⑦神の宿り木(最終更新日:2002年7月8日)

 プロローグ――約束――


 一年経った。彼にとってそれは、ひどく長い時間でもあった。

 一年。その間に彼がしてきたことは、言ってしまえば特権階級を社会的に抹殺することだったわけであり、その結果として現在、世界は混乱の渦に巻き込まれつつあるのだが。

――俺の知ったことか。

 彼に罪悪感はない。

 自分が正しいことをしているという実感などもないが、間違ったことをしているとも思わない。誰に何と言われようと、彼はこの行為を続ける気でいた。

 とりあえず、最低でも友の安否を全員確認するまでは。

 彼は笑った。右手を天にかざしてみる。この一年でとうとう癖になってしまったその挙動を通じて、彼は自分に押された烙印を睨む。

 単純なようで、細部まで精巧に表現された、十字架の紋章。

 刺青でもなければ痣でもなく。それは本当に、悔しいくらいごく自然に、彼の右手の甲に表出していた。

 誇るべき証。

 犠牲の上に成り立つ真の勲章。

 様々な評価があるが、この紋章や、それを手に入れる時銀色に変わってしまった瞳自体には、実は何の意味もないのだと彼は知っていた。これらはただの記号に過ぎない。

 契約を示す、記号に過ぎない。

――そんな記号に、世界は踊らされ続けている。

 彼は表情を消し、歩みを進めた。

 彼がいるのは高原だった。広がる下草が夕陽を受けて輝き、黄金色の海のように見える。

 視線の先には一本の木。緑の葉を揺らし、丘の上から彼を見下ろしている。黄金色を踏みしめ、一歩ずつ、彼はひどく遅い足取りでそちらに向かった。

 左手には、花束が握られている。名も知らぬ紫色の花。

 彼女が、好きだと言っていた花。

――私を……待っててくれる?

 一年後。高原。紫色の花を持って。

――ちゃんと、待っててね。

 約束は、守ってこそ約束なのだ。

 彼はそう信じている。

 だからここに来た。

 足取りは、少し重い。

 約束は守ってこそ約束だが、破られる覚悟も必要なのだ。

 彼女はそう信じていた。

 だから――

――いない、というのか?

 彼は立ち止まった。

 この木は何という名なのだろう。間近まで辿り着いてそれを眺めつつ、彼は無性に知りたくなった。

 少し、逃避に似ていた。

 視線を転ずれば、古びた町並みが丘の下に一望できる。あまり良い思い出の無い町だが、その情景に彼は感慨を覚えた。

――そういえば、一度だけここに来た時も、凄く綺麗だったよな。

 だから彼女がこの場所を気に入ったのだ。

 だから彼女がここを約束の場所に指定したのだ。

 彼は木に背を持たせかけたまま、静かに座り込む。

 彼女は無事なのだろうか?

 そして他の皆は?

 友人の顔が頭に浮かぶ。この一年で、彼らは変わったのだろうか。それとも――

 不安がよぎる。

 彼は目を閉じた。涼しい風が、長くなった髪を撫で、通り過ぎる。

 ため息をついた。高原は静かだった。


 彼は、待ち続ける。

 彼女は、現れない。

 静かな風に見送られて日が没し、夜が始まる。

 彼は、目を閉じたまま。待ち続ける。




 一、広がらない世界の広がらない話



 あまり考えないようにしていたが、地下での生活が三年目を迎えるに付けて、そろそろ地上の光を見たくなってきた。

 入学当初、カエサル・キタゴゥは地上に未練など無く、実のところすぐにここで死んでしまうだろうしそれでも構わないなと思っていたのだが、同級生が容赦なく死んで行く中で結局二年間生き延びてしまい、それどころか、いつの間にかこのおかしな学校生活を謳歌する余裕とコツを手に入れるに至り、逆に地上が恋しくなったのだ。

 二年間世話になっている個室の天井に光る蛍光灯をぼんやり眺め、隣室の何とか言う名前の男子が入学二日目、知り合った次の日に天に召されたちょうど二年前は、泣きながらこのベッドにうつ伏せていたのにな、と思うと不思議な気分になる。

 例えば、今は午前五時四七分。一三分後に始まるあの恒例行事を眠ってやり過ごし、昨日の薬の効果が切れる頃に洗面所の水を汲み、一杯あおるだけで、自分は多くの友の待つ遠い世界に旅立つことが出来るのだ。

 それもいいかもしれない。

 何の根拠も無いが、天に昇れば、少なくとも綺麗な太陽が見られるような気はする。

 目覚し時計がなくても午前五時に目が覚めるようになったのは、伊達や酔狂ではなく、あの恒例行事のせいであり、それだけ体は生きることに対しての執着を見せているというのに、彼の心はそれほどでもない。

 大体――と、彼は心の中でぼやく――俺はこの施設に送り込まれた時点で死ねって言われたようなものなんだから。

 施設であり学校でもあるここ、『神の宿り木』は、如何なる面においても地上の社会と隔絶している。入学したが最後、死ぬか、卒業するまでは地上に戻れないルールであり、当時一二歳とはいえそれなりの了見を持っていた(という自信がある)彼は、親から『神の宿り木』に入るように勧められた瞬間から、それを死刑宣告なのだと冷静に判断していた。

 実際のところ、毎年数多くの一二歳の少年少女がこの施設に入ってくるわけだが、それを勧める親の魂胆は、飽くなき名誉への渇望か少々良心的な口減らしかのどちらかである場合が大半で、貧しい家で六人兄弟の末っ子として産まれたカエサルの場合、まあどちらかといえば後者の意味合いが強そうな気はする。

 大体――と、彼はまたも心の中でぼやく――卒業って何だよ? 『セレクションズ』になることが卒業だっていうけど、在籍年数も成績も関係なく選ばれるんじゃ、頑張る気にもなれないだろう。

 超特権階級『セレクションズ』。神に選ばれし者。

 世界に九九人だけ存在し、毎年欠員が出るたび、それを補うように『神の宿り木』から卒業者として選ばれる。

 『神の宿り木』で昨年度の終わり――つい三週間前――に卒業を言い渡されたのは、わずか一名。カエサルと同じ第二三区画の先輩(というか、普通に友達なのだが)ミドリリルム・フライザ(一七歳)だけだった。彼女は確かに成績は良かったが、同じ学年には『第七区画の神童』リア・ロベルティーノを始めとして、頭脳に関してなら誰にも劣らないという自負をもつ連中が数多いし、何より第二三区画には、彼女より三年先輩で、『学園最高の頭脳』という異名を誇る区画長サリー・チェンがいる。年功序列にせよ成績にせよ、ミドリリルムよりサリーの方が適役であろうと思う。ミドリリルムは、卒業直後の『セレクションズ』の大半がそうするように、今年度から『神の宿り木』において教官として勤めることになっており、二三区画の生徒の約半数にとっての担任になるのだという。だから、下手をすると去年まで先輩であったサリーの担任になる可能性すらあるわけで、その辺りの人事は今日発表になるはずであった。

