英里衣編⑤:突撃! 新聞部
「…………あの。なんでしょうか渡瀬くんに槇村さん、あと葉那」
槇村さんが新聞部に行くと言い始めてから何日か経ったのち、僕たち三人は彼らの部室を訪れていた。特別棟一階にある、書類や本でごちゃついた部屋には、瀬木さんと数人の部員のほか、予想どおりとても嫌そうな顔をした咲也がいた。
「うわ気持ち悪い。変な呼び方しないでよ、咲也」
「やっほー小野寺。遊びにきたよ~」
「ちょっと咲也先輩、なんでわたしだけ名前で呼び捨てのままなんですか!?」
僕らは咲也に向かって口々に言いたいことを言いまくった。特に葉那は自分だけ扱いが違うのがよほど気に食わなかったらしく、頬を膨らませてぷりぷりとしている。そりゃ咲也も妹のことをわざわざ名字で呼んだりしないでしょうよと言いたくなったが、今の葉那にそれを伝えることはできないので口をつぐむほかなかった。
「はっはっは、早速来てくれたのか、君たち」
こんな調子で僕ら四人が談笑っぽい何かをしていると、奥の席でパソコンをいじっていた瀬木さんがゆったりと歩いてきた。彼は相変わらず芝居がかった口調と仕草で僕たちを出迎えてくれる。
「ねえ瀬木さん、魔女研の連中まとめて出禁にしていいっすか?」
「まあまあ、落ちつきたまえ小野寺」
僕たちを追い払おうとする咲也を制した瀬木さんは、迷いなく槇村さんの目の前に立った。どうやら瀬木さんは、僕たちの振る舞いから彼女がリーダーであると判断したらしかった。
「それできみ――ええと、名前は?」
「あたしは二年の槇村。こっちは同じクラスの渡瀬で、こっちは一年の……えーっと、葉那」
「ちょっと、英里衣先輩まで!?」
槇村さんは物怖じせずに名乗る。あと、今日の葉那はこういう扱いで決まったらしい。瀬木さんは特に変な顔をすることもなく、なるほどと言いながら僕たちを見回す。すると葉那のところで目の動きを止め、ぽつりとこぼした。
「ふむ。……きみは、お……あー、いや、誰かに似ているようだ」
「? だれか?」
突然何を言い始めたのだろうか。葉那も槇村さんもぽかんとしている。唯一、瀬木さんの後ろで座っている咲也だけが額を押さえながら渋い顔でうつむいている。瀬木さんの不思議な発言によって、今や新聞部の部室にはなんともいえない微妙な空気が充満していた。
「おーい、瀬木さん……」
咲也が、空気に耐えかねたように低い声で言った。それを聞いて、この人は葉那のことを知っているんだなと理解する。咲也の反応でなんとなく察してしまったのだ。あいつから聞いた話を思い出して、つい葉那に声をかけてしまったが話題が見つけられなかった……といったところだろうか。もしかしたらこの人、めんどくさい話し方をするわりにフリートーク自体はあんまり得意ではないのかもしれない。
そんな失礼なことを思いつつ、僕は槇村さんに目配せした。話を進めてくれという合図を送ったつもりだった。彼女はそれを正しく理解してくれたらしく、瀬木さんにこう伝えた。
「あたしたち、魔女の遺産が壊されて困ってるんです。よかったら遺産に関する新聞部の過去の記事とか、何かしらの資料を見せてもらえたら助かるなと思って」
「……ふむ?」
壊されたという部分に瀬木さんは興味を持ったようだった。彼の眼鏡が室内灯を反射して光る。咲也や数人の部員たちもまた、同じような反応を示した。
「魔女研の諸君よ、その件もう少し詳しく聞かせてくれないかな」
瀬木さんは僕たちに着席を促した。僕たち三人は早速空いているパイプ椅子に座らせてもらった。
槇村さんは瀬木さんに、備品倉庫と旧体育館の件を説明した。それらがいずれも、魔女研の会報作成に向けた調査対象になっていたことも含めてだ。彼は腕を組むと、考え込むように視線を落とした。
「いや……ここ最近、校内で備品や設備の破損が数件あったのは認識していたんだ。しかし壊されたのが魔女の遺産と呼ばれるものだったとは。なるほど、その観点では捉えていなかったな」
「まあ、あたしたちが知ってる二件がたまたまって可能性もありますけど」
「だが、それでも確かめてみる価値はあるだろう」
瀬木さんはふむ、と頷いた。それと前後するように、槇村さんは付け加える。
「……ああ、それと」
彼女は厳しい――いや、どこか冷たい顔をしながら尋ねた。
「先輩、黒いセーラー服の女子生徒……最近見たことあります?」
「黒い? 旧制服の?」
