ハーツさんのふつかめそのさーん。

 




「もう! どうして起こしてくれなかったんですか!」


 ようやく起きたメルガイン君が、大通りの道まで案内してくれながらなぜかぷんすかしている。なんでしょうこの理不尽。


「むしろ君があの騒ぎの中どうして起きなかったのかが不思議なんですが」

「あんな大変な道程で気絶しない方がおかしいじゃないですか!」


 えええ。


「それ、逆ギレって言うんだけど知ってます?」

「というか、どうしたらスラム街の方にまで行けるんですか!」

「わたし、方向音痴なんですよ」


 あそこやっぱりスラム街だったんですねぇ。なぜか一目散に逃げられたけど。


「知ってます! でもこの街の道はほぼ一本道なんですよ!?」

「門番の人も言ってましたねぇ」

「どうして迷えるんですか!」

「どうしてでしょうねぇ」


 本当になんでか分からない。どうして迷ったんでしょうね。


「あ、それよりも、今どこなんです?」

「大通りに出る道です! ここを真っ直ぐ行くだけで着きます!」

「そうなんですねぇ」


 分かりやすい街の作りしてるんですねぇ本当に。素晴らしいね。

 街を作った人が方向音痴だったんでしょうねぇ。


 多分違うでしょうけど。


 とか考えながらメルガイン君の説教を聞いていたら、大きめの建物の前に来た。

 なんというか、街並みもそうなんですけど、外国っぽいというかそんな感じである。いや異世界なんですけども。


「ここがアルヘイン街役所です」

「ありがとうございます」


 おおー、ここが役所かぁ。


 そのまま建物を見渡して、役所の窓ガラスに映った自分の姿がふと視界に入ったわたしの体が、硬直した。


「……どうしたんですか?」

「…………いえ、なんでも、ありません」


 アイエエエエエ?

 なんで? なんでイケオジ?

 まってなにこれ、わたし、なんで金髪眼鏡エルフイケオジになってるんですか?


 まってまってまって。

 いやイケオジは良いよ。たしかにあれはとても良いものだよ。

 だけどこういう、異世界転移で性転換する時ってイケメンか美少年じゃないんですか普通?

 何がどうしてこうなったんです? 


「何を見てるんですか?」

「あぁ、いえ、窓ガラスって結構普及してるんですね」


 動揺してるのを彼に悟られるのはなんかしゃくなので、適当に答えることにした。


「あぁなるほど、エルフの人からすれば、急に文明が発展したように見えますよねー。長生きですし、時間感覚が曖昧になってるんですよ」


 メルガイン君がなにか色々言ってるけど頭に入らない。

 なんでわたしがイケオジになってるんですかね。


 ……多少なりともショックではある。

 しかし、何故こんなにもショックなのかというと、このイケオジがものすごく、それはもうものすっっっごく、わたし好みのイケオジだからである。

 優しげな顔! 眼鏡! 金髪! エルフ! そしてこの美麗なイケオジ!

 こんなイケオジに壁ドンとか、独占欲とか、執着とかされてみたかった。

 あ、ヤンデレは却下で。出来れば溺愛の方向でお願いします。


 だがしかし、それがまさかの自分である。


 ……ひどい。本当にひどい。

 世の中は理不尽なものだって、とても理解していたけど異世界に来てまでそんなの味わいたくなかった。


 どうしてわたしがこんな目に。


「役所、入らないんですか?」

「あぁ、いえ、行ってきます」


 少し動揺が見えてしまったのか、メルガイン君が悲しそうな顔をした。


「……もしかして、僕、辛い記憶を思い出させてしまったんでしょうか」

「そうじゃないですよ、お気になさらず」

「…………ここでも、隠すんですね」


 ん?


