ⅰ.薄明の空で


 地平線まで白い砂礫されきに覆いつくされた地表に、陽炎がゆらめき立っている。

 薄明はくめいのぬるい風に翼をゆだね、大きな大きな獣が飛んでいた。


 真昼ならば蒼穹そうきゅうに溶けいるであろう真空まそら色の身体も、青に染まりきっていない空ではよく目立つ。一見すると翼のある大きな狼だ。長くしなやかな尾を風にたなびかせ、悠々と飛んでいるように見える。

 近くにまで寄って目をらせば、獣の背、その翼と翼の間にうもれる黒い影に気づくだろう。簡素な黒いワンピースをまとった少女と、黒猫のようなもの。

 狼の首まわりを覆うふさふさとした毛に爪を立てエメラルドの瞳を見開いて、船頭よろしく前方を見る黒猫は、長さがおなじ二本の尾をピンと立てている。背にきらめく銀色は金属製の翼だろうか。

 狼と猫はともに、人の言葉で何かを言いあっているようだ。よく耳を傾ければ、こんな会話が聞こえてくる。


「南は今時刻の太陽を背に左手方向にゃ。狼の鼻先は目的方向から直角にずれてるにゃ!」

「だってさ、夜が明けたら星が見えなくなっちゃったからさー。太陽に向かって飛べば、いずれ着くんじゃない?」

「動く太陽見てッたらにゃ、ぐるぐる迷子でムダすぎぅにゃーッ!」

「迷子も旅の醍醐味だいごみだよ」

「方向音痴をタナにあげるニャー!」


 いきりたつ黒猫と狼の声が聞こえているだろうに少女はまったく頓着とんちゃくせず、腕に抱いたクマのぬいぐるみへ視線を落として茫洋ぼうようとしてる。

 ほつれの生じたそでから伸びる手も、千切れたすそから覗く素足も、不健康なほどに細い。日焼けを知らぬ白い肌と黒い衣服のコントラストが薄い陽光に映えて、少女のほうが人形じみて見える。

 のらりくらりと指示をかわす狼に耐えかねたのだろうか。ふいに黒猫は機械の翼をたたみ、くるりと方向転換して少女の胸元に飛び込んだ。


「フィー! リィが絶望的にうにゃにゃぅにゃ! 何とか言ってにゃッ」

「あっ、エメずるい。抜け駆けする猫なんて振り落としちゃおうかな」

「ヤレるもんにゃらヤッてみィにゃ! リィもキリモミって墜落するがオチにゃーッ」


 少女とクマの間にすっぽり収まってしまえば、狼はもう猫に手出しできない。そもそも狼という獣は空を飛ぶための作りではないのだ。鳥のような旋回や上下移動ができないことくらい、黒猫もしっかり見抜いている。

 ぎりり、と奥歯を噛みしめて、狼が不満の愚痴をこぼそうとした――そのとき。


 はるか向こうの地平線でたゆたっていた陽炎が、突然に大きく揺らいだ。ただただ白いだけだった地表からいろが立ちのぼり、ゆらめく陽炎を染めあげてゆく。黒猫がニャアニャアと歓声をあげ、狼の口から深く重いため息が漏れた。


 と呼ばれる場所が、この風変わりな旅人たちを迎え入れた瞬間だった。




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