ハーツさんのふつかめー。
ふと目が覚める。それと同時に血の気が下がった。
「遅刻!!」
勢いよく叫びながら起き上がる。このままでは電車に乗り遅れて職場に辿り着けなくなり御局様部長に“社会人とかよりも人としてどうなの”とか“そんなんじゃ寿退社出来なくなるわよ”とか、それなりに正論だけど“だから何や”って言ってしまいそうなことをネチネチとモラハラされてしまう。
しかし、視界にこれでもかと飛び込んできた森に時が止まった。
よく見たら、地元ですら見たことのない植物ばかり。
「……え?」
見覚えはあるけど見覚えのない場所。夢の中でなんとなく選んで、なんとなく座って肉を食い散らかし、寝た場所。
その証拠に、骨があちこちに転がっています。
「もしかして、夢じゃない……?」
頬を抓ってみると、微妙に痛い。
痛い? ってことは、本当に、これが現実。
つまり、寝て起きたのだからあれは昨日のこと、ということになります。ということは。
「……職場、行かなくていい……?」
どう見ても森で、ここから職場になんて行けそうにもない。完全なる遭難。慌ててスマホを探すがどこにも無い。
つまり、職場から電話連絡が来ることもない。
なおここは家ですらないので、パソコンも無い。職場からメールすら来ない。
なんなら、既に一日は経過していることになるので、完全なる手遅れ。
「仕事……行かなくていい……!?」
いつもどこかぼんやりしていた世界が、キラキラと輝いて見えた。
仕事しなくていい、それはとても素晴らしい響きで、なんだっけ語彙力死んだ。ともかく最高です。
今頃職場がどうなっているかとか考えるべきなんでしょうが、知らん。どうなろうと知ったことか。
責任感? 常識? 礼儀?
そんなものは擦り切れてお亡くなりになりましたお疲れ様でした!
あんなブラック企業潰れてしまえ。知らん。
御社の成功だか成長だか発展になんぞ貢献してやるわけねぇですわバカタレ。爆発しろ。休めない有給なんて有給じゃないんじゃ労基違反にも程があんだろ。イエスホワイトノーブラック(会社限定)ですよ。
わたしは────自由だ!!!
「んん……、どうしたんですか?」
「えっ?」
ごそごそと起き上がるような気配がしたと思ったら、見覚えのある少女みたいな少年が目を擦りながらこちらを見ていた。
寝る前に付いてきてたあの子だ。なんか、めちゃくちゃ盛り上がってテンションMAXだった心が、しょんぼり萎びた大根みたいになっていく。なお、萎びた大根は美味しくないので、切り干し大根にしてしまうことをオススメします。捨てるのはもったいないからね。
「……いや、なんできみここにいるんです」
「あなたに恩を返すまではお供するつもりです」
「帰っていいのに」
大変申し訳ないのですが、正直、二次元のオトコの娘はともかく、現実のオトコの娘には萌えないんです、わたし。
ちょっと二次元になってから出直して欲しい。
「帰りませんし帰れません! 家族からなんと言われるか……!」
「仕方ありませんねぇ」
「恩を返させていただけるんですか!?」
嬉々として答える彼を眺めつつ考える。
昨日のことが全て現実だとするなら、魔法とかプリーストとか冒険者とかそういう感じのアレが存在する世界に、わたしは今ひとりで放り出されているということ。
そして、わたしにはここで生きていけるだけの腕力が存在していることにもなる。なにせ昨日は、石投げただけであんな大きな生き物が狩れたのだ。
ということは、今必要なものは現状把握であるはず。
「じゃあ、街か村、あるなら案内して欲しいんですが」
「お易い御用です!」
やったー。案内人ゲット。
人が居る所まで行けば、それなりに状況も現状も理解出来る気がしますね。ついでに自分の姿がどう変わったのか確認しておきたい。声は低いし背も高くなり過ぎて全く想像つかないんですよね。あ、あと美味しいものが食べたい。
その場所特有の、美味しい食べ物が摂取したい。
「ところで、何をしに行くんです?」
「現状把握というか、せめて地図が欲しいんです」
見ても意味あるか分からんけど、日本じゃないとは思うからそれの確認がしたいです。これで地球だったらわたしは死ぬ。その場で絶望して死ぬ予感しかしない。
あれ、でも体がこんなに違ってるんだから地球でもなんとかなるかな?
