葉那編~思い出鏡~
葉那編①:思い出鏡
初めて会ったときから好きだった。
ずっと前から好きだった。
生まれる前から好きだった。
*
僕は、葉那と一緒に調査をすることを決めた。
よく見たら女子ばかりの環境の中、もともと友達だった彼女と組むことは心理的にハードルが低かったし、何より彼女の謎に高いレポート作成能力に乗っかりたいと思っていた。そもそも僕は葉那や咲也に頼まれて参加しているだけであって、そこまで魔女に興味がないのだ。まあ、正直これはメンバーとしてはかなり致命的な欠点だと思う。
葉那はそんな僕の弱点を見抜いているのかいないのか、共同調査について快く承諾してくれた。会長さんたちに考えを伝えた翌日の放課後、僕たちはさっそく下調べに乗り出していた。
ちなみに僕に相棒選びを一任してくれた槇村さんは、自動的に吉田さんと組むことになった。あのふたりも旧知の間柄だそうなので、これはこれで楽しそうだと彼女は笑っていた。
「それじゃあ『思い出鏡』について説明するね」
部室に集合した僕たちは、まずは調査対象である『思い出鏡』について話し合うことにした。というか、葉那が何も知らない僕に魔女伝説を教えると意気込んでいるのだ。部室には例のごとく会長さんと吉田さんもいて、ホワイトボードの前に立つ葉那に向かって拍手を送っていた。葉那もまんざらでもなさそうな顔ではにかんでいて、部室にはほのぼのした空気が充満していた。
先生役の葉那は背筋をぴんと伸ばすと、大きく文字を書きながら話し始めた。
彼女はどちらかというと小柄だが、こうして見てみると制服から出ている手足はぎゅっと引き締まったような形をしているのがよく判る。これは、いわゆるスポーツをやっている人の体型というやつだと思った。
『――今度、大会に出るんだよ』
ふいに頭の中で鳴り響いた誰かの声を、僕はこぶしをきつく握りしめることで振り払った。葉那は相変わらず何かを書いていて、先輩たちは彼女の背、あるいは頭で揺れるポニーテールを見つめていた。誰も僕のことを見ていない。でも、今はそれがこの上なくありがたく、正しいと思った。
今、この場の主役はここにいる葉那だ。そうであるべきだと心から思う。
「えっと、『思い出鏡』っていうのは旧体育館のステージ脇にある古い姿見のことです」
準備が終わった葉那が、明るい調子で話し始めた。
僕はこぶしを解いて彼女の話に耳を傾けた。
「その鏡は、覗いた人が見たい過去を見せてくれると言われています。思い出の場所とか、古い友達とか、とにかくその人が大事にしているものです。だから、思い出鏡って言うんだって」
葉那はホワイトボードを指し示しながら、大事なポイントを簡潔に説明していった。
「それで、これは場所が判っている遺産だから、わたしと秋くんでサクッと見に行ってしまいたいと思います。それぞれ覗き込んでみて、何が起こるか確認するの」
「ああ、うん――わかった」
僕の返事を受けて、葉那はにこりと笑った。
「じゃあ、早速行ってみようか。何が起こるか楽しみだね!」
先輩たちを部室に残して、葉那と僕はさっそく旧体育館(この前、槇村さんと待ち合わせした体育館とは別の場所)に向かうことにした。
旧体育館は一部の運動部が使用しているほか、授業でたまに使うことがあるごく普通の校内施設だ。普段は気にしたことがなかったが、言われてみれば周辺部をぐるっと縁取るように通路が設置されており、二階に当たる部分を歩けるようになっている。葉那いわく、ステージ袖からこの通路に上がれるようになっているそうで、その階段のそばにひっそりと設置されているのが例の鏡らしい。
「確かに、そんなとこ普通は入らないよなあ……」
「だよね。だから近くにあっても知らない人が多いみたい」
そんな会話を交わしながら、僕らは特別棟一階から旧体育館に抜ける通路を進んでいった。今日は誰も使っていないのか、旧体育館側から歩いてくる生徒もいないし、そもそも誰の気配も感じられない。ただ、放課後になって傾きだした日だけが僕らを斜めに照らしていた。初夏の空気はずいぶんと蒸すようになり、少しだけ息苦しかった。
自然と、僕らの間にも沈黙が落ちる。
「今日は運動部の人、いないんだねえ」
その空白を埋めるように、葉那が言った。
先を歩く彼女は首をわずかにこちらに向けると、軽い調子で僕に問いかけた。
「ねえ秋くん、ここっていつも何部が使ってるの?」
「…………」
僕は、息をのむ。こういったものはなるべく表に出さないつもりだったのに、つい反応が遅れてしまった。なにしてるんだ。だって、こうであることは判りきっていたじゃないか。
「秋くん?」
「……男子バレー部だよ」
「へえ~。そうなんだ。うちのバレー部って強いんだっけ? クラスの子が言ってたよ」
再び前を向いた葉那は、からからと笑った。日差しはまだ少しだけ痛くて、葉那の後ろに長い影を作った。葉那について歩くうちに僕は彼女の影を踏みそうになり、それがなんとなく嫌で、ほんの少しだけ左にずれた。こうすればきっと大丈夫だから。
大丈夫だから。
「……男子の方はね。女子はそこそこ、かな」
「そっか! いやー、スポーツっていいよね。わたしも身体を動かすのは好きだなあ」
葉那は、楽しそうにからからと笑った。
「……そうだね、葉那」
大丈夫だから――。
僕は下を向いて唇を噛む。決して、彼女に見つからないように。
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