 ま、神様の考えることはよくわからないってことだろうな。

 カエサルはごくごく簡単に結論付けると、腕時計に視線をくれる。

 デジタル表示は、午前五時五六分。

 恒例行事まであと四分。

 今更緊張もしない。

 入学当初は、この行事のストレスによって胃に孔が開いたこともあったのだが。

 慣れとは恐ろしいものだ。

 カエサルはベッドから上半身を起こした。生活に必要な物しか見当たらない整然とした部屋の一角を見やる。部屋に内蔵されたモニターとキーボード。いわゆる端末である。

 彼は、ベッド脇のテーブルからキャスター付きの椅子を持って運ぶと、端末の前に腰を下ろした。

 着替えもしない。顔も洗わない。まず、起きた直後の状態のまま、この行事には臨みたかった。

 この行事が、ここ『神の宿り木』での朝の始まりなのだから。

 しばらくそのまま待機。

 デジタル時計が六時を告げる。

 今日も『神の宿り木』恒例、『毒避けの四択』が始まった。



 ブン……という極めて小さな機械の起動音が聞こえた気がした。

 意識の片隅でそれを捉えたサーシャ・アンドゥレは睡眠という名の海底楽園からの急浮上を余儀なくされ、血の巡りの悪い体を叱咤して一瞬にして覚醒するという暴挙に成功した。

――また寝過ごした!?

 それを確認する暇も有らばこそ。毛布を跳ね除け、寝癖のついた髪にも構わず、端末に駆け寄ると、ちょうど『毒避けの四択』が始まったところであった。

 制限時間の残りは一九分四七秒なので、正確には一三秒が経過している。

 まだまだ余裕があるというべきだろう。

 危ないところだった。

 サーシャは安心感から大きく息を吐いた。

 彼女は朝に弱い。たったそれだけのことだが、これは『神の宿り木』において文字通り致命的だ。これまで、『毒避けの四択』を完全に寝過ごしたことは一度もないものの、制限時間残り十秒から一秒おきになる警告アラームで目を覚ましたことはこの三年間で百回近い。そのたびに問題文を読まずに勘だけで解答ボタンを押す自分が腹立たしくて仕方がないのだが、感情の昂ぶりだけでは体質を改善する要素には足りないらしいということを、彼女は身に染みて良くわかっていた。だからこそ、時間差をつけて、ベッドから立ち上がらなくては止められない場所に七つもセットしたはずの目覚し時計たちはしかし、悉く自らの手によって知らぬ間に止められている。

――今年からはもう一つ増やすべきかな。

 と、そんなことを考えつつ、ひとまず目の前の問題に集中する。

 モニターには無機質な文字が規則正しく並んでいた。背景は自分で選んだ雪だるまの壁紙だが、メルヘンチックなイラストが『毒避けの四択』のイメージの前にひどく霞んで見える。


 問 古代カリオドル王国の歴史上、女王は全部で二二名存在する。そのうち一九名は首都カギルナハルのセマンドグラル神殿から正式にカリオドルの王を名乗ることを認可されている(ミハドル法典参照)。残りの三名は、セマンドグラル神殿の認可を得てはいないが、それぞれ王国内の別の神殿の認可を受けて、国王を名乗った。その三名の女王を独自に認可した神殿として、ふさわしくないものは以下の内のどれか。

① カンバドグラル神殿

② エザハ神殿

③ エリルの地下神殿

④ ギコールの水上神殿


 今日は世界史の問題のようである。

――ちょうど、去年授業サボってた頃の分だ。

 因果応報。授業に出なければ、その分『毒避けの四択』に知らない問題が出てくる確率は上がる(とはいえ、『毒避けの四択』は全学年、全区画共通の問題であり、長くこの学園にいる者ほど、知っている問題が出てくる確率が高くなるわけで、四、五年もすると、授業になど出なくとも大半の問題の答えがわかるようになるのであるが)。ここにきてツケが回って来たと言える。

 だが――

 昨年度の正答率七八パーセントの彼女にとって、わからない問題など四問に一問の割合でやってくる計算になるのだ。今更あせることもない。

 それでももちろん、同じ区画の一年後輩で『毒避けの四択』正答率二年連続百パーセントというトイ・ハマや、五年先輩に当たる『学園最高の頭脳』サリー・チェンのことが羨ましくないといえば嘘になる。彼女だって出来ることなら、命を守るために絶食をする必要などない快適な学校生活を送りたい。

――こんな学校に来たのがそもそもの間違いなんだけどさ。

 そんなことを今更言ってみたところで、地上に戻れるわけでも時間が遡るわけでもない。後悔などしていても、腹の足しにはならないのだ。

――昨日はそういえば何も食べてないし、今日は当てときたいわね。

 あ。

 余計なことを思い出してしまった。喉が、突然渇きを訴えてくる。空腹感は、まあどうにかなるのだが、喉の渇きは一度思い出すと少々きつい。思わず飲み込もうとした生唾が、喉を通らないほど乾燥している。サーシャは二三度、咳払いをした。

 仮に、今日『毒避け』に失敗して、二日連続飲まず食わずとなると正直かなり厳しい。新学期が始まる今日は、義務授業にカウントされる特別行事の一つ、始業式があるので、自室のベッドで眠って過ごすわけにはいかず、それどころか、片道三〇分かかる第一ホールまでの道のりを往復しなければならないのだ。

 それを思うと、今日は外せない。

――考えろ、サーシャ。どこかにヒントがあるはずよ。問題から推察できる何かヒントが。

 問題文を睨みながら、彼女は自分を叱咤する。

 冷や汗が背中を伝う。不気味な何か、大きなプレッシャーがその姿を変えた、目に見えない魔物と剣を交えつつ、しかし打開策も見えてこぬまま、サーシャのタイムリミットは刻々と迫っていた。

――新学期の始まり方としては最低ね。

 後で会った時、カエサルに八つ当たりでもしよう。彼女はそう心に誓った。

 少し、余裕が出来た気がした。



 トイ・ハマは、引っ込み思案で臆病で、良い意味でも悪い意味でもおとなしすぎるといろんな人から言われる自らの性格が大嫌いだった。この性格のせいで生まれてこの方損ばかりしているように思うし、子供の頃は近所の友達に随分といじめられた。考えてみれば、自分がこんな学園に来てしまったのも、両親に口答えが出来なかったからで、「そうすればいじめられなくなるから」というもっともらしい理由があっても、飲料水に漏れなく毒が含まれている、この壮絶な環境の施設になど自分から来ようとは絶対にしなかったはずだ。

 彼女は、モニターの前に座っている。回答は既に終わった。今日の答えは②だ。目の前には、ボタンを押した後に備え付けの小窓に運ばれてきたカプセル剤がある。これを飲めば、カプセルが胃に到着してからきっかり二四時間の間、体内で毒の中和ができるはずだ。

