ソウハシンセイー創破神世ー(旧作)
偽穢(いつわり けがれ)
第1話 <四人の介入者>
「で、あんたは何してるわけ?」
朝、宿屋で目を覚ますと視界一杯に男の胸板が広がっていた。
他の男達と違って、男臭くないなーとか思いながら、その人物の顔を見る。すると爽やかな表情で、清々しさを放ちながら男が口を開いた。
「なにって言われても、寒そうだったから一緒に寝れば暖かいと思っただけなんだけど……暖かくないのかい?」
そう言って腕に力をいれ、強く抱きしめてくる。
これが普通の女性だったら、近くに見える顔の良さとこの状況でドキドキしてしまい、恥ずかしがった姿が見れただろう。
だが彼女は違った。
「あのね……! これでわたしのベッドに入るの何回目よ!? それに今の季節で寒い訳ないでしょうが!」
大きな声を上げ、何とかして離れようともがく。
普段は力がないように見えても、やはりそこは男。華奢な細腕ではびくともしない。
「ああ、もう! 離しなさいよ!」
ただ力の差を認めるしかなく、自分の弱さにいらつきながら話し掛ける。
男は怒声をかけられても平然としており、しかもあろうことか
「そんなに怒ったら、せっかくの綺麗な顔が台なしだよ。ほら、落ち着いて」
とか言いながら、頬にそっと触れだす始末だ。
「な、何言ってるのよ?! いいから離しなさい!!」
流石に面と向かってのこの台詞には恥ずかしいのか、頬がわずかに赤く染まる。
――綺麗とか、そんなことで動揺したらいけない……こいつは女の子だったら誰かれ構わず、そんなことばかり言うんだから……
「赤くなってかわいいな~。クロワノールは♪」
からかうような声ではなく、本心からそう思って言ってる言葉に、クロワノールはさらに頬を染めた。
「ふ……ふんっ! べ、別に赤くなんてなってないわよ! 女の子になら誰にでもそんなこと言うヤツの言葉に、わたしがどうして赤くなるって言うのよ?!」
「ふ~ん。まあ、自分の顔は自分で見れないからわからないか……」
「だ・か・ら! 赤くなんてなってないわよ!!」
「ムキになっちゃって、まったくもってかわいいな~♪」
「~~~~っ!」
耳まで染まり始め、嫌でも赤くなってるのが分かる。顔が熱く、かっかっとする。それを見られるのに耐えられず、下を向いて口を閉ざしてしまう。
このまま、本来の話しが止まるのかと思ったとき――
「まったく……ヌーヴェル、君は朝から何をしてるんだい?」
ドアのある場所から、これまた顔の良い男が声をかけてきた。その男はヌーヴェルと呼ばれた男とは違い、誠実そうな人物だった。
「ん~、見てのとおりだと思うんだけど?」
「……そうか。なら早く彼女を開放しろ。どうみても喜んでるようには見えない。いくら君が雇い主だからといって、彼女を好きにして言い訳がないはずだ。僕の言葉がわかるか? もし分からないと言うのなら―――」
見せ付けるように手を上げ、何かを掴むそぶりをみせる。
「あ~、わかってるよ。相変わらずルクリュは固いな」
それを見たヌーヴェルは仕方なくクロワノールを離し、ベッドから大人しく出てきた。
途中で彼女の少女のようにホッとした顔が見え、その表情にヌーヴェルは愛らしさを感じてしまう。
――これだからうまく止めれないんだよな。言葉は悪いが、クロワノールは弄ると可愛い反応をし過ぎだ。
「ありがとう、ルクリュ。助かったわ」
ヌーヴェルが離れたので、クロワノールはやっと起きることができた。そしてジト目で、ついさっきまで抱きしめてきた男を見る。
「それにしても、あんたってヤツはどうしてこう……いつもいつもこんなことするかな~?」
「君が可愛いからだ。知ってるかい? 可愛いってことは、それだけで罪なことなんだよ?」
ムダに真剣な顔つき、声でそんなことを言われたものだから、クロワノールは変に動揺してしまい
「ば、ばか…っ! そんなことをさらりと言われても、全然嬉しくないんだからね!」
顔を俯かせながら早歩きで部屋から出ていってしまった。
その途中で、長い髪からちらりと見えた耳が、真っ赤だったことを知られたのにも気づかず……
