ⅴ.その首輪の持ち主は


 遊園地の廃墟といえばメルヘンホラーの舞台ではなかろうか。

 歓楽の象徴だったものが形骸けいがい化するのは、えもいわれぬ不気味さがある。


 生き物より人形やぬいぐるみを愛しているフィーが、この廃墟に転がる壊れた人形たちを救おうと考えてしまったら。この不気味な街に住みたい、などと言いだしたら。

 悪い想像にいても立ってもいられず、リレイは急いで風を巻かせ地上へ戻る。


「フィー、エメ、やっぱりやめよう。ここはやな感じが――」

「りれくん! この子、迷子だって」


 彼にしては真剣な声音で話しかけたのに、振り向いたフィーの腕にはいつものクマだけでなく、大きなフランス人形が抱えられていた。

 豪華で繊細だったはずのドレスは焼け焦げてボロボロになっており、髪もすすけて不揃いな上に絡まっている。人形本体も肌が破れみじめな姿だったが、欠損などはなく五体無事ではあるようだ。


 人形がフィーを呼んだのか、フィーの直感が働いたのか。どちらにしても手遅れだったことを悟り、リレイは憂鬱ゆううつとあきらめを混ぜた吐息を漏らして、空を仰いだ。

 蒼穹そうきゅうは濃さを増し、太陽は今日も熱心に地上を焦がそうとしている。建物の瓦礫が積み重なったこの『街』は遮蔽しゃへい物も多く、水分補給さえ気をつけていれば干からびることはないだろうが……。


「リィ、イイモノ見つけたにゃ! リィにニャーいそにゃ!」


 悶々もんもんと悩んでいるところへ、興奮のあまり人語が崩壊したエメロディオが、瓦礫の間から何かを引っ張って出てきた。

 黒猫が狼へプレゼントをしようだなんて珍しいことだ。目を細め疑いのまなざしを向ければ、エメロディオは自分の身体より大きな金属製の首輪を得意げに掲げる。

 黒鉄の輪で、裏に革が貼ってあった。いぶし銀のトゲトゲがあしらわれた、いかにも魔狼の装備品らしい首輪。ちょうど苛々していたリレイへの挑発効果は覿面てきめんだった。


「へぇ。これが、誰に似合うって?」

「悪食な狼の口を塞ぐンニャ! サイズもピッタリだにゃー!」

「やだね。僕は何にも縛られないし、何にも服従しない。自由を愛する天狼に悪趣味な首輪なんて不似合いだね。……いや、待てよ。それ、ちょっと大きすぎない?」


 やせっぽちの少女とはいえ、人ひとりを翼の間に収めて飛べるほど巨大な狼。その首にぴったりなサイズが、犬や猫や普通の狼に合わせられたものであるはずがない。怪物用にあつらえたような首輪が空っぽで埋もれている、ということは。


 ぎらぎらの陽光が、ふいにかげった。

 思わず見あげたリレイの目に映る、巨大な影。蒼天を背にし逆光を味方につけた毛むくじゃらの何かが、咆哮ほうこうをあげ、さんにんを睥睨へいげいしていた。


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