 入学時、このシステムを聞いた時は、死にたくなった。死にたいと思うこと自体は、別段珍しいことではなかったけれども。

 この施設の飲料水、食物には、毒が含まれている。

 毎朝六時、個室の鍵がいっせいにロックされる。

 そして、端末に表示される四択問題を解かされる。

 正解でも不正解でも、カプセル剤が出てくる。

 正解なら、カプセル剤には二四時間有効な中和薬が入っている。

 不正解なら、カプセル剤には何の効果もないニセ薬が入っている。

 正解は発表されない。

 六時二十分、鍵が開く。

 これだけのことだ。

 このシステムと、時折義務授業として組み込まれる戦闘実習のせいで、この学園に入学した者の九十パーセント以上は一年以内に命を落とす。

 それだけのことだ。

 毎年何万人と殺到する『神の宿り木』への入学者を短時間で、量と質の双方から適切なものへ換える、実に都合の良いシステムだ。

 トイは、これまで『毒避けの四択』でわからない問題が出て来たことはなかった――彼女は、子供の頃から勉強だけは人一倍よく出来た――が、常に恐怖は付き纏っている。自分が正解だと信じた答えが、そして、友人達と話し合って正解だと確認した答えが、実は誤りだったというその瞬間が訪れはしないか。誰にもわからない問題が出題され、誰に確認してもどうやって確認しても正解が判明しないという事態が起こりはしないか。そして、それを確かめるために、飢えに絶えかねた自分の近しい人が、自ら水を飲んで、結局息絶えてしまう日が来はしないか。

 自分は本当に臆病だと思う。

 戦闘実習では、敵を見ても怖くて何も出来ない。原則、行動は二人一組なので、相方に迷惑ばかりかけている。それでも生き残ってしまっている。

 俯き、ついでに腕時計を見る。

 六時一五分三十秒。

 カプセル剤を手に取る。

 中和薬は、朝食直前に飲むのが常識だ。口に物を入れる必要がない時に飲んでも、限られた二四時間の無駄遣いにしかならない。それに、毎日同じ時刻に飲む必要などないわけで、うまくやれば、四日間を三日分の中和薬で普通に過ごすことも出来る。そうすれば、実のところ、はずれた時のために中和薬を残しておくことさえも出来るのだ(尤も、毒の種類と中和薬は毎年変わっているらしいので、一年間しか有効ではないが)。

 トイは、顔を洗うべく洗面台に向かった。カプセル剤は、彼女がそれ専用に使っている小さな円筒形のケースに入れて、テーブルの上に置いておく。

 冷たい水で顔を洗い、昨日中和薬を飲んだ時刻を思い出してから、コップ一杯の水を飲んだ。いつも、少し甘い味がするような気がする。誰にも言ったことはないけれど。

 運良く寝癖の付いていない髪――とはいえ、毛先が自然と外向きにはねてしまう髪質はどうしようもなかったが――を梳かし、常日頃から並びを気にしている歯を磨く。

 今日は、始業式だ。偉い人の長い話を聞かされるのは鬱陶しかったが、休み中に会わなかった友人に久しぶりに会えるのは、少し嬉しい。

 そうだ。

 キタゴゥ君の顔が、久しぶりに見れる。

 喋れると、いいな。



 リート・シュザマは、自分が頭の回らない人間であることを自覚している。この五年間、『毒避けの四択』の正答率は四十パーセントそこそこで、授業に至っては出てもわからないので、ここ二年ほど全く出ていない。取り柄といったら、幼少の頃から慣れ親しんできた剣術だけで、しかし女である自分では、運動能力のポテンシャルで多くの男に遅れを取ってしまうはずで。ただでさえ戦略や読みといったものの働かない自分には、どんなに極めようとしたところで高が知れているだろうこともわかっていた。

 大体どうして、自分はこんな所にいるのだろうか?

 そしてどうして、この学園で五年間も生きてこられたのだろうか?

 どんなに考えたところでその問いに答えは生まれないし、どんなに目を凝らしてみても、自分のやりたいことや自分の本質が見えてこない。

 それが頭の悪いせいなのかどうかは頭の悪いせいでわからなかったが、ともかく彼女は、今の自分にずっと疑問を感じていた。

 五年も前から、ずっと。

 そして、一昨日。答えは見えてこなかったが、もしかしたら答えとなるかもしれないものを、彼女は見つけた。

 自筆の小説だった。

 彼女が今目の前に座っているこの端末が、『毒避けの四択』以外に使えることは知っていた。端末の台座にある、向かって左側の引き出しを開けると、キーボードとマウスが入っていて、四択のための四つのボタンのちょうど裏側くらいにある出っ張りに手をかけて引き出すと、台座が拡張されてそれらを置くスペースが出来、配線を繋ぐだけで普通のパソコンと同じになる。ゲームだってできるし、中央データライブラリにアクセスすれば、自主的に勉強する事だって出来るだろう。ただ、これまでほとんど使ったことがなく、自分としてはそんなことをするよりは、最寄の演習スペースである第三フィールドに出て、愛剣を振っていたほうがまだ面白かった。

 だから、知らなかったのだ。

 この端末に、自由に文章が書けるアプリケーションが入っていたことを。

 そして、そうやって自分で好きなように物を書いていくことが、思いの外楽しいのだということを。

 三日前、ふいにそれに気付いた彼女は、日がな一日、とりあえず自分に関することを書けるだけ書いてみた。それだけで、意外にも新たな発見があったり、忘れていた風景を思い出したり、最後には何かが見えてくるような気がして、心が打ち震えた。

 そして一昨日。その昂揚感を最も楽しむ方法を見つけた。自分の全く知らない誰か、この世の中にいない誰かを自分で想像し、創造し、物語を綴っていくという方法である。人はそれを小説と呼び、彼女ももちろんそうと気付いた。

 とりあえず彼女は、思いつくままに、名前と年齢、職業に始まり、人間関係から心理状態に至るまで、克明に見知らぬ誰かを描いていった。

 するとその誰かが、一つ一つ描写を重ねていくにつれて徐々に、あたかもこの世界に元からいた人物であるかのような、あたかも自分の知っている誰かであるような、そしてついには自分自身であるかのような、そんな気分になってきたのだ。

 感激した。驚愕した。戦慄した。狂喜した。

 彼女は、憑かれたように夢中で執筆を続け、熱病にうかされたように時々天井を見上げて、小さくうめくような呟きをする以外は、ひたすら端末とにらめっこしていた。結局、現実を見失ってふらふらする頭を押さえ、どうにか我に返ったのは書き始めてから十五時間も経った後であった。

 こんなに何かに打ち込んだのは久しぶりだった。

 このまま、この小説を書き続けていけば、何か答えが見えてくるかもしれない。

 リート・シュザマは期待に胸を膨らませていた。

 これから、暇さえあればこの小説を書くことにしよう。

 彼女はそう決意した。

 で、問題なのはここからだった。

 彼女は、そんな風に小説執筆に夢中になった結果として、昨日から今日にかけて一睡もしておらず、『毒避けの四択』に不眠のまま臨み、珍しく答えを知っていたのにボタンを押し間違えるという自分でも初めての大失敗で、たった今偽薬の入ったカプセル剤を手にしたところなのだ。

 やはり自分は頭の回らない人間だ。

 と、それだけを再認識して彼女は、シャワーを浴びるべく洗面所に消えた。



 ロット・リヴルは、「世界には釈然としないことがたくさんある」ということを経験的に良く知っていたが、それでも釈然としないことは釈然としないのだった。

「ええと……」

 『毒避けの四択』も釈然としない物の一つに数えられることは前々から間違いないと睨んでいたが、それにしてもどうにも釈然としなかった。

「じゃあ、今日の答えは②なのね?」

 椅子から身を乗り出すようにしてうめく彼の前では、親友であるカエサル・キタゴウが着替えをしている。

 何を隠そう、ここは、カエサルの部屋なのだ。

 六時二〇分。ロットは自室の鍵が開くや否や、はす向かいに位置するカエサルの部屋へと駆け込んで来た。毎日のことなので、もはやカエサルも、ノックを知らない侵入者を気にすることもない。