一連の流れを見てたルクリュが呆れた声を出す。
「ヌーヴェル、あまりクロワノールを困らせるな……そのうち彼女に嫌われるぞ?」
忠告をしながら、ルクリュは部屋にあるもう一つのベッドに近づく。
「大丈夫。それはないから。クロワノールは嫌いなヤツには遠慮しない女性だからね。彼女が本気になれば、僕くらいの人間が勝てる訳ないさ」
「……まったく、君って人は意地が悪いな」
ヌーヴェルの言葉に苦笑を浮かべてしまう。
寝ている人物のベッドに近づいたルクリュは、優しく声をかけて、夢の中にいる女性を起こす。
「シャリテ、もう朝ですよ。だから起きてくれませんか?」
「…う、ん……っ? るくりゅ……?」
ルクリュの声に、シャリテと呼ばれた女性が反応する。ゆっくりと瞼を開きながら声の主を捜し、その人物を見つけたら゙ぱあっ゙と一気に顔が明るくなった。
「…ルクリュ! ルクリュおはよう♪」
がばっと勢いよく起き上がり、どこか幼い満面の笑顔であいさつをする。それに対してルクリュも、ニコリと笑いながら返事をした。
「おはようございます、シャリテ。クロワノールはもう下に降りたと思いますから、余り待たせないうちに行きましょう」
「うんっ!」
なんでシャリテが相手だと口調が変わるんだ? と、ヌーヴェルは常々思ってしまう。
――いや…だけどルクリュってだいたい誰にでもこんな感じだよね? だとしたら、何で僕とクロワノールには普通なんだろ……気をつかわないでいいと思えるぐらいの関係。ってことかな? でも、なんか違和感を感じるんだよな~。それが何なのかは分からないけど………
ヌーヴェルがそんなことを考えてると、シャリテが彼に気づき、ベッドから離れてとてとてと近づく。
「ヌーヴェルも、おはよう♪」
ルクリュに向けたそれと同じ笑顔であいさつしてくる。物思いにふけっていたヌーヴェルは反応が遅れ、やや慌てながら返事をすることとなった。
「あ…っ! や、やあ…おはよう、シャリテ。今日も笑顔が綺麗だね」
「えへへ…っ♪ ありがとう。あのね…はやくいかないと、クロワノールがおこっちゃうとおもうの。だからはやくいこ!」
「あ、ああ……だけど、僕は忘れ物がないかどうか確認してから行くよ。二人は先に行ってて」
朝からのニコニコ笑顔ぶりに、少し戸惑ってしまう。シャリテの見た目はもう立派な女性だ。そんな女性が子供のように笑うことが戸惑う原因だった。ルクリュいわく『彼女の精神年齢は小さな子供だ。原因は不明だが、出会った時の状況を考えれば精神的なショックだと思う』とのこと。
「わかった。なら僕たちは先に行くよ。シャリテ、行きましょうか」
すっと彼女に手を差し出す。その手をシャリテは握り返し、尽きることのない笑顔で答える。他人から見たら間違いなくこの光景は恋人同士に写るだろう。
だが、ルクリュが彼女に手を差し出すのは、自分が近くにいることを伝え、彼女を安心させる為である。それと、はぐれたりしないようにという配慮もあり、ただそれだけだった。
「さて、では調べるとしますか」
二人が部屋から出たのを見届け、ヌーヴェルが忘れ物がないかどうか、自分らと彼女らの部屋をチェックしていった。
☆☆☆
場所は変わり、現在ルクリュたちは食堂に来て朝食を取りながら会話をしていた。
「さて、今回もどういった感じにやるんだい。ルクリュ」
「いつもどうりにやるつもりだ。ただ今回は朱の刻までは起きないそうだから、それまでは各自が行動でいいんじゃないか? 後、場の地形を覚えているか?」
「そこのところは問題ないよ」
「なら時間まではそちらの好きにしてくれればいい。無理に僕らに付き合う必要はない」
「分かった。時間まではこちらの自由でやらせてもらうよ」
「話しは終わりだ。以上で『介入』を終了する」
その言葉の後、今まで二人の声以外音がなかった世界に、食堂にいる人達の声や食器の音が響き出す。その雰囲気を感じてか、クロワノールがルクリュに尋ねる。
「あっ、終わったのね。今回もいつも通りでいいのかしら?」
