第6話
問題の事故物件の部屋である。
インターホンを鳴らすも誰も出ない。
当日、田原に急用が出来たとかで同席出来ない代わりに、404号室に住んでいる
持ち主の親族が事故物件の部屋を借りるということはままあるそうで、一度でも入居者が部屋を借りれば次からは事故物件であることを申告しなくても良くなるとのことだ。
しばらく待ってみても、やはり誰も出てこない。田原に連絡しようと電話をかけるも、こちらも連絡がとれない。引き返そうかとも考えたが、このまま三十万の報酬をふいにするのは惜しい気がした。
俺は試しにドアノブを回してみる。すると、あっさりと玄関の扉が開く。
「ごめんくださーい」
やはり返事はない。
「入りますよ」
一応、そう断ってから俺は靴を脱いで部屋に入る。廊下を真っすぐ進み、リビングへと進むが誰もいない。キッチンの流し台には汚れた食器が積み上がっている。この部屋でつい最近まで誰かが生活していたことは間違いなさそうだ。
「誰かいませんかー?」
そう言いながら全ての部屋を調べていく。しかし、人どころか幽霊すら見当たらなかった。
最後に残ったのはバスルームだ。
しかし、ここで異変に気付く。脱衣所からバスルームへのドアが開かないのだ。よく見るとドアが濡れたバスタオルをかんでいる。
何だこれは……!?
俺はドアを強引に蹴破った。
するとバスルームから大量の煙が溢れ出てくるではないか。目と鼻の奥に痛みを感じて、俺は激しく咳きこんでしまう。慌てて換気扇のスイッチを入れ、中の様子を確認すると、洗い場に男が胎児のように丸くなって倒れていた。赤い髪を逆立てた二十代前半くらいの青年、おそらく田原の甥だろう。脈を調べようと腕に触れると、僅かに体温が残っているものの既にこと切れている。まだどこにも
死体の傍らには
――練炭自殺。
状況からするとそれで間違いなさそうではあるのだが、現場にはただ一つだけ奇妙な点があった。
――浴槽になみなみと湯が張られていたのである。
〇 〇 〇
警察に通報して三十分後に顔馴染みの刑事がやって来た。
どんな事件も瞬く間に解決する敏腕刑事ということになっているが、その手柄の殆どに
「死体が出たというから来てみれば、君が第一発見者とはね、
「名探偵は怪力乱神を語らず、だそうで」
「何だそりゃ?」
桶狭間警部は訳が分からない様子でキョトンとしている。
「まァ今回は小林君が活躍するような事件ではなさそうだがね」
「やはり自殺ですか?」
「仏さん、
「叔父の田原
「そりゃ一度や二度なら金を工面してやっただろうが、それにも限度はある。この部屋も事故物件とはいえ、ほぼ無料で貸していたようだ」
――自殺。
「となると、浴槽の中の湯はどうなります?」
「風呂にでも入ろうとしてたんじゃないのか」
俺が疑問に思って訊いてみても、桶狭間警部はそれがどうしたと言わんばかりの反応である。
「いやいや、これから死のうという人間が湯を沸かします? 普通」
「直前まで風呂に入ろうと思っていて、突然死にたくなったのかもしれないだろう」
「……流石にそれはないでしょう?」
「あのね鏑木君、そんなことは結局のところ本人にしか分からないことだ。もしかしたら本人ですら合理的な説明が出来ないかもしれない。私はこれまでに何度も自殺で亡くなった仏さんを見てきたが、冷静に身辺整理をきちんと済ませた例は数える程しかない。殆どの場合、自殺というのは突発的に決行するものだ。浴槽に湯を張るくらい、取り立てておかしなこととは思わんがね」
確かにそうかもしれない。
人が自殺する直前に合理的な行動をとるとは限らないというのも納得出来る考えのように思える。
だんだん自信がなくなってきた。
そのとき、俺のスマホが振動した。
田原からだ。
「鏑木さん、ついさっき警察から連絡がありました。この度はとんだことに巻き込んでしまって申し訳ない」
「田原さん、今どちらに?」
「どうしても外せない用事で名古屋にいるところです。これから新幹線でそっちに向かっても、二時間以上かかるでしょう。報酬は後ほど五十万振り込むので安心してください」
「え?」
俺は耳を疑った。田原は三十万だけでなく、霊を祓った場合の追加報酬の二十万まで支払うつもりらしい。
「いや、待ってください。俺はただ浴室でアキラさんを見つけただけで、幽霊を退治したわけではないのですよ?」
「厄介ごとに巻き込んでしまったのですから、当然のお詫びです」
「田原さん、俺はお役に立てるようなことはまだ何も……」
そこで通話が切れた。
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