第3話

 その日鏑木かぶらきと一緒に達磨軒だるまにやって来たのは、ベリーショートの髪が印象的な、不敵な笑みを浮かべる少女だった。セーラー服を着ていなければ、恐らく少年と見間違えたことだろう。


「これは鏑木さん、まだ私の力を信じませんか。貴方も強情な人だ」

「いえいえ、俺はもう降参ですよ。今日は普通にラーメンを食べに来ただけです。ただこの小林こばやし、俺の助手なんですがね、恵比寿えびすさんのことを話しても、この目で確かめるまでは信用出来ないと言うものですから」

「選手交代というわけですか。まァいいでしょう、相手になりますよ」


 私が一瞥すると、小林と呼ばれた少女はオホンとわざとらしく咳払いをした。


「その前に恵比寿さん、貴方お金持ってますか? もし今日貴方が負けた場合、私の分の食事代は貴方が支払うことになる。念の為確認しておこうと思いましてね」


 達磨大師のような店主の目玉がギョロリと私を睨み付けた。


「馬鹿言っちゃいけません。貴女の分の昼食代を払う持ち合わせくらいありますよ。それに私の力は本物だ。だから絶対に負けません」


 おのれ、生意気な小娘め。貴様が逆立ちしたところで神の力には遠く及ばないことを思い知らせてやる。


「小林さん、念の為もう一度ルールの確認をさせて下さい。貴女が隠すのはこの小達磨。小達磨を隠す為の制限時間は、今から注文したラーメンが出来るまでのおよそ五分間とします。もし制限時間内に隠し切れなかった場合や、小達磨を店内の達磨以外の場所に隠した場合、自動的に貴女の反則負けとなります。宜しいですね?」


「ええ」

「それでは始めましょう」


 精々何処に隠すか悩むといい。

 もっとも、何処に隠そうが同じことだが。


「隠し終えました」

「随分早いですね。本当にもう宜しいのですか?」

「ええ、アイマスクを外して下さい」


 小林に言われるまま目隠しを取ると、そこには異様な光景が広がっていた。


 ――達磨が増えている!?


 店内に飾られていた達磨の数が明らかに増えているのだ。

 ざっと見渡しただけでも三十体近くはあるだろう。

 どこもかしこも達磨達磨達磨。


 ――達磨だらけだ。


 恐らく小林が達磨の入れ子人形を予め用意して、店に持ち込んだのだろう。


「小達磨を隠したのは元々店に置いてある達磨の一つなんで安心して下さい。これならばルールには触れていませんよね?」

「…………まァいいでしょう」


 小賢しい。この程度で私の神の力を封じれると思っているのか?

 否、待てよ。

 異変は達磨の数だけではない。さっきまでいた筈の客が全員いなくなっている。


「気がついたようですね。さっきTwitterツイッターで『駅前で水着ギャルの集団が大縄跳びに挑戦している』という嘘の情報を流しました。よって、現在この店の客は私と鏑木と貴方の三人だけです」

「……ふん、見くびられたものですね。私の力をこの程度の小細工で如何こう出来ると本気でお考えですか?」


 私は割り箸を割って、急いでラーメンを吸い上げる。

 大丈夫だ。少々冷や汗をかかされたが大勢に影響はない。落ち着いて対処すれば問題ない筈だ。

 この勝負、貰っ


「ぐああああああああああああああああああああああああああッ!」


 痛い。口の中が焼けるように熱い。

 何だ?

 一体何が起こった?

 否、そんなことより今は水、水だ。

 私は貪るようにコップに入った水を飲み続けた。


「うふふ、小林スペシャルのお味はどうでしたか? 貴方が増えた達磨に気をとられている隙をついて、ラーメンに大量の豆板醬とうばんじゃんを入れておきました」

「貴様ッ!」


「おっと、そんなことより早く小達磨を見つけて貰えませんかねェ? ま、今の貴方には難しいでしょうが」

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