ⅲ.世界と猫についての考察


 今よりいくらか昔に、世界は終わりを迎えたらしい。


 あるものは炎が降ったと言い、あるものは氷が侵蝕したと言う。

 地を揺るがす振動がすべてを砕いたのだとも、天をくほど高い波がすべてをぬぐい去ったのだとも、言い伝えられるはさまざまだが、真相を知るものはいない。


 なにが理由で切っ掛けだったのか。あたりまえのように存在していた一切が消失し、白い瓦礫がれき砂礫されきに覆いつくされたこの世界が、これからどうなっていくのか。

 先の展望を見とおせるものなど、神様以外にいるはずもない。

 その神様が世界を見捨てたのであれば、もはや希望は一欠片も残されていないだろう。


 雨を奪う乾いた風と、ふいに襲いくる極度の寒波、または容赦ない炎天と。砂礫を掘っても水は出ず、代わりに砕けた骨が出た。

 荒漠と死した世界に生命の気配を見出みいだすことができなくとも、しかし大地が死してしまったわけではなく。生き物はしたたかである。ただ一つ、という種族を例外として。


 時間が経てば、雑草のような植物がまばらに、白い地面を割って顔を出した。

 最初はネズミやう生き物が現れ、そのうちにカラスやハイエナがうろつくようになり、やがては生き延びた人間たちも姿を見せるようになった。

 けれども、その多くはひもじすぎる生活に耐えかねてやせ衰え、凍てつく夜気に命を削られ、ぎらつく太陽に焦がされて、少しずつ死に絶えていったという。


 虫や鳥や獣であれば生きてゆくことができたとしても、人にとって世界は過酷すぎた。

 フィーも、リレイが見つけて連れださなければおそらくは、ゆるやかな死を迎えていたはずだ。甘い夢の中で迎える終わりと過酷なだけの世界を旅する始まり、どちらが幸せか――など、論じるにも不毛すぎる命題ではあるが。


 陽炎かげろうの向こう側に広がっていたのは、真昼だというのにどことなくかげりを感じさせる街だった。上空から見渡した限り、動くものは誰ひとり、何ひとつ見当たらない。

 噴水が崩れて横倒しになっている広場を見つけ、天狼はそこに降りることに決めた。ぐらぐら揺れるとフィーを落とす危険があるので、できる限りゆっくり風を巻かせ、ふんわりと着地するよう努力する。それでも降り積もっていた白塵が舞いあがり、少女はクマのふかふかした腹に顔をうずめてやり過ごしていた。


 毛皮の質では負けない自信があるのに、フィーにとって天狼はではないらしいのだ。空を飛ぶとき首にしがみつかれることはあっても、それが抱擁ハグではないことくらい、リレイもわかっている。

 出会ったばかりの天狼には越えられない壁、とも言えるクマのぬいぐるみが、歌まで習得したとしたら?


 そうなのだ。リレイは本心ではこの探索に乗り気でない――どころか、隙あればあきらめさせる理由を探していたのだった。

 神様はとうに世界を見捨てたはずなのに、こういう下心がうまくいかないのは、なぜなのか。世界はすべからく猫に対して優しく造られているという噂は、本当かもしれない。



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