツキはてっきりこの世界が中世風で、馬車が走るような世界感だと思っていたため、予想と違う車の登場に咄嗟に何か理解出来なかった。
「……異世界なのに車っておかしくない?」
「そもそもだが、別の世界に飛ばされたのはお前の思い込みで、別の国に飛ばされただけなんじゃないのか? ……現実的に考えて別の世界に飛ぶ方がおかしいだろ」
「でも、あんなアニメとかでしか見たことないゲートを通ったんだよ! それが世界旅行ゲートなんて笑いものだよ!」
「……笑いものかは知らんが、せっかく人に会えたんだ。コンタクトを取った方がいいだろ。ここがどこであれ、何かしら分かるだろうしな……」
「ちょ、ちょっと! 相手がもしも盗賊だったらどうするんだよ!」
「……お前はいい加減ファンタジーから離れろ」
レンはイツキを無視すると車に向かって呼びかける。どうやら車の運転手はレンの声に気づいたらしく、手を振りながらこちらに向かって走ってくる。
「ど、どうしよう。このままじゃ水と食料が奪われる……」
「そもそも二人とも食料も水もないだろ……」
「……それもそうだけど」
……とそんな風には騒いでいたせいだろうか。突如背後の草むらがゴソゴソと音を立て始めた。
「い、一体なんだろう……」
「……分からん」
そう言いながら二人はゆっくりと草むらから後ずさる。──すると、草を掻き分けて腰程もの大きさがある巨大芋虫が飛び出してきた。その姿は尻尾が二股に別れており、それを足のように器用に使って歩くという異様な姿であった。
「うわっ! キモっ!」
「なんだコイツ……」
明らかに見たことない生物に戸惑っていると、芋虫は口から涎を垂れ流しながら、イツキに向かって飛びかかってくる。
「──危ない!」
咄嗟にレンがイツキを突き飛ばして芋虫の攻撃を避ける。その際に芋虫の涎がかかったレンのスーツの袖は、ジュッと音を立てて溶けてしまっていた。
「ちょっとヤバいって!」
「喋ってないで立て! 逃げるぞ!」
レンは直ぐに起き上がり、イツキの手を取って立ち上がらせる。そして走り出そうとしたが、イツキは小さくなって慣れない身体と、余りまくった裾のせいでいきなり転んでしまう。
転んだイツキのすぐ後ろに芋虫が迫っていた。もうダメかとイツキが目を瞑った時──、
「ふぅ……どうやら間に合ったようだな」
突然現れた巨漢が芋虫を遠くへと蹴り飛ばす。そして離れた芋虫に人間では有り得ない跳躍力で飛び掛り、背中の大剣を振り抜いて縦に一刀両断した。
倒された芋虫は徐々に姿を失い、黒い石ころと成り果てる。
巨漢は全身に芋虫の体液を浴びたが痛がる素振りも見せず、持っていた布で拭うと黒い石を拾い、こちらへと向かってくる。
「と、盗賊……」
芋虫を両断した男の外見は、筋骨隆々で顎髭を無造作に生やし、胸元がはだけた服という、まさに盗賊の親玉のような格好であった。
イツキとレンが緊張した面持ちで巨漢を見ていると、巨漢は二人の緊張をほぐすためか、ニッと強面ながらも愛嬌のある表情を浮かべて、手に持っていた大剣を背中に仕舞い、ゴツゴツとした戦士の手をイツキに差し出す。
「俺は課金者ギルドで重課金者のヤマモトだ。お前たちを保護しに来た」
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