別人として生きていける……?
あ、でもしばらくは働きたくないから仕事探しは放置します。
「えっ、あんな高価なもの無くしちゃったんですか!?」
「うん?」
地図、高いの?
「金貨四枚はするじゃないですか、どうして……、あっ、もしかして、盗まれたんですか!?」
「うーん?」
盗まれるようなものなの?
というか、金貨四枚って何円くらい?
「そうなんですね!? 神官から物を盗むなんて、罰当たりな……!」
「んんん?」
色々と気になる点はあるけども、どうやらこの子にはわたしが神官、つまりはプリーストに見えているらしい。眼鏡だからかな。眼鏡の人って何故か賢そうだったり凄そうに見えますもんね。うん、分かる。
そういえばどんな服着てるんでしょう自分、と思って改めて見える範囲で服装の確認をしてみると、なんかどっかで見た気がする服だった。
こんな服は持ってなかったはずですけど、どこで見たんでしょう。
なんか高そうな白いコートみたいな、なんでしょうよく分からないやつと、シンプルなベストとスラックス。指出し黒手袋と白ブーツ。ただし全部にグレーや金の装飾が入ってる。
なんだっけ、見覚えはあるような気がするんだけどな。
まあいいか、どこかで姿を確認出来るものがあれば見てみよう。正面から見たら多少なりとも思い出すでしょうし。
「それよりも、出発しましょうよ」
「あ、はい! ここから南に行くと街があるんです」
「南ですか」
ということは太陽の……んー、こっちかな?
「そっちじゃなくてこっちです!」
「え? どっち?」
沈む方が西だから、登る方が東で、つまりこっちかこっちなんだけどどっち?
「いや、後ろです!」
「ん? こっち?」
「なんで左行くんですか!?」
「きみの後ろの方向かと思ったんですが……」
紛らわしいなぁ。
「そうじゃなくて僕に付いてきて下さい!」
「じゃあそうしますね」
やっぱり方向ってよく分からないなぁ。
どうして方角ってわかりやすい目印が無いんでしょう。夜だったら北極星はあるのに。
ここにあるかは分からんけど。
とか考えながら歩いていたら、ふと視線の先に生えた何本かの草が目に入った。
「あ、あの草食べられそうですね」
「うわっ、ビリビリ草じゃないですか! 胡椒の代わりになる草です! 高値で売れますので採っていきましょう!」
「へぇー、そうなんですねぇ」
胡椒の代わりになるのは素晴らしい。肉と合わせたりサラダに使ったり使い道がたくさんである。自然ってありがたい。
そうやって自然に感謝しながら、すん、と掴んで、そい、と抜く。
「えっ、もう採ってる……ていうか、なんでそんなものすごく綺麗に採れるんですか……」
「え? ……さぁ?」
たしかに土ごと綺麗に採れてる。なんでしょうかねこれ。
長持ちしそうだから別にいいけど。
「……なるほど、手の内は晒さない。そういうことですね!」
違うけどまあいいや。
「ところで、よく方向が分かりますね」
「僕は冒険者なので、冒険者ギルドの方角は分かりますよ」
「便利ですねぇ」
「そうですよね! 本当に便利です、この冒険者章」
「へぇー」
にこにこ顔で見せられた少年の手の甲に、なんかよくわからん紋章があった。彼の言葉から察するにこれが冒険者章というものらしい。なにそれ。
「へぇーって、もしかして見たことないんですか?」
「うん、わたしの国には居なかったですから」
「……あぁ、そうですよね、エルフですもんね」
「んん?」
わたし、エルフなの?
エルフ、眼鏡、白コート。それらが脳内で合算され、ひとつの答えが導き出される。
ふと、視界の端に入る金色。ぺそぺそと髪の毛を触ってみると髪型も変わっていることに気付いた。襟足を摘んでじっと見ると完全な金髪だった。一瞬ストレスで色が抜けたのかと思ったけどそれにしては綺麗な金髪である。
触ってみた耳も横に長い。
……あれ、これ、オンラインゲームで使ってた、自機じゃない?
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