「ああ。時間まで自由にして構わないよ。ただ…クロワノールは大変じゃないかい? 雇い主の付き合いとか……むしろ世話かな?」
クロワノールを気にかけてか、冗談をまじえながら聞いてくる。そのことにちょっと驚いた後に、クロワノールは苦笑を浮かべながら返事をする。
「大丈夫よ。今まで何だかんだ一緒にやってきたわけだし……案外世話も焼いたことはないわ。まあ、迷惑をかけられることはあるけどね……って、ヌーヴェル?」
ちらっと、話しの人物が居る場所を見てみると、そこには誰もいなかった。ただ空の椅子が存在していただけだった。
「ヌーヴェルならあそこで、なかよくおんなのひととおはなししてるよ?」
シャリテが指差した方向ではいつもの如く、ヌーヴェルが若い女性と親しげに会話をしていた。
「ありがとう、シャリテ。まったく、もう。あいつったらまた……ちょっと行ってくるわね」
仕方ないなといった感じでヌーヴェルの元に歩いて行く。
そんな彼女を見送り、ルクリュは小さく微笑みながら呟く。
「何だか最近、クロワノールはヌーヴェルの母親に見えてくるな。何度も同じことを繰り返しながら、今だに気にかけて注意して貰える。普通ならもう飽きれられているはずだ」
話しがよくわからないシャリテは小首を傾げ『?』といった顔をしている。
「クロワノールはヌーヴェルのおかあさんなの?」
「いや、今のは例えの話しで……例えって言うのは―――」
シャリテの疑問によって、ルクリュからの毎回お馴染みの説明がこっちでは始まった。
そんなこととは知らず、ヌーヴェルは女性との会話を続けていた。可愛い女性だの綺麗な指だのと、つまり、会話というよりは口説きだ。
女性もヌーヴェルにまんざらでもないらしく、彼のことをカッコイイだのと褒め返している。暫く会話をして、これはイケると考えたヌーヴェルは伝家の宝刀の決めゼリフを吐く。
「これからよろしければ、貴女のために一曲弾きたいな」
すっと相手の手をとり、真剣だけど柔らかな眼差しで見つめる。これに女性は頬を朱色に染め、赤くなった頬を手で押さえる可憐な仕草をする。
「まあ…っ! ホントに?」
「ええ」
甘いマスクにニッコリと友好的に微笑まれ、女性はどきっとした表情をしてしまう。この勢いに任せ、行きましょうかと声をかける。そして、女性を立ち上がらせて歩き出そうとした時
「まったくも~っ! 目を離せば直ぐに女の人に声かけるんだから! それと、まだ朝食べてないでしょ?」
両手を腰に当て、半眼のクロワノールに見咎められた。
「いや、だって……」
「『だって』も『でも』もないの! いいから…早く手を離しなさいっ!」
弁明する余地すらなく、ヌーヴェルは女性と繋いでいる手を本気で叩かれる。高く乾いた音と共に、ヌーヴェルの痛そうな声が立つ。
手を引き離された女性はクロワノールの剣幕に呆然としていた。
「迷惑かけてごめんなさいね~。こいつは今すぐわたしが引き取るから、早く忘れてね♪」
女性に向き直り、顔や目を笑わせてはいるが、目に見えない怒りの気配が彼女からは出ていた。これに女性は「は、はい…」と、何とか乾いた笑みを浮かべての対応が限界だった。
女性への対処は終わったとして、クロワノールはヌーヴェルの手を掴み、驚く彼を尻目に歩き始める。
「ほら、行くわよ!」
クロワノールは知らないが、握られた手の暖かくてやわらかい感触は、ヌーヴェルに懐かしい感覚を思い出させた。その為か、ヌーヴェルは自分でも知らない内に手を握り返していた。
――そういえば、手を握ってもらうなんて小さな頃の姉さん以来か……って、懐かしんでる場合じゃないな。この状況をクロワノールに教えないと。
「あのさ、クロワノール……」
「なに? 何か問題でもあるのかしら?」
「いや、僕には何の問題もないんだけど……」
「歯切れが悪いわね。はっきりと言いなさい」
「ん~、なら言うけど、今僕らは手を繋いでいるのに気づいてるかな?」
「え…っ?」
言われてから知り、握りあった手を見た後、ヌーヴェルの顔を見る。これをもう一度やって、彼女は朝の時と同じように顔を真っ赤にしながら、今自分達がどういう状態なのかを理解した。