「だからさっきから何度も言ってるだろう? あの問題は、去年カザミ先生が戦闘実習で大怪我した時期に、代理でコルゴザ先生が授業やった頃の内容だから、印象に残ってた。間違いない。今日は②が正解」

 その言葉に、がっくりと肩をうなだれるロット。カエサルは、式典の際のみ着用を求められている制服のワイシャツに袖を通しながら、

「何? また今日もはずれたの?」

 と、気楽な調子で尋ねた。

 返事は、しばらくなかった。カエサルが、ワイシャツのボタンを全て留め終えた頃になってようやく、

「釈然としねえーーーー!」

 何やら頭を抱えながら叫び始める。

「大体あれだろ、四択問題なんだから、どんな馬鹿だって四回に一回は当たってもいいじゃんか? 違うか? そうだろ? なら何で俺は一九回連続不正解なんだ? おかしいだろ? 釈然としないだろ? 去年までの正答率三パーセントってのがもう明らかにおかしいよな?」

「まあ……そうだな」

「そうだろ? 絶対あれ、俺が間違えるボタン押すように何らかの小細工がなされてるんだぜ」

「ありえないよ」

 ズボンを履き替えながら、カエサルは一蹴した。

「だろ? ありえないよな? だから釈然としないって言ってんだよ」

 それもそうか。そんな議論の展開をされても嫌だが。

「あーあ。トイみたいな頭があれば、俺も毎日ちゃんと飯食えるのになあ」

「まあ、それは俺も良く考えるけど」

「けど?」

「無理だから。俺らには。そんなの夢のまた夢さ」

 ロットは椅子から立ち上がり、溜息を一つ付いてから、ドアへと向かった。

「とりあえず、俺も着替えてくる」

 釈然としない思いを胸に、部屋を後にする。自室に戻る前に、廊下のダストボックスに今日の分のカプセルを叩き込んだ。

「釈然としねえーーーー!」

 左右に同じ扉がずらりと並ぶ廊下の奥の奥へ、恨みのこもった叫びが走り抜ける。

 それでもあまり気分はすっきりしなかったし、腹がふくれるわけでもなかったが。

 まあ、これでいいような気はした。

「他人の迷惑だから、今度からは第二フィールドに行って叫べよ」

 振り向くと、扉を開けてカエサルがこちらを苦笑しながら睨んでいる。身支度はまだ終わっていないようだ。わざわざこれだけ言うために顔を出したらしい。

「善処するよ」

 それだけ告げると、彼に背を向け、七歩歩くだけで自室に帰りつく。

 見慣れた部屋――とはいえ、カエサルの部屋とほとんど変わりがあるわけでもなく、ようはこの学園の寮自体を見慣れているということだが――は、三分前と同じ様子で自分を出迎えた。当たり前であり、これは非常にわかりいい。釈然としている。ナイスだ。

 何気なく頭を掻き、寝癖に気付いて洗面所に向かった。

 欠伸を一つ。

「さて、今日も頑張って生きるとするか」

 鏡の中の自分が言った。



 ダミアルファ・コウトは冷めている。常に、冷めている。

 『毒避けの四択』でわからない問題が出てこようが、戦闘実習で相方が被弾して血しぶきをあげて絶叫と共に倒れ伏そうが、とうとう一ヶ月前同じ学年の第二三区画の生徒が全滅し、自分だけになってしまおうが、別段慌てる必要を感じなかったし、勿論普段通りに生活していた。

 今日からこの地下生活も二年目ということになるらしい。

 だからどうしたのか。

 いつもと何ら変わりのない始まり方をした朝に、意味を与えているのは人間に過ぎない。今しがた手に入れたカプセル剤を持って、彼は早々に部屋を後にした。

 向かう先は食堂である。

 道すがら左右に並ぶドアの向こうは、全て空室になっており、人の気配のないこの階層だけは全くといって良いほど音がしないのだった。足音さえ床を構成する謎の素材に掻き消され、不気味さはいや増していく。

 ダミアルファには、どうということもない。

 ただ、どう考えても無駄としか思えないこの空間を、何か別の用途に用いた方が良いのではないかとは思う。例えば、下の学年の寮としてここも使用するとか。

 学年が変わっても自分の部屋が変わるということがないここ『神の宿り木』では、完全に人の絶えた学年の階層を、ブロックごと移送して使い回しているらしく、現在二三区画で在籍生徒が一名しかいない学年は二つあるが、この二名のために千室近くの部屋が放置されていることになる。そうでなくとも、どの学年の階層も九割以上が空室になるというのに。

 どう考えても賢いやり方ではない。

 各階層の空室に全生徒を詰め込んでいけば、二階層で済む。わざわざ複雑怪奇な繋がりを持つ十階層構造にしなくてもよいはずだ。

 地下施設である点を差し引いても、『神の宿り木』の複雑さは筆舌に尽くしがたく、例えば、何故かどの個室から歩いても大体三〇分かかる第一ホールは、居住区の第何階層と同じ高さにある施設なのか、理解しているものはいないだろうと思われた。

 その原因の一部が、この寮の部屋割りにあることは疑いようもない。

 腹は立ったが、そんなことをその組織に属している一生徒に過ぎない自分が言ってみたところで変わるものでもない。

 ダミアルファは黙々と歩き、混雑の予想される食堂に一刻も早く辿り着こうとした。

 そこには何の感慨もなく、ただひたすら事務手続きのように冷めた世界だけが広がっていた。

 ダミアルファは、そういう少年だった。



 サリー・チェンが『学園最高の頭脳』という異名を誇るようになって、大体五年の月日が流れている。その間にミドリリルムは入学して卒業したわけだから、自分は一体いつまでここにいるつもりなのか、と思うと少し悲しくなる。

 かといって、果たして自分がそれほど卒業したいかというと、それには首を振らざるを得ない。皆、おそらくそれなりにビジョンを持っているはずで、自分も昔は持っていたはずだが、今の彼女には『セレクションズ』になった時、神に何を叶えてもらうのかという最も重要な点の考えが欠落しているからだ。

 気がつけば、どうでもよくなっていた。

 入学した当初は、とりあえず大金を手に入れて、大豪邸で楽に暮らせる算段を立ててもらうことを願っていたような気がするが、過酷な環境下でも普通に生きていけることがわかるにつれ、逆にそういう世俗的な願望は消えていった。

 今の生活で困ることもほとんどない。

 何らかの願望がないかといえば嘘になるが、それは神に叶えてもらうような代物ではなく、自分でどうにかしなければならない類の問題であった。

 ミドリリルムは、一体どんな願いを叶えてもらったのだろう?

 神との対話とは、一体どのような形式で行われるのだろう?

