葉那編⑥:校外活動
「――というわけで、魔女研として校外活動をしたいと思っています」
葉那と『思い出鏡』を見た次の日の放課後、僕はさっそく会長さんに話をしに行った。部室には会長さんと吉田さんがいた。ちなみに葉那は今日学校を休んでいるらしい。
「要するに、みんなで遊びに行きたいってことね?」
会長さんはふわふわとした口調で尋ねてきた。
「あ、はい……。なんていうか、そういうことです」
よく考えると、魔女研に探りを入れようとしている状況でこの人たちを巻き込むのはおかしい気がする。しかしこの部室で楽しそうに過ごす葉那の様子を思い出すと、会長さんたちと関わること自体が悪いこととは思えなかった。何よりこれは葉那の交友関係であって、僕のものではない。そこに口を出すのはさすがに行き過ぎだろう。
「……遊ぶのはいいけど、なんで急に?」
ふむふむと頷いている会長さんの横で、吉田さんが口を開いた。
視線は相変わらず携帯ゲーム機に注がれていて、僕たちのほうを見ていない。しかし髪の毛からちらりと覗く耳だけは、しっかり会話に参加しているらしかった。
「ああ、えっと。葉那が」
しまった。経緯が経緯だけにどうにかぼかして伝えようと思っていたのに、バカ正直に答えてしまった……。
「花邑?」
案の定、吉田さんは視線を伏せたまま怪訝そうに言う。彼女はあまり顔に出ない人のようだが、今ばかりはボブカットの隙間から窺える表情もどこか渋いもののように思えた。
「はい」
「……そう」
てっきりあれこれ追求されるものだと思っていたが、吉田さんはそれだけ言うと、ゲームを中断して立ち上がった。どうしたのだろうかと思っているうちに、彼女は速い足取りで部室を出て行ってしまった。
「あれ、吉田さん?」
「ああ、気にしないで。かのんちゃんは別に怒ってるわけじゃないから。それより渡瀬くん、校外活動自体は構わないけど、いつどこに行くか決めてる?」
会長さんは机に置いた古めかしいハードカバーの本を閉じながら、僕に尋ねた。さすが噂に名高い秀才というべきか、外国語の本らしい。表紙からして僕にはまったく読めなかった……。
と、目の前の先輩に圧倒されている場合ではない。僕は会長さんに視線を合わせた。会長さんの目は夜の空のようで、僕ら普通の生徒のものよりほんの少しだけ光を多く宿している気がした。なんだかこのごろ、目のキラキラした人によく出会う気がする。
「……はい」
僕は頷く。会長さんは黙って僕の話を聞いてくれた。
「海に行きたいと思っています」
「――いいわね。うん、とってもいいと思う」
その後も会長さんと校外活動、もとい海に遊びに行く計画について話し合いをした。会長さんは僕の突拍子のない提案に反対することはなく、ただ内容をしっかり練るようにとだけ言った。日程はみんな(と咲也)の都合を聞いてから決めることになり、話したいことを出し切った僕は彼女にお礼を言って部室を出た。
これ以上は校内に用事もない。夕方の学校を出るために、僕は昇降口を目指すべく歩き始めていた。
「渡瀬」
今まさに下り階段に踏み出そうとしていたとき、ぶっきらぼうな女の子の声が僕を呼び止めた。それは部室を出たまま姿を消していた吉田さんのものだった。
吉田さんは僕を手招きして窓際に立たせると、僕との距離をずいずいと詰めてきた。魔女研でいちばん小柄な彼女に間近で見上げられる格好になり、思わず後ずさりそうになってしまう。
「花邑のことだけど」
こちらの戸惑いをよそに吉田さんは遠慮のない口調で話し始めた。有無を言わせぬ勢いにいろいろとストップをかけたくなったが、僕は彼女の顔を見てそれをやめた。こちらを見上げる顔――思えば、この人の顔を正面からじっくり見るのはほとんど初めてである気がする――はひどく真剣で、思い詰めているようにさえ見えたからだ。
彼女は重々しい声で続けた。
「……魔法絡み?」
「!」
僕は息を呑んだ。
まだまだ存在感を放ち続ける夕陽の中、僕の身体はまるでこの場所に縫い付けられてしまったように動けない。声を出すことも、どこかほの暗い光を向け続ける吉田さんから視線を外すこともできなかった。
――そして、目の前の女の子は僕の反応を肯定と取ったようだった。ただ、彼女はそれだけでは満足していない様子で、僕により確かなものを求めているように思えた。
「……はい」
僕が真実を声にした瞬間、彼女の刺すような視線が僕から外れた。それと同時に、あれほど動かなかった僕の全身がにわかに解き放たれたように感じられた。
「そう」
彼女は目の前の事柄から急に興味を失ったように背を向ける。
僕に顔を向けないまま、彼女は先ほどと変わらないぶっきらぼうな口調で淡々と言った。
「田中と話したんでしょ。細かいこと決まったらまた教えて」
それだけ言って、吉田さんは部室ではないどこかの方向に歩き去っていった。僕は、彼女がどうして魔法のことを言ったのか解らなかった。
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