「それは、やっぱり僕が未熟だからですか?」

「そういう訳では……」


 というか、それ、何の話ですかね。


「いえ、良いんです、わかってます」

「はぁ」


 一体なにが分かったのでしょうか。


「だって、出会って一日ですしね。僕が信用に値する人だって思ったときでいいです」

「うん……?」


 いや、その時が来たとして何話せばいいのこれ。


「さぁ、行ってきてください。僕は冒険者組合に行ってきます」

「わかりました……?」


 ……こういう、自分の意見とか考えとかで勝手に納得して、人の話聞く気がない人ちょっと苦手ですねぇ。

 二次元のイケメンなら許されるのになぁ。オトコの娘だから許すって人も居るでしょうけど、わたしはちょっとダメですね。出来れば二次元のイケメンになって出直して来て欲しい。

 しみじみと思いながら、役所の建物内に足を踏み入れた。


 簡単に説明をするなら、イギリスとかそういう銀行みたいな感じの雰囲気がする施設、でしょうか。色んな人が受付のお姉さんやお兄さんに質問したり、相談したり、なんか書類を書いたりしている。

 うるさいかと思いきやそこまで大声で話している人も居なくて、なんというか、誰でも来て相談していいという、なんか、あの、ダメだ語彙死んだ。

 とにかくなんかそんないい感じの雰囲気。


 列に並んで辺りを観察していたら、自分の番が来た。


「こんにちは、ご要件はなんでしょう」

「すみません、この街に初めて来たのですが、何をしたらいいですか?」


 ん? 質問ってこんな感じで良かったですっけ。


「エルフの方ですね。この国は初めてですか?」

「はい」


 ちょっと焦ったけど目の前のお兄さんは特に気にした様子が見えなかったので、多分大丈夫でしょう。良かった。


「では身分証もお持ちではないということですね」

「そうですね」

「お名前と、故郷の都市の名前は分かりますか?」

「名前は、フレア・ハーツです。故郷は………………」


 故郷って聞いただけで会社のこと思い出してしまったんですけど。まって、わたしの故郷はそこじゃない。


「あ、いえ、言いたくないのでしたら構いません」

「…………あ、すみません」


 本当は特に何もありません。すみません。


「その場合ですと、ハーツ様には二通りの方法があります」

「はい?」

「冒険者になって、冒険者組合からの保証を受けるという形で身分証を作るか、十万ガルーツで商人組合に入って、商人組合からの保証を受けるという形で身分証を作るかです」

「ふむふむ」


 ガルーツって、やってたゲームと同じ通貨の響きなんですけど、さすがにそれは無いか。

 金貨とか銀貨で取引してるみたいだったしこの国。

 あれ? それとも外貨? もしかすると共通通貨とかかも。


 ちょっと市場とかに出て見てみた方がいいかな。


 まぁ、それより先に身分証をなんとかしといた方がいいとは思うんですが。


「簡易の通行許可証で作れる簡易身分証は一週間のみの使用となりますので、それまでにこの街を出るか、身分証を作るか、となりますが……どうされますか?」

「うーん、ここで身分証は作れないということですか?」

「いえ、身分証を作る為に、あなたをきちんと保証する何かが必要なんです」

「なるほど。つまり、どこに所属している者かという証明が必要なんですね」

「そういうことですね」


 意外としっかりしてるなぁ。


「敵国の者かどうか、とか、そういう心配はしないんですか?」

「いつの話をしてるんですか。戦争があったのは三百年前ですよ? 今はどこも友好国です」

「そうなんですねぇ」


 いや、もう本当にそうなんですねしか言えない。

 色々とツッコまれないのはとてもありがたいし、楽なんですけど、エルフってまじでどういう種族なんですかねこれ。


「あ、ちなみにエルフの方は特に面倒がって、身分証を作らないままでいる事が多いんですが」

「はい」

「その場合、医療費の自己負担額が全額負担になり、家を借りる事も銀行を使う事も出来ません」

「わぁ」


 それはちょっと面倒かもしれない。


「それから、税金を払っていない事にもなりますので、就職が困難になります、ご注意ください」

「それはまた、大変なんですねぇ」


 就職は当分したくないので自分には関係ない気がしてきた!


「それから、宿などにも留まりにくくなると思います」

「そうなんですか?」

「まぁ、宿の人からすれば、不法滞在してる人を泊めてることになりますし」

「なるほど」


 それはたしかにダメですね。


「なので、武力を認めて貰いタダで冒険者組合に籍を置くか、財力で身分証を作ってもらうか、どちらかをオススメします」

「それ以外の方法があるんですか?」


 オススメするってことは他にもあるんですよね?


「あるにはありますが、十年は掛かりますし、面倒なのでオススメしてません」

「それは一体?」

「国に士官することですね」

「やめときます」


 就職はしません!

 わたしは! 自由を! 満喫するんだ!



 

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