 余り親しくなかったが、今期からは彼女は教師になると聞く。授業に顔を出して、その辺りのことを聞いてみようか。

 サリーは扉を開け、自分以外誰もいない第九階層の廊下へ出た。ちなみに、一つ上の第八階層には誰もいなくなったため、ブロックごと隔離されて存在しておらず、階段で上に上るとすぐ上の階は第七階層になっている(何が複雑かといえば、少し前までは、八年生だったサリーのいたこの階層こそが第八階層だったわけであり、学年が一つ上がるにつれて、部屋自体は変わらなくとも、部屋の場所が変わっていることだ)。

 同じ学年の生徒は、皆死んでしまった。セレクションズに選ばれた者などいない。

 大体四年生くらいになってくると、『毒避けの四択』で命を落とす者はほとんどいなくなり、逆に、慣れて来て油断が生じる戦闘実習が危なくなってくる。第二三区画における敵、即ち指定有害生命体『闇の羽』は、こちらの戦力に合わせて自らの行動パターンを変えてくるので、相手に慣れて油断している頃が一番危ない。また、三年に一度ほど『闇の羽』が理由もなく凶暴化する事例が報告されていて、その時運悪く戦闘実習が行われていた学年は、全体的に崩壊してしまう(昨年末、一年生の戦闘実習で起こったこの現象は、あまりにも悲惨だった)。

 サリーの学年は、六年生の時に彼女を残して全滅した。別に何ということのない戦闘実習の、その帰り道に突然『闇の羽』に急襲されて担当教官の一人が殺された時、サリーは完全に諦めた。自分だけが生き残れたのは、パニックになって無闇に動いたりしなかったおかげで、もう一人の教官、『最強戦士』カゲツ・イシュールに守ってもらえたというその一点に尽きた。

 その後、自殺することも考えた。

 結局生きているのは、当時は三人いた先輩や、数多くの後輩の励ましの声に支えられたからだと思う。

 この学園において、人の死を悼む余裕などない。

 墓石にも見えるドアの行列を後目に、サリーはどこに通じているのか知れない自分の道を今日もただ歩いていく。

 一日の始まりは、いつも寂しいものだ。



 教員になって、十四年経つ。それはつまり、セレクションズになってから十四年経ったということでもある。

 カゲツ・イシュールは、史上最年少の一三歳、僅か在学一年にしてこの学園を卒業した。

 だが、それを誇らしく思ったことはない。神と対話してみれば、どうということはない、自分が卒業できた大部分は結局のところ運であったと理解せざるを得なくなったからだ。

 それは、セレクションズの選定システムにおける問題点である気もしたし、それこそが唯一の良い点である気もした。

 だが、なんにせよ卒業は卒業だった。

 彼は、願いを一つだけ叶えてもらえることになった。

 神に望みを尋ねられた時、カゲツは即答した。

「俺を、世界最強にしてくれ」

 その直後に、神から具体的にどうして欲しいのか、と尋ねられるとは、正直カゲツは想像していなかったのだが、当時から強さに執着していた彼は、自分が限界を突破するために必要な要素を完全に把握していた。

 だから、別に困ることもなくこう言った。

「腕の数が足りない。俺に、あと二本の腕をくれ。それだけで俺は最強になってやる」

 かくして。

 彼はセレクションズの証である銀色の瞳と、右手の甲に刻まれた十字架の紋章、そして、側腹から伸びる屈強な二本の腕を手に入れた。

 異形の姿を怖がる者がいないと言えば嘘になるが、別段『神の宿り木』で主に戦闘実習を担当する教官として暮らしていく分には、この腕は強さのステータスとして生徒達に安心感を与えこそすれ、恐怖を植え付けるものにはならずに済んでいる。

 そういえば彼が生徒だった時は、教官のセレクションズに殺傷能力を持った光線を放てる者がいて、かなり他の生徒達から怖がられていた。

 その教官も、既に失効したと聞く。

 今期、セレクションズナンバーは一つ繰り上がって一二になった。つまり、彼より年上のセレクションズは一一名しかいないということになる。彼の最初のナンバーは九八だったから、この一四年間で少なくとも八六人のセレクションズが何らかの理由で失効しているというわけだ。セレクションズが失効する方法は二通りしかなく、神に叶えてもらった願いを自らの頼みで白紙に戻してもらい普通の人間に戻るか、それとも命を落とすか、という選択でしかない。それでも随分の人間が失効することを考えるに、自分の叶えた望みに、大部分の人間は嫌気がさしてしまうのだろう。

 カゲツは、自分にもいつかそんな日が来るのかと思うと、少し気が滅入る。

 彼は今、第一トレーニングルームを教官権限で開け、朝のトレーニングにいそしんでいた。最強であるためには、毎日一定のトレーニングを行い筋力を確実に維持していかなければならないからだ。

 この熱意が消える日、四本腕に嫌悪を覚える日が、来なければいいが……。

 と、そこへ。

「あの、カゲツ先生!」

 少し昂ぶった声がかかり、彼は腹側腕(神に増やしてもらった方の腕)での腕立て伏せを中断し、振り返った。

 そこには、背の高い少女が立っている。見知った顔だ。去年度唯一の卒業生。

 セレクションズナンバー九九。

 ミドリリルム・フライザである。

「どうした? 何か用か?」

「はい」

 よく見ると、彼女は部屋着のままだ。どうやら、慌てて部屋を飛び出してきたらしい。

 彼女は、肩で息をしながら、落ち着きなく喋った。

「あの、『毒避けの四択』って、ないんですか?」

「あ?」

 言われたことの意味がわからない。

 呆けたような顔で、固まっていると、ミドリリルムは落ち着きを取り戻してから改めて尋ね直した。

「ですから、教員って、生徒と違って『毒避けの四択』をやらないでいいんですか?」

 何だ。

 そんなことか。

 カゲツは苦笑した。

「聞いてないのか? 教員は勿論『毒避けの四択』免除だ。一日一錠、解毒剤剤は教員会議の際に配布される」

「あ、そうなんですか。……今朝起きたら、端末に何も映ってなかったから、びっくりしちゃいました。それですぐカゲツ先生の部屋に行ったんですけど誰もいなくて、かなり捜しちゃいました」

「……それは、大変だったな」

「全くです。こんなことならもっと早く教員専用寮に来ておくべきでした」

 なるほど。確か彼女は手続き上生徒でいられるぎりぎり、つまり始業式前日である昨日まで、元の生徒居住区域に住んでいたということだった。

 『毒避けの四択』が免除になっていることを知らなかったとしても無理はない。

 だが。

「お前、今日から第二三区画の担当教員だろう? もっと自覚持てよ」

「はあ。すみません」

「やれやれ。まったく。どうも第二三区画は妙な奴が多いんだよな」

 かく言う彼も、第二三区画出身であり、また、今期はミドリリルムと担当生徒を分け合う形でもう一人の担当教員となることになっている。

 カゲツは溜息をついた。

「前途多難だな」

 ミドリリルムはにっこりと笑う。

「全くです」



 自分なりに、随分考えた結果だった。

 神の声を前に、ミドリリルム・フライザは、毅然とした態度を崩さず、大体このようなことを言った。

「一つの答えを得ようとすると必ず他の何かを見失う。私はそうならないように、この世の全ての知識を同時に手に入れることを願う。たとえそれが、私から探求欲を奪い去る結果になろうとも」