「あ…っ! その、違うの……! これは、えっと……あのね……あの………ごめんなさい……」
さっきまでの強気な声がウソのように弱々しくなってしまった。手を離した彼女はヌーヴェルを見ていられなくなり、つい下を向いてしまう。
「はあ~っ……なんで謝るかな~?」
クロワノールはヌーヴェル(男)が触れてもあまり気にしないのに、彼女が男に触れるのは異常な程気にしている。クロワノールから聞いた訳ではないが、一緒に居て今まで一度も彼女から自分に触れたことがなかったから、ヌーヴェルは自然とそう考えていた。
――こうなるのが嫌だったから早めに言ったのにな……いや、むしろ言わない方がよかったか………彼女に配慮できない僕のミスだな。
「だって、男から見たら……わたしみたいな背が高い女って可愛くないでしょ……?」
恥ずかしそうに両手の指をいじくりながら、上目遣いで見てくる。その仕草を、素直に可愛いと思ってしまう。
「いいや…君は十分かわいらしい女の子だよ。見た目だけじゃなくて、仕草や声、考え方の全てを引っくるめて可愛いと言いきれるぐらいに」
クロワノールの頬に触れる。驚いた彼女は思わず目を閉じて、体をびくっと震わせた。それに構うことなく、ヌーヴェルは頬から顎に指を滑らせ、顔を上に向けさせる。
「ん…っ!」
「ほら…赤くなってる顔だってこんなに可愛い」
「や、やだ。やめてよ…! 恥ずかしい………」
壊れ物を扱うように優しく頬を撫でられる。本来こんなことをされたなら、彼女は腕を払って退けていただろう。けれど今はできない。顔が熱を帯びて胸がドキドキとし、体をうまく動かせず、少しでも力を抜けば床に座りこんでしまいそうだった。
――どうして? どうしてわたし……こんなにドキドキしてるの? 相手はヌーヴェルで…ただの女垂らしなのに……。わたしは別にヌーヴェルのことなんて……ヌーヴェルが………
はたと、自分が何を考えているのかと思った瞬間、クロワノールはものすごく恥ずかしくなった。何でこんなやつをそういう風な対象として捉えてしまうんだと。こんなやつを……き、なのかどうか考えてしまうなんて………
そう思ったとたん、自然と口が開いていた。
「あ、あんたなんて別に好きじゃないんだからーっ!」
バシリと腕を払い、急いで距離をとろうと翻ったら、今度はヌーヴェルの方から手を握られる。大きくて逞しげな手に、とくんとクロワノールの胸が鳴る。その手が、体中が赤くなってると思えるくらいに、彼女の体を熱くさせる。
「ちょっと待って。もう少しだけ」
背後からかけられる声に、クロワノールは反応しない。反応できない。もしも今振り返ってしまったら、きっと見られたくない顔をしていると思ったからだ。
「まったく…一体どうしたんだい? ほら、こっちを見てくれないと―――」
振り返らないクロワノールに、ヌーヴェルは少し強引に彼女を振り向かせる。そして、彼女を見て驚いてしまう。
「あ…っ! やぁ……っ! おねがい……ヌーヴェル……みないで……!」
目の端に涙を浮かべ、瞳は潤み、しおらしくて弱々しい表情をしていたから……可憐な乙女が、恥ずかしくて泣いたらこんな感じなんだろうかと思うぐらいだ。
何でこうなったかはわからないが、これにはヌーヴェルも罪悪感を持ってしまった。
「ごめん……だけどもう少しだけ我慢して」
「えっ? な…なに?」
手を離され、耳を隠してる髪が手の甲で除けられる。あらわになった耳にヌーヴェルは手を延ばし、ささっと何かを着けて直ぐに離れた。
「部屋で見つけた忘れ物だよ……大事な物なんだろう?」
耳に触れようとすると指に当たる固い感触。小さな音が立ち、その存在を主張する、赤く透き通るイヤリング。着飾ることに興味のなさそうな彼女が、唯一着けている装飾品だ。
朝のことが原因でうっかり忘れてしまったようだ。
「あ…ありがとう……」
突然のことにびっくりして、きょとんとしてしまう。今までの流れならまだ恥ずかしい状況が続くと思っていたのに、以外にもヌーヴェルから違う話しになったからだ。
