第3話 怖いなら、偵察しちゃえばいいじゃない

「キリアー! エリーは何処だー!?」


 大声で妻と娘の名を呼ぶこちらの男性、アラン・テルネラント子爵様は、大量の荷物を抱えながら屋敷に飛び込んでいらっしゃいました。

 私、メイドの長を預かりました身としましては、一応のご主人様ですので急ぎ応対に出て参りましたが、この浮かれポンチ具合には頭が痛くなります。

 ご主人様はお嬢様が生まれた時からポンチ状態でしたが、ほぼ直後に王都から召集がかかり王立騎士団員としての仕事漬けの1年を送っていたので、一層磨きがかかったようです。

 奥様から数日おきに送られてくるお嬢様の成長記録を見る度に獅子奮迅の活躍で魔物を切り裂くので、軍内で「流石は雷神」という褒め言葉を貰っては大変重宝されていたとは聞いておりますが……八つ当たりを最適に処理なさった軍の上層部には頭が下がります。


 ご主人様の大声に慌てて出て来た部下のメイド達に命じて、放り出された大荷物を奥に片付けさせました。奥様の目に触れたら騒動待った無しの残骸でしたので。

 ……アレをゴミとご主人様が再利用するかもしれないゴミに分別する作業が残っているかと思うと、痛む頭がさらに痛みを増して来ました。


 騒音を聞きつけたのか、私がお声がけする前に奥様が二階から降りていらっしゃいました。

「エリーがお昼寝から起きますので、お静かに。……随分突然のお帰りですのね?」

「ああ、手紙は出したんだけど、途中で郵便屋の馬車を追い抜いてね。明日には来るんじゃないかな」


 奥様は全く意味の無い行為をドヤ顔で語るご主人様をリビングに案内すると、自ら丁寧な仕草でお茶を淹れました。恐縮でございます。


「キリア。お茶はいいから、エリーにお土産を渡しに行こう。王都で買った人形とぬいぐるみだ。きっと喜ぶ」


 ご主人様の一応外見的にはイケメンと言って良いかと思われるドヤ顔が、次の瞬間床にへばりつきました。


「エリーちゃんはお昼寝だって言ってるでしょうに、この唐変木がっ! 起こそうとするなら引っ叩くわよ!?」


 流石は風神キリア様。婚前には領軍筆頭騎士でいらっしゃっただけあります。

 既に引っ叩かれているご主人様は、ただ首を縦に動かすだけの人形になっていました。


 ◇


 うん、おかあさん怖い。おとうさんも声が大きくて怖かったけど、いわゆるカーチャン最恐です。

 私は魔法で両親の会話を聞きながら、戦慄していました。


 生後1年を迎え、私はかなり歩けるようになったし、乳歯もかなり生えて、いろいろ食べられるようになってきました。通常の赤ん坊の1.5倍くらい早めの成長具合です。医学薬学生理学的知識チートさんありがとう。


 そんなわけで、私は魔法の練習場を求めて歩き回っていたわけですが、だいたいメイドさんやおかあさんに見つかっては、その都度お部屋に連れ戻されていました。

 そこで開発したのが、この偵察魔法ですよ奥さん!

 まあ、繋げた先の光と音を一部だけ、一方通行で通す単純な空間魔法なんですけどね。

 テレビみたいに離れた場所を見聞きできるわけですよ。あちこち見聞きした結果、私がテルネラント地方を治める子爵様の令嬢とかなんとかいう絶望的な情報まで入ってきたんですけどね。

 ……えーと、社交とかできないんで、深山の中で一人暮らしとかさせてもらえませんかねー? ダメですかそうですか。


 よし逃げましょう。超逃げるわー。

 そんな時にも役に立つのが偵察魔法。生物固有の魔力波形を知識先生に記憶してもらい、対象のすぐ近くに偵察魔法の探索窓を開く仕組みまで開発しました!