瀬木さんは首を横に振る。
「いや、残念ながら見たことがない。そもそも旧制服を着ていた学年は、もう今年の三月に卒業しているだろう」
「……卒業?」
槇村さんは不思議そうに首をかしげた。そうか、彼女もあの制服についてよく知らないんだ。そのことに気づいた僕はすかさず口を挟んだ。
「あー……ですよね。槇村さんは転校生だから知らないと思うけど、あの制服は今の三年生よりさらに上の人たちが使っていたものなんだ。だから在校生であのデザインを着ている人はいないはずなんだよ。留年の可能性も考えられるけど、年度が替わって以降、最近あの人に会うまで……少なくとも僕はあの制服を一切見ていなかったんだ」
そうだ。僕の感じた引っかかりはこれだったのだ。自分で言葉にしてみて改めてはっきりした。あの制服を見たことがあったばかりに見逃しそうになっていが、もうあれを着ている人はいないはずなのだ。しかもよく考えれば彼女は長袖の合服にタイツまで身につけていて、明らかに季節感を無視した妙な出で立ちだった。僕たちはとっくに衣替えを済ませて、すでに夏服を着ているというのに。
「でも、あたしたち見たんですよ。黒いセーラー服の女。その備品倉庫の近くで……!」
「それは妙だな」
槇村さんはますます険しい顔になって瀬木さんに疑問をぶつける。その姿はどこか焦っているようにも見えた。だが、瀬木さんもその答えを持っているわけではなく――彼は落ち着かない様子の槇村さんをなだめると、彼女に言い聞かせるようにゆっくりと語りかけた。
「……判った。気に留めておこう。その人が何者なのかは、現時点では不明だが」
「……ええ。お願いします」
そこまで言われて、槇村さんはようやく肩の力を抜いたようだった。
その後は当初の目的だった資料の話をした。彼らは過去の校内新聞など、新聞部の発行物の閲覧を承諾してくれた。校外に持ち出さないという約束なら、貸し出しもしてくれるという。思ったよりもずっと柔軟な対応をとってもらって、僕としてはなんだか拍子抜けしてしまった。
「ところできみたち、こちらからも少しいいかな」
話がまとまったころ、瀬木さんは声を落として言った。どことなく、新聞部員たちの視線がこっちを向いたような気がする。
「この前ミリー……魔女研の田中さんにも頼んでいた件だ。知っていることがあれば教えてほしい」
ミリーというのは会長さんのニックネームらしい。そんな愉快な呼び名があの人にあるだなんて、僕は全然知らなかった。
そんな僕の雑念をよそに、瀬木さんは眉間にしわを寄せてにわかにシリアスな表情を作る。それと同時に、室内の空気がまた重たくなった気がした。
「……君たちの周りに、長期間顔を出していない生徒はいるかい?」
「長期間……」
そう言われて、僕の頭に真っ先に思い浮かんだのは、元王子様の白崎くんのことだった。なんでも彼は、急な留学で外国に出ているのだとかなんとか。確かに突然すぎて奇妙ではあるが、しかしそれがどうしたというのだろう。彼は真剣な顔のまま、新聞部員たちを振り返ってから話し始めた。
「実はいま、療養とか留学とか、そういう何らかの理由で学校に来ていない生徒たちがいる。ひとりふたりならそういうこともあるとは思うが、学校全体でその数は二桁にのぼっているんだ」
「え……」
白崎くんの留学に対する僕のぼんやりとした疑念が、一気に形を成した瞬間だった。
彼と同じような人が、この学校に何人もいる?
彼ひとりならば特におかしなことではないが、もしそうだとすると……。
「それって、普通じゃない……ですよね」
思ったことがそのまま口から出た。そして瀬木さんは僕のその考えを、肯定した。
「そうだとも、渡瀬くん。これは普通じゃない。でも彼らは本当にそういった事情で学校を休んでいる。事実として、たくさんの生徒が同時期に留学したり、療養したりしているんだ。これはとても不思議なことだよ」
瀬木さんの言葉を聞いた僕たちは、誰ひとり口を開くことができなかった。彼は僕たち三人の顔をゆっくりと見回してから、改めて口にした。それは僕が頭のどこかで気づいていて、心のどこかで気づきたくなかったことだった、そんな気がする。
「――いま、この学校では何かが起こっている。そんな気がしないかい?」
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