 後悔はしていない。

 例えば、別に『毒避けの四択』が教員になって免除されたことなど勿論知っていて、こんなに慌ててカゲツを訪ねる必要など皆無であり、かろうじて自分の人間性を保つために、このようなばかげたことを演じなければならないとしても、だ。

 彼女の様子が、セレクションズになる前となった後で変化したと感じる者はおそらくいまい。彼女の内面での劇的な変化は、しかし彼女の完璧な演技で隠されているからだ。

 今の彼女は、頭に思い浮かんだ疑問のほぼ全てに答えが返ってくる。人間の複雑な心の機微に関する問題や、現実の世界で実現不可能な理論の問題には明確な答えは出ないが、世界に存在する事実の内で、彼女に知ることの出来ない事柄など一切存在しない。

 それでも。

 ミドリリルムは、彼女自身であろうと決めた。

 世界の全てが以前と違って見える今、それでも彼女は自分を保とうと思った。

 よく失敗し、よく泣き、よく笑い、天然だね、とよくからかわれる自分。

 失敗を事前に防ぐために必要なことも、泣きそうになる理由も、笑いたくなるメカニズムも、天然ボケだと思われてしまう行動も、その全てを知っている。

 やめることは容易だ。

 だが、それではあまりに味気ない。

 彼女の、これまで友人であって、これから教え子となる、かけがいのない人間達。彼らと付き合いを続けるために、彼女は多くの演技を必要とすることになるのだろう。

 だが勿論。

 後悔はしていない。

「前途多難だな」

 カゲツが呟く。全てを知る彼女は、あくまで自分らしさにこだわる。

 その発言に対して、どういう態度をとればどのように思われるのか、一般的な考えはわかっていたが。

 笑った。そして言った。

「全くです」

 偽らざる自分の想いは、自分の全てを偽っていた。



 食堂は混み合う。

 何せ適切な時間内ならば完全に無料であり(『神の宿り木』において、金銭が生徒側から集められている様子は一切ない。果たしてどうやって運営しているのだろうか)、それなりの量、質をクリアしているのだから、利用しない者などほとんどおらず、千何百人という単位の同区画の生徒が大体同じような時間に殺到するからである。

 さらには、『毒避けの四択』に失敗したのに食事に手を付けてしまい、眠りに落ちるようにして命を落とす者がいたりして、係の者に運び出されていったり、その周囲の友人が泣き喚いて大暴れしたりといったごたごたも多く、一日として平穏な日はない。

 売店なるものもこの学園には存在し、金ではなく、戦闘実習や授業で得られるポイントをやり取りして食物も含めた様々な買い物が出来るのだが。

 どうしてそちらを利用しないのかといえば、人の多い食堂で、多くの人が、『毒避けの四択』で本当の正解の番号が何番であるかを、他人の様子を見て確実に確かめようといているからであろう(間違っていたとわかった者は、勿論食事を摂ることは出来ず、入り口付近で引き返していく)。

 自信のある答えで、それが正解であると何らかの手段で確認がとれていても、実際に食物を喉に通す時の緊張感は、始めのうちは拭うことが出来ない。同じ番号を答えた他人が無事に物を食べるのを見て初めて、物を口にすることが出来るのだ。

 まあ、三年目ともなれば、実はそんな緊張感などないのだが。

 カエサルは、お盆に載せた朝食を持って、席を取って待っていたロットの元へ向かった。ちなみにロットは今日も何も食べることが出来ないので、憮然とした表情でテーブルに突っ伏している。

 ロットの向かい側の席を陣取り、果汁ではありえないオレンジジュースに口をつける。カプセル剤は、ここへ来る道すがらしっかり飲んでいるので大丈夫だ。

「釈然としねえよ……」

 ロットの呻き声が聞こえる。

「まだ言ってるのか」

「腹減ったよー」

「はいはい」

「このままじゃ、連続不正解記録更新しちゃうよー」

 とはいえ、彼の持つその記録は三九日。まだまだ折り返し地点に辿り着いたに過ぎない。

「つーか、それ以前に、十九日間飲まず食わずで生きてるのはどうしてなの?」

 カエサルのセリフに、ロットがきょとんとして顔をあげた。

「変なのか?」

「ああ。前々から言ってたと思うけど、普通の人間ならまず餓死してるね」

「そんなこと前から言ってたか?」

 頷きつつ、パンにマーガリンを塗る。

「君はおかしいね。はっきり言って異常だ、これは」

 そう言った矢先のことだった。

「環境に適応して進化でもしたんじゃないの?」

 その声は、カエサルの後ろから聞こえてきた。カエサルがパンを齧りながら振り向くと、制服姿のサーシャがお盆を手に立っていた。左右で色の違う猫に似た瞳を光らせ、蔑むようにこちらを――いや、ロットを――見下ろしている。

「ここ、良い?」

 空いていたカエサルの隣の席をお盆の下から不自由に指差し、彼女は問うてきた。

 無言のまま頷くカエサルとロット。

 お盆をテーブルに乗せてから、流れるような所作で椅子に座り、すらりと伸びた足を組む。指で銃の形を作り、それをロットに突きつけるようにしながら、

「あんた、たぶんもう人間じゃないわね」

「随分な言われようですね」

 さすがにムッとするロット。とはいえ先輩に敬語を忘れないのが彼らしい。

「毎日何も食べられないという過酷かつ劣悪な環境下で、健気なあんたの体は、生き抜くために自らを変質させるしかなかったのよ。その本質なんて私には知る由もないけど、ともかくそうやって、適応して進化したあんたは、頭の悪さゆえに、人間であるという一線を超えてしまった訳ね。これが私の説」

 けらけらと笑いながらサーシャは、砂糖もミルクも入っていない紅茶を一口飲んだ。

「……先輩、殴らせてもらいますよ」

「殴れるものなら殴ってみなさい。どうせお腹が空いて力が出ないでしょうけど」

 立ち上がりかけたロットだが、しかしその言葉に溜息をついて再び机に倒れ伏す。

「どうしたんですか、サーシャ先輩。機嫌悪そうですね」

「まあね。憂さ晴らしに、本当の計画ならあんたに八つ当たりするはずだったわよ」

「はは。で、何があったんですか? 紅茶飲んでるってことは、『毒避けの四択』は正解できたんでしょ」

「まあね。でも、危うく寝過ごしそうになるわ、ちょうどさぼってた頃の問題が出るわで私だけ大騒ぎだったの」

「そのストレスを変なところで発散しないで下さいよ」

 ロットの呟きも尤もなものではあった。

「でさあ、ここからがすごいんだけど」

「はあ」

「私さあ、今日の問題の答えを、推理だけで導いたのよ」

 何だ。結局自慢か。

 カエサルは苦笑しながら、スクランブルエッグを口に放り込む。

「どうやったんだと思う?」

「語尾に『ル』がついてない選択肢を選んだんじゃないですか?」

 適当に言っただけだったのだが、サーシャは目を丸くした。

「すごーい。どうしてわかったの?」

 ある程度予想は出来ていたが、想像以上に単純な話だったようだ。

「いや、有名ですから。古代カリオドル王国において、地名とか人名とかには悉く語尾に『ル』がつくんですよ。これが、固有名詞であることを示す記号になっていますし。エザハ神殿なんて神殿は存在しないわけです」