イヤリングを着けたところでクロワノールは少し落ち着き、振り向かされた時のことを話し始める。勝手にあんなことになり、気分を害したんじゃないかと思ってだ。
「あの…ごめんなさい……振り向いた時のことなんだけど……」
「何かあったっけ? 僕は変わったことなんか見てないし、君は普段道りだったはずだけど?」
「え…っ?」
「そんなことより、早く食べようか。冷めてしまう前にね」
「あ……っ!」
それ以上は何も言わず、クロワノールの手を掴んで、今度はヌーヴェルが彼女を引っ張る。
またまた手が繋がってドキドキしてしまう。だけど今のドキドキは恥ずかしいのに、どこか心地良くて安心できる。さっきの時みたいに、気持ちがぐちゃぐちゃでよくわからず、それが怖くて、恥ずかしくて、思わず涙を浮かべたのとは違った。
――聞かないんだ…わたしがあんな風になったこと……。ありがとう、ヌーヴェル……気を使ってくれて。
ヌーヴェルの背中を見ている内に、クロワノールは自然とはにかんだ笑みがこぼれていた。
何だかんだあったが、無事にテーブルまで戻って来た。てっきり二人はもう食べてるだろうと思ったが、ルクリュはシャリテの質問攻めにあっており、朝食をそっちのけに対応していた。
「ねえっ。どうしてひとはひとをすきになったりするの……? ひとをすきになるのはどんなかんじなの?」
「ええっと、それはですね…ん~、どう説明したらいいかな……」
この光景を見てクロワノールとヌーヴェルは苦笑を浮かべていた。二人が、何度もシャリテとの話しはそこそこにしないと終わらないとルクリュに言っても、ルクリュは律儀に全部のことに答える。
そこがルクリュの良いところだとは二人も理解している。だが、物事には限度があるのだから、そこは上手く立ち回って欲しいとは二人の共通の認識でもあった。
「二人とも、そろそろ話しは終わりだよ」
ヌーヴェルが繋いだ手を離して、二人の間に入っていく。
この時、クロワノールが名残惜しそうな顔をしていたのは誰も知らない。
「えっ、でも……」
「いいかい、シャリテ。不必要に居座るのはお店の迷惑になるし、ご飯も食べないといけないだろう?」
子供をあやすように優しく言う。シャリテは「うん。わかった」と素直に聞き入れ、ルクリュへの質問はあっさりと終わった。
根が純粋な子供だからか他人の忠告をよく聞く反面、一度何かを疑問に思うと永遠と質問されるのは仕方のないところだろう。
「うん。いい子だ」
シャリテの頭を優しく撫でる。こんなことは子供扱いに感じて嫌がる人は多いかもしれないが、シャリテには有効だった。
「えへへ…っ♪」
嬉しそうに頬を緩めて、笑顔をほころばせる。
『あのさ、ルクリュ。いい加減シャリテに対して臨機応変に対処できない?』
『分かってるさ。でも、つい…な』
『はぁ~っ。まあ、仕方ないか……今に始まったことじゃないし』
『なあ、ヌーヴェル。わざわざ『介入』を使ってまで話す内容だとは思えないんだが……』
『介入』
先程も出て来たこの言葉だが、この大地には不思議な力を持つ人間がいる。そして、ヌーヴェルは音を操る能力を持っているため、特定の人間とだけ話したりできる訳だ。
今のヌーヴェルとルクリュの会話は周りには聞こえていない。ただ、表情から何か話してると詮索されないため、顔は常に普通でなければならない。そうでなければ、突然変化する表情に周りの人から不思議がられるだろう。
『何となく言いたかっただけだよ。君はシャリテに対して甘いからね』
ずっと撫でているのもあれだから、クロワノール達に早く食べようかと声をかけて席に付く。
『悪かったな。それよりあまり使い続けると、後で身体に反動がくるぞ。朱の刻までに疲れを溜めるのはよくない』
『分かってるよ。長話もよくないし、もう終わろうか』
そうして介入を解除し、ようやく四人は朝食をきちんと取り始めた。
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