ⅶ.機械の猫はダイスを振らない
今日はまったく不運続きだ、と狼は胸に生じた苛立ちを噛み殺す。
契約魔獣は契約者が死亡すれば、形を維持できなくなり消滅するという。つまり『ガラクタの街』のどこかに生き延びた人が――人間なのか人外なのかは不明だが――隠れ住んでいるのだ。
人であれば食料を必要とするだろう。考えたくはないが、野獣たちさえ共喰いをする食糧難の時代。契約魔獣に狩らせる獲物がそういうものだったとしても、今さら驚きはしない。
この魔獣を狩ることが、その誰かの命運を断つことだとしても――。
「ごめんね。僕にとっての大切は、フィーだけだから」
「グルルルゥ、ガウッ!」
魔獣が吠え、再び魔力を巡らせはじめる。リレイは天狼から人の姿に戻ると、左の腕を魔獣に向けて突き出し、右の手を添えた。風が巻き、魔力が
人の姿でのみ扱える武器だが、この矢は加減を知らない。当たれば確実に急所を貫き命を奪う、呪われた死の風だ。魔獣の忠義心に同情を覚えようと、フィーを守るためならリレイが殺しをためらう理由はなかった――のだが。
「りれくん、……めっ!」
「――っ、へ?」
不意打ちで背中を強く押され、集中が途切れて指先の魔力が霧散した。再度の構築には当然、再度の集中が必要となる。無論、魔獣の迎撃には間に合うはずなく、せめてフィーを庇おうと振り向いたリレイの頭上を巨大な影が飛び越えた。
抱きしめようと腕を伸ばすも、魔獣の着地のほうが早い。
「グウゥ、クゥゥン、キュウゥン……」
「大丈夫、怒ってないって。ケルベロスが無事で、良かったって」
捧げ持つようにフィーが掲げたフランス人形へ、魔獣は項垂れたまま子犬のように謝罪をしていた。自分がいま見ている光景の意味がわからず、リレイは背後の黒猫を振り返る。
エメロディオは後脚のみで立ち、前足の肉球を合わせエメラルドの瞳を輝かせて、この謎の光景を見つめていた。状況を理解しているように見える猫の素振りに、リレイの苛々がついに臨界点を越える。
「おい、エメ! どうしてフィーを連れて逃げなかったんだ! あの魔獣がフィーを襲うつもりだったらどうするつもりだよ!」
若干の八つ当たりが入ったことは否めないが、リレイの言はごくごく当たり前の感覚だったはずだ。しかし黒猫は悪びれた様子も申し訳なさそうな態度も見せず、ピン、と尻尾を立てて得意げに答える。
「エメはニャニにも縛られにゃーし、ニャニにも服従しにゃいにゃ。フィーのお願いが最優先にゃ!」
「く……、この、機械猫めっ……」
喉元まで迫りあがってきた
さっき言った台詞を拾われ返された悔しさと、いかにも機械的な判断に自分の予測が破れたことで、やはり世界は猫に優しくできているのだと勝手に実感する狼なのだった。
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