 おとうさんおかあさんはもちろん、家令さんや執事さん、メイドさん達の魔力波形まで解析記憶済み。追っ手の位置情報など把握の上で行動できるのだよ明智君。


 ちなみにこの魔法、自分からの距離に反比例して探索窓の物質透過能力が弱まるから、遠くの密室に入られたら使えないのよねー。壁抜けできるのは半径50mくらいの位置まで。

 あ、壁を抜ける必要が無いお外は制限無しに探索窓開けるよ! 最近の趣味は、農民の皆さんや猟師の皆さんのお仕事見学です。

 農耕牧畜のやり方やら狩猟採集のやり方、農機具の扱い方も獲物の解体方法も、なんもかんも解らないからねー。これもサイエンスですよ。元薬剤師として燃えるわー。


 おや、なんだか騒がしい。おとうさんはまたお仕事ですか、たいへんですね。大暴れしながら部下の方々に抱えられて、どこかの宇宙人みたいな格好でお出かけです。

 おとうさんと直接お会いするのは、あの様子を見るに精神がめっちゃ削られそうなので、部下さんたちの働きは大変ありがたいことです。部下さんたち、べりべりにぐっじょぶです。(お人形とぬいぐるみは、この後おかあさんからしっかりいただきました)



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エリーによる人物紹介


エリー

 父はアランという名前で、テルネラントという場所で領主がメインのご職業らしいです。つい最近まで王都の方の騎士団に奉公してきたっぽいです。

 母はキリアという名前の、とても強い人らしいです。両親の名前とパワーバランスは本日しっかりきっかりと認識しました。

 だいたい私が出せる声は「あー」とか「うー」で会話にもなりませんでしたので、今の大騒ぎまで意識しようという意識すら無かったんですけどね。

 生後1年を迎えた今、身体的にも魔法技術的にもぐっと成長しました。と言っても魔術スキルを習得する練習を始めたのは、偵察魔法開発でぼっち時間が確保できるようになったここ最近1ヶ月くらいの事ですが。

 おかげさまで【偵察魔術Lv3】の他に、火魔術以外の4元素魔術のスキルをレベル1ですが使えるようになっています。流石に火だけは微妙な臭いが残るので、1回試して以来練習のチャンスはありませんでした。


キリア

 私のおかあさんです。

 私に会いに来ようとしたおとうさんをはっ倒したのは、風魔術で勢いを付けたハイキックのようです。詳細は動きが速すぎてよく見えなかったので、スカートの動きからの推測ですが。


アラン・テルネラント子爵

 一応私のおとうさんらしいです。

 子爵という国家資格持ちで、時々国軍の士官クラスとして魔物討伐をしてくるみたいです。

 ちなみに、この国での爵位は前世世界での中国という国で行われていたという科挙という制度に似ていて、地方領主や国の役人やらになれる資格を試験で認定するという国家資格制度になっているようです。採用試験はその爵位資格に応じて国や自治体が行うらしいです。

 おとうさんは基本的にはテルネラント領の自治体首長として地方公務員のトップをやっているはずなんですが、何故か国家公務員としての騎士のお仕事までしているのは所謂ワーカホリックとかいうやつなんでしょうか?


メイド長

 同じ女性という立場からして年齢のほどはあまり言いたくありませんが、初老くらいで威厳がある、家政婦さん達の総まとめをやってくださってる人です。

 テルネラント子爵家の被雇用者としては、家宰、家令に次ぐナンバー3の地位にある人です。まあ、同列に執事さんもいるわけですが、主に庭師みたいな力仕事系の人の管理や会計とか家の外の事に対応する執事さんとは違って、掃除洗濯料理や家人のお世話などの家の内部に関する実務のトップですので、事実上のナンバー1と言っても過言ではないでしょう。


 つまり、おかあさんとメイド長に逆らったら息を吸う事すら許されなくなるわけです。

 おお、こわいこわい……。





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