「何ー! それさえ知っていれば、俺にも正解できたのに!」

「でも現に間違えてるじゃない。この事実は変えられないわ」

「ぐっ……」

「まあ、何も知らないところから問題文だけでその法則を見つけたのはそれなりにすごいと思いますよ」

「ま、当然ね」

 満足そうに微笑むサーシャ。

「水上に神殿なんて作れないからって理由で④を選んだ俺の推理力だって侮れないだろう!」

 机を叩きながら必死で言い張るロットであったが。

「侮れるわよ。あんたのは推理じゃなくて、自分の選んだ答えの正当化をしようとでっち上げに必死になってるだけだもの」

「まあ、それは言い過ぎだとしても、かなり浅はかな考えであることは否めないな」

 二人はにべもなかった。

 ロットは、しばらく椅子の背もたれにもたれかかるように脱力していたが、不意に、

「トイ」

 と同級の少女の名を呼びながら手を振った。カエサルがロットの視線の先を追うと、そこにはお盆を持ったまま、空いた座席を探して右往左往する小柄な少女の姿があった。

 何故か、カエサルにはいつも、彼女が今にも泣きそうな顔をしているように見える。

 トイは、ロットの声に気付いた様子もなく、依然きょろきょろと空席を探している。

「トイ」

 再度ロットが声をかけるが、食堂特有のざわめきの中、それは彼女にまで届かないらしかった。

「放っとけば」

 あくまでマイペースにパンを千切っているサーシャに、

「そうもいかないでしょう」

 と言い置いて、ロットはふらふらと立ち上がり、トイの元まで歩いていった。

「あいつって、トイのこと好きなの?」

 サーシャは少し声をひそめてカエサルに尋ねた。カエサルは苦笑して、

「さあ。そんなことはないと思いますけど、わかりませんね」

 と曖昧に返事をした。彼はロットの好きな人を知っているのであるが、サーシャにリークしても百害あって一利なしなので、適当にはぐらかしておいた。

「私、どうもあの娘苦手なのよね。見ててイライラするっていうか目障りっていうか」

「それは言い過ぎですよ。トイは良い娘です」

「その言い方もどうかと思うけど」

 なんだかんだと言っている内に、ロットがトイを連れてきた。

「あ、皆さんどうもおはようございます」

 おどおどと、そんなことを言ってくるトイに、

「おはよう」

 カエサルは笑顔を、

「おはよう」

 サーシャは内面を押し隠した表面上だけの冷たい挨拶を、それぞれ返した。

 ロットとトイが隣り合って座り、四人掛けの席は全部埋まったことになる。

 ロットは当然のように、座るなり机に突っ伏してしまった。

「あんた、そういえば毒避けに失敗した時もいつも席についてるけど、なんで? 帰ればいいのに」

「雑談で空腹を紛らわしたいんですよ。一人でいると、発作的に水とか飲んじゃいそうになりますからね」

「……それは、大変ね」

 さすがにそこまで壮絶な理由があったとは思わなかったらしく、紅茶のカップを持つ彼女の頬は引き攣っていた。

「あの」

 トイが控え目に自分を主張した。

「そんなにつらいなら、やっぱり、去年の分の余ったカプセル差し上げましょうか? 毒の成分が変わるのは今日の深夜十二時からですから、まだ間に合いますし、私たくさん持ってますよ」

 カプセル剤のやり取りは、原則的に自由である。もっとも、本当に解毒剤が入っているかどうかの見極めは、相手を信用できるかどうかに関わってくる問題となり、そういう点から、実践的に有効かどうかは微妙なところだ。

 とはいえ、『毒避けの四択』正答率百パーセントの彼女の申し出とあれば、信頼度の点で何ら問題はない。

 だが。

「いや、それには及ばない。何度も言ったと思うけど、俺は、どうしても必要な時以外は、人の助けを借りないことにしてるんだ。まだまだ俺大丈夫だから」

 ロットはそれをやんわりと断った。

 ちなみに、これは今に始まったことではなく、現に、トイは何度もロットにカプセル剤の供給を提案しているのだが、そのたびに断られている。カエサルも、余りの不憫さに一年生の時に一度だけ同じことを申し出たことがある。結果は言うまでもなかったが。

 ともかく、

「でも」

 と、何かさらに言おうとするトイに、

「大丈夫。こいつ、実はこんな風にぐったりしてるのただのポーズで、ホントはまだ全然余裕だから。ただ、いろんな人から同情の言葉とかもらって楽しんでるだけなんだよ」

 カエサルは笑いながら告げた。

「そうそう。こいつが空腹に負けることなんてあり得ないわ。普通の人ならこれだけ食べなければとっくに餓死してるはずだし、その一線を超えた時点でもうまったく心配は無用なわけよ」

 サーシャが随分と勝手なことを続ける。

「はあ。そういうものですか」

 トイは、何となく脅されたような納得の仕方で頷いた。引き攣った様な笑顔のまま、オレンジジュースにささっているストローに口をつける。緩やかに、ストロー内をオレンジ色が席巻していく。

「ところで、今夜から毒の成分が変わって去年のカプセルが無効になるって言ってたけど、あれはホント?」

 何となしに、彼女がわざわざ使っている、青と赤のラインの入ったストローを眺めつつ、カエサルは気になっていたことを尋ねた。

 毒の成分が毎年変わるのは、周知の事実だ。学園側が、カプセル剤の温存(つまり、三錠のカプセルで四日間普通に乗り切れるという例のあれだ)への対抗策として、同じカプセル剤の有効期限を一年間に絞っているのだ。これは、しごく稀に現れる、『毒の成分を解析して自作の解毒剤を作る』天才肌の生徒への牽制にもなる(極論を言えば、毎日毒の種類を変えれば一切の不正を封じることが出来るのだろうが、ありがたいことにこの学園はそこの点だけ僅かに甘さが残っていたと言える)。四月の頭に毎年変更になっているというような話だったが、彼は余ったカプセル剤を次の年まで取って置けるほど正答率が高いわけでもないので、直接生死に関わる問題ではなく、毒の種類が変わる正確な日付などはそれほど気にしていなかった。

 だが、詳しく知っておいて損をする類の話でもない。

 ストローを眺めたまま、カエサルは返事を待つ。

 返答するために、トイは当然唇をストローから離した。重力に引かれて逆流し、ストロー内のオレンジ色勢力は一気に後退する。

「ご存じないんですか? 中央データライブラリの掲示板に連絡されてましたよ」

「無理無理。この二人は機械音痴だから自室の端末まともに使ってないって」

 こちらは勿論ストローなど使わず、熱い紅茶のカップを口元に移しつつ、しかしあまりその温度を感じさせない速さで一杯飲み干してしまったサーシャだ。彼女のお盆には、紅茶の他にはサラダしか置かれてない。彼女は、いつものように人を馬鹿にしたような、完全にこちらをからかっている口調で喋り、そして大体それと符合している視線をこちらに向けていた。腹は立ったが、その内容は意外と的を射ていたので、咄嗟には何とも言えない。

 ロットは、体力の温存のためか何のためか、すでにサーシャの軽口には反応すらしていなかった。机に突っ伏して、そっぽを向いている。

 乗せられたようで気は進まなかったが、今回はカエサルが弁解をすることにする。

小さな苛立ちを胸に、「小悪魔のような」と表するに足る先輩を睨んだ。何故か、彼女の悪戯な銀色の右瞳が、一瞬青く輝いたように見えた。

「……機械音痴だから端末使ってないんじゃなくて、端末使ってないから機械音痴になったんですよ」

 どうしようもない反論だな、と自分で言いながら思った。

「あはは。同じことだって」

 それはそうだろう。

 サーシャは隙を見て、サラダに入っていたプチトマトを、カエサルの皿に移し変えてきた。カエサルは、それに関してはあえて何も言わない。

「……掲示板はバーチャル上のライブラリじゃなくても、普通に学園内に設置されてますし、端末使えなくても、普通に暮らす分には問題ないですよ」

「わざわざ歩いて第二ホール前の掲示板見に行くよりも、自室から中央データライブラリにアクセスして見に行った方が数段早いじゃない。もしよかったら、今度端末の使い方教えてあげるけど?」

「ま、いずれ機会があればお願いします。機会があれば、ね」

 そこを強調し、カエサルは苦笑をオレンジジュースと共に飲み込んだ。そして、ハムエッグのハムだけを分離して食べようとしていると、後ろからどさっという何か重い物が床にぶつかる音が聞こえた。

 はっとして、すぐに振り返ると、彼の背後のテーブル付近で、一年生と思しき一人の制服姿の少女が、椅子から崩れ落ちるようにして地面に横たわっている。

「ちょっと、え、嘘、カナミ、何で、だって、正解したんじゃないの……?」

 向かいに座っていた、倒れている少女と同い年くらいの少女が、立ち上がり、しかし何も出来ず、混乱したようにその場に呆然と立ち尽くした。

 周囲の人間は、この出来事に注意を払ってはいるが、とりたてて騒ぎ立てたりはしない。

 どうしようもないことなど、彼らにはわかりきっている。

「何で、だって、おかしいよ、おかしい、おかしいって、何で、カナミが死ななきゃなんないの」

当惑しているのか、先ほどから同じことを繰り返し続ける、連れの少女。泣き出す兆候は見られない。まだ、実感が湧いてこないのだろう。

 声をかけてやりたいが、周囲の人間はそれが無意味なことであると知っていた。慰めたところで、どうにもならないのだ。ここでは、友人のほとんど(もしくは自分)は、一年以内に死んでしまう。言い方は悪いが、死に慣れて行く為には、このような事態を一人で乗り越えねばならないのだ。『神の宿り木』とは、そういう所だ。

 だが。

「かわいそうですね」

 そんな風に、割り切れないのが人間だった。カエサルが前に向き直った時、トイが、相変わらずの泣きそうな表情で(これはカエサルにそう見えるだけ、という話だが)、俯きながらそう言った。カエサルも頷く。

「どっちが?」

 フォークでサラダを突っつきながら、つまらなそうにサーシャが聞いた。

「え?」

「だから、死んだ方と死なれた方と、どっちがかわいそうだって言ったの?」

 詰問でもするような、強い調子。

「え……両方、です」

 弁解でもするような、弱い調子。

「そう。不用意にそんなこと口にしない方がいいわよ。それは、結局のところ自分への憐憫と同義だし、何よりかわいそうだと言われた方は、言われたこと自体が実は一番かわいそうだわ。かわいそうってのは、相手が自分より悲惨な状況にあることを強調するような側面があるからね。実際、私ならそう受け取るわ。もしも、あの娘がかわいそうに見えるなら、ここにいる全員がかわいそうに見えるってこと。そんな風に思われるのが快くない連中もきっと多いし、同じ立場なら逆に、かわいそうなんて考えるのは筋違い。死んだ人をかわいそうって言うのなら、『まだやりたいこともあったろうに』とか、同情の余地もある分まだましだけど」

 サーシャは、苛立ちを抑えて、目を閉じたまま一息に言い切った。ロットが、いつの間にか起き上がって、そちらに視線を向けている。

 彼の瞳に宿っている感情は、一言で言えば『冷徹』で、本来ならば何の感情も読み取れない目をしているべき立場と状況だけに、こいつにしては珍しくやけに薄情な面を押し出してきたものだな、とカエサルは不思議な思考を働かせた。

 ロットは、その目に含まれた感情を維持したまま、不思議と普通の口調で口を出した。

「まあ、そうかもしれないですけど、そんな風に割り切った考え方するトイなんて嫌じゃないですか」

 絶妙な言い回しである、とカエサルはひどく感心した。そして、そんなことを冷静に分析している自分にも少し感心した。

 サーシャは、そのような反撃を考えていなかったらしく、一瞬、何も言えずに狼狽する様子を僅かに表情に出した。それから、髪に手をやって俯き、小さく溜息をつく。そして、自分と同じ高さにあるロットの顔を上目遣いに見下ろすという難しいことをしてのけ、カエサルにはほとんど理解できない何らかの意志を、万人に理解できない何らかの方法で相手に伝えようとしたらしい。

 ロットが、器用に片眉だけ上げる表情でそれに対抗し、結局机に沈む。

 その真意はまるでわからない。いまや、あの『冷徹』の意味さえも。

 人間の感情なんて、わからないものだ。

 カエサルの背後では、倒れた女子生徒が、学園の職員(俗称『運搬係』)によって担架に載せられ、どこかへ連れ去られているようだった。抵抗しようとしているらしい連れの少女の声が聞こえてくる。

 カエサルは、それを意識的に蚊帳の外に置こうとした。

 否。既に置いていた。

「トイ」

 そして、鋭く呼びかける。斜め前の席で俯いて座る気の弱い少女に。

「はい」

「君は君だ」

「はい?」

 不思議そうな彼女を横目に、もう一人に声をかける。

「先輩」

「何よ」

「先輩も先輩です」

「あのねえ、何が言いたい訳?」

「だから――」

 カエサルは、何となく、これから自分が言うことを、後々何度も思い出し、そのたびに後悔したりするのだろうな、と思った。

 実際のところ、それは現実となるのだが、この時点ではどうでもいいことだった。

 今の段階で重要なのは、この瞬間に、彼が直感的にそういうことを考えたということのみで、結果などは、二の次。

「他人に何を言われようと、自分の感情を信じて真っ直ぐに生きて行けばいいと思います」

 自己中心的に生きましょう。

 良く考えると、結局、それだけしか言っていなかった。

 そんなことが言いたかったわけでは全くなかったはずなのだが……。


 今日も。

 食堂はいつものように混み合い、いつものように騒ぎを内包し、いつものように全てを静観する。

 学園は『死』を空気か何かのように自然に振りまき、悲劇の上に厳かに建ち、ただただ事実を傍観する。

 世界は、狭く、狭く、そして狭い。

 カエサル・キタゴゥの、『神の宿り木』での最後の一年が始まった。



 二、飾らない人